2003年08月02日

藤田正一(北大前副学長)「「総長メッセージ」を読む」

(国公私立大学通信 2003.8.1)

中村総長にはまず、国大協臨時総会直後に「総長メッセージ」をホームペー
ジ に掲載されたことに敬意を表したい。本メッセージは大枠に於いて「国立大
学法人化についての国立大学協会見解」の視点を基本に、文科大臣の挨拶を解
説し、最後に本学の取るべき姿勢について述べたものであるが、総長自身の考
え方が見えなくも無い。法人化に向けて、大学の利益代表ともなる総長として、
発言できることはかなりの制約を受けると考えられる。自大学の不利になるよ
うな発言は控えたいと言うのが多くの大学長の思いであろう。が、言わざるを
得ないこともある。「国大協見解」に於いても、そのような思いが集約されて
いるような気がする。このような理解の下で「総長メッセージ」は読まれるべ
きであろう。私の独断と偏見による本メッセージの読みは以下のようなもので
ある。

まず、国立大学法人法を『国が設立し、責任をもって財政措置を行うことを前
提としている独立行政法人制度を活用しながらも、大学の教育研究の特性を踏
まえた基本的な枠組みを明確に位置付けた独自の法人制度であり、学問の自由
を守り、大学の自主性、自律性が尊重される制度である』と位置づけた文科大
臣の挨拶を額面通りに評価していることについて批判する人もあるが、これは
ここで大学としては額面通り取るべきで、特に後段「学問の自由を守り...」
については、このような「言質」を取ったことを記述しておくことは重要であ
る。 ただし、中村総長が何の疑問も主張もなく大臣挨拶を額面通り評価した
わけで無いことはメッセージ後段で、「学問の自由に基づく大学の自主性・自
律性が尊重される法人制度になるかどうかは、その運用の実際にかかわること
であり、...」と、最初の部分は文科大臣の挨拶文とほぼ同じ言い回しを用
いて、その実現にはこの法律の運用が重要であることを主張していることで分
かる。裏返して言えば、法律家である総長がこの法律は運用次第ではとんでも
ないことになるということを指摘していることになる。その危機感から国大協
も運用に付いての要請文を出さなければならなかったのであろう。国大協の構
成員が諸手をあげて大学法人法に賛成したのでは無いことは、「国立大学法人
化についての国立大学協会見解」に付帯されている40以上の小項目からなる
「国立大学法人制度の適切な運用について(要請)」にうかがえる。

 この法律の運用の重要性に次いで総長は「大学側がなすべきことは、自主的・
自律的に自らの改革を行っていくことであります。 」としている。法的制約
の中でも、学問の自由、大学の自治の幅を自ら狭めることなく、大学は主張し、
行動し、既成事実を積み上げ、この法律の「緩やかな運用」を定着させようと
いう主張と私は解釈する。法律の運用は多くの場合、前例が重要であり、でき
たばかりの法律では、これからの運用が前例となって行くのであるから、悪し
き前例を作らぬ様、細心の注意と、大学の主張を認めさせる努力が必要である。
大学法人法の問題点を指摘しつつも当面の現実的対応策としてはそのような手
に出るより他あるまい。

 驚くべきことに行政改革に端を発した今回の大学法人化論議には「大学にお
ける教育研究の質的向上」と言う大学改革に最も重要な視点が欠落していた。
経済窮乏の時とは言え、国立大学の統制強化や経営効率化、経済界への貢献を
主眼とするあまり、教育研究の質をおろそかにすることは、国家100年の向
後に憂いを残す。学問の自由を守ることの重要性とともに、このことについて
は私もインターネットや学内の会議等で3年前から何回か指摘してきた。大学
法人化の審議にあたった国会議員に対して送ったファックスでも主張してきた
が遂に法案には考慮されなかった。論議の終盤になって国大協も本学もようや
くこのことに意を砕くことができるようになったと見える。総長メッセージに
は、「法人移行の準備とともに、本学が従来から取り組んできている改革に
「新たな視点」を加えて、推進する必要があります。新たな視点のキーワード
になるのが、「真に学生のための教育」および「世界水準の研究」でありま
す。」と書かれている。国大協見解にもこれらのことが書かれている。この両
者の追求は、経営効率化を目指す今回の法人化の精神とは相容れないところが
あり、遅きに失した感があるが、大学の基本に戻って検討し、主張することが
必要である。そして、その(特に教育の)検討の中に、大学の最大の構成員で
ある学生の代表を加える必要があると私は思う。

 最後に、「部局の都合や関係教員の都合で、北海道大学として必要とされる
教育改革を 阻止しないことが肝心と考えています。」という文言は「部局の
自治」に基づいた大学運営に親しんだ我々にはかなり厳しい響きを持って受け
取れるが、また、「部局のエゴ」が本当に北海道大学として必要な改革を実行
する上で障害になってきた事実も見逃せない。また、これまでの大学運営の様々
な局面で、総長のリーダーシップが必要とされた場面は少なく無い。従来のよ
うな本学の意志決定システムでは総長のリーダーシップは極めて取りにくく、
即断即決の必要な時に機を逃してしまうことがすくなかったとは言えない。総
長が大学の総意を代表すると言うシステムでは、本学の総意集約のために相当
の準備がいる。行政の不意打ち的な手法には対処できない。また、本学として
戦略的に取り組むべき課題についても超部局で大所高所に立った企画が必要で
ある。部局の自治に基づくボトムアップのシステムはもちろん温存しつつ、トッ
プには責任の所在と、責任の取り方(リコール制等)を明確にして、必要な権
限を委譲することも必要では無かろうか。

以上、私の解釈が的を得たものかどうかは明らかでは無いが、総長のメッセー
ジを深読みしてみた。これから国立大学は猛スピードで法人化対応に走るであ
ろう。目先の利益に惑わされず、大学としてのあるべき姿をきちんと踏まえた
フィロソフィーのある制度設計としていただきたいものである。大学が法人化
の流れに抗しきれなかった主因は、このフィロソフィーの(主張の)欠如にあっ
たと私は思う。」
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#(関連記事:渡邊信久氏サイト日記風雑記7/22「総長メッセージ」

tjst |8月02日 |URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000060.html |学長の権限 , 国立大学法人制度の欠陥 , 国立大学法人法 , 大学の自治 , 大学内行政
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