Academia e-Network

国立大学独立行政法人化の諸問題: 大学の使命


6/12 シンポジウム 「自己責任論」を科学する大学の使命
4/19 [AcNet Letter 98] 投稿「人質自己責任論の恣意性と危うさ」AcNet Letter , イラク戦争 , 研究者から社会へ , 荒廃の諸相 , 大学の使命
3/13 [AcNet Letter 72] 川勝平太氏による首大称賛コラムの背景AcNet Letter , 国立大学附属学校の今後 , 情報公開法の活用 , 大学の使命 , 大学の労使関係 , 東京都の大学支配問題
3/04 法学者50名の抗議声明:自衛官宅へのビラ配布者逮捕についてイラク戦争 , 研究者から社会へ , 荒廃の諸相 , 大学の使命
2/04 フランスにおける科学者・研究者たちの闘い――「研究を救おう!」をめぐる三週間の動き意見広告の会ニュース , 学問の意義 , 研究者から社会へ , 大学の使命 , 大学財政 , 大学政策
1/25 「知識人は内向きであっては困る」大学の使命
1/17 自衛隊イラク出兵 に宮城県学者・文化人・法律家有志279名 緊急抗議声明 2004.1.16イラク戦争 , 研究者から社会へ , 大学の使命 , 日本国憲法と教育基本法の改正問題
12/30 国際平和ミュージアム館長:自衛隊派遣の閣議決定を厳しく批判noblesse oblige , イラク戦争 , 荒廃の諸相 , 大学の使命 , 日本国憲法と教育基本法の改正問題
12/27 横浜市立大学長に辞職を勧める手紙noblesse oblige , 大学の使命 , 大学の自治 , 不当な支配に直面する横浜市立大学
12/26 ネット署名:自衛隊のイラク派遣に反対する研究者の声明イラク戦争 , 研究者から社会へ , 大学の使命 , 日本国憲法と教育基本法の改正問題
12/24 抗議辞職した都立大四教授支持声明意見広告の会ニュース , 学問の意義 , 大学の使命 , 大学の自治 , 東京都の大学支配問題
12/22 国際政治学者と国際法学者の違いイラク戦争 , メディアの諸問題 , 学問の意義 , 国際問題 , 大学の使命
11/06 朝日新聞11/6:「戦争への道歩むかどうか」 知識人が選挙争点アピール大学の使命
10/31 高校側も心配する「新都立大学」大学の使命 , 大学入試 , 地方独立行政法人制度 , 東京都の大学支配問題
10/17 名古屋大学平和憲章(1987.2.5制定)大学の使命
10/03 都立4大学の統廃合をめぐる危機の現状(2)大学の使命 , 大学の自治 , 地方独立行政法人制度 , 不当な介入
9/25 シンポジウム「大学界の真の改革を求めて」について・日本全国大学学長殿へ大学の使命
9/15 9/27 多分野連携シンポジウム 大学界の真の改革を求めて大学の使命
8/30 高等教育フォーラムの投稿欄、6ヶ月ぶりに再開大学の使命
8/20 国立大学法人制度下の使命国立大学法人制度の欠陥 , 国立大学法人法 , 大学の使命 , 大学の自治 , 日本国憲法と教育基本法の改正問題
8/10 中村北大総長 最高裁の司法消極主義を批判司法制度の形骸化 , 大学の使命 , 日本国憲法と教育基本法の改正問題
8/07 ユネスコ高等教育会議2003.6.23-25:ブラジル教育大臣のアピールより大学の使命

2004年06月12日

シンポジウム 「自己責任論」を科学する

(転載)

●○●シンポジウム 「自己責任論」を科学する●○●

日時: 2004年6月12日(土) 14:00〜17:00
会場: 東京大学弥生キャンパス農学部1号館地下1階第4講義室

Time Table
14:00 開会
14:05-15:25 醍醐教授・伊藤教授による講演
15:25-15:45 質疑応答
15:45-15:55 休憩
15:55-16:50 講演者と客席とのディスカッション
16:50-17:00 JSA活動紹介
17:00 閉会
18:00- 懇親会

日本科学者会議(The Japan Scientists’ Association: JSA)
東大院生分会新入大学院生歓迎企画

参加費:無料
※日本科学者会議の会員でない方・大学院生でない方もご自由に参加できます。

詳細:


交通: 地下鉄南北線「東大前」駅下車 徒歩1分
         千代田線「根津」駅下車 徒歩8分
      都バス 茶51駒込駅、王子駅または、東43荒川土手行
            「農学部前」バス停 徒歩1分

  詳しい交通案内
  http://www.u-tokyo.ac.jp/jpn/campus/map/map01.html
キャンパス内案内図
  http://www.u-tokyo.ac.jp/jpn/campus/map/map01/d08-j.html
-----------------------------------------------------------------------
2004年4月のイラク日本人人質事件では、政府や大手マスメディアによって、
人質となった方々やその家族に対し「自己責任」を追及する論陣が張られました。
しかし一方で、そのような「自己責任論」は、
人質となった方々のジャーナリストやボランティアとしての活動意義や
イラクが混乱に陥った様々な背景から目をそらし
問題を矮小化するものではないかとの声も挙がっています。

「危ない地域にわざわざ行ったんだから危ない目にあうのは自業自得」
「危ない地域だからジャーナリストやボランティアが必要とされている」
「政府をはじめたくさんの人に迷惑をかけたのは責められるべき」
「海外の日本人を保護するのは政府の義務」
「自衛隊を撤退させないという首相の決断が人質となった方々の開放を早めた」
「人質となった方々のこれまでの活動がイラクの人に評価されて開放された」

人質となった方々はそんなに責められるべきことをしたのか。
「自己責任論」を主張する方々は何を求めているのか。
そもそもこの場合「自己責任」とはどのような意味で使われているのか。
誰に、どんな責任があるのか。
ちょっと議論を整理して、このへんを検証する必要があるのではないでしょうか?

そこで今回のシンポジウムでは、問題を冷静に分析し真実を明らかにする
大学人としての立場からこの問題について発言されている
醍醐 聰 (だいご・さとし)氏(東京大学経済学部教授・財務会計学)
伊藤 守 (いとう・まもる)氏(早稲田大学教育学部教授・メディア論)
のお二方のご講演、および講演者と客席のディスカッションを通して、
「自己責任論」の論点を整理し、問題点を明らかにします。

醍醐教授は人質となった方々が帰国されて間もなく、
人質となった方々とその家族の方々への非難・中傷を中止するよう求めるとともに
彼らを激励するアピール署名運動(詳細は下記の醍醐教授プロフィール参照)を
早急に立ち上げ、急速な支持が集まりました。
運動を立ち上げる過程で醍醐教授が分析された
「自己責任論」の問題点についてお話しいただきます。
伊藤教授にはメディア論研究者の立場から、
テレビや大新聞などのマスメディアが人質に自己責任を迫る論調一色に
染まってしまったメカニズムに鋭く切り込むお話をしていただきます。

シンポジウムの後には講演者のお二人も交えての交流会を予定しています。
ご参加お待ちしています。

講師プロフィール・講演予定内容

醍醐 聰 (だいご・さとし)氏
(東京大学経済学部教授・財務会計学)

1946年生まれ。
1982年 11月  経済学博士(京都大学)
1989年 12月  東京大学経済学部教授
1996年 4月  同 大学院経済学研究科教授

著書として「国際会計基準と日本の企業会計」(中央経済社)、
「財務会計論ガイダンス―論文作成のためのテーマと文献の選び方」(中央経済社)、
「時価評価と日本経済」(日本経済新聞社)、
「連結会計―体系と実態」(同文舘出版)、
「電気通信の料金と会計(税務経理協会)など。

醍醐教授は、複数の大学の教官が中心となって呼びかけた
緊急アピール「イラクで人質になった方々の活動に敬意を表し、
これらの方々への非難・中傷を直ちに止めるよう訴えます」
(http://www.ac-net.org/honor/)の取りまとめ役をされています。
このアピールには、インターネット署名(記名式・本人確認有り)で
6000筆の賛同署名(集計は4/26〜5/31)、
および人質だった方々の経済的負担を軽減するための
約509万円の募金(集計は4/30〜5/18)が寄せられています。

●醍醐教授の講演 ここがポイント

・緊急アピールを立ち上げ、運動を作っていく中で見えてきた「自己責任論」の本質

・アピール賛同者は国のあり方、マスコミのあり方をどう捉えたか?
 緊急アピールに対して世界中から寄せられた2866通のメッセージのうち一部を紹介

・「人質バッシングは当然か否か?」を巡って続けられているテレビ局との激論、
 人質となった方々を貶めるような新聞記事への反論

・学問とは何か?ご専門の会計学を題材としての学問論

伊藤 守 (いとう・まもる)氏
(早稲田大学教育学部教授・メディア論)

1954年生まれ。

専攻は社会学、カルチュラル/メディア・スタディーズ。

著書として「文化の実践・文化の研究」(せりか書房)、
「メディア文化の権力作用」(せりか書房)、
「講座社会学8 社会情報」(東京大学出版会)、
「シリーズ社会情報学への接近」(早稲田大学出版部)など。
「ブロードキャスティングによるメディア空間の歴史的構成と
オーディエンスの視聴のあり様を再検討したいと考えている
(「メディア文化の権力作用」より)」

●伊藤教授の講演 ここがポイント

・各新聞社の記事を比較し、「自己責任論」の発生から現在に至るまでの論調を追跡

・実はここ10年来政府が体制固めのために唱え続けてきた「自己責任論」

・イラク戦争・人質事件など「有事」の際には画一化されてしまうメディアの構造的問題点
-----------------------------------------------------------------------

主催&問合せ先: 
日本科学者会議(The Japan Scientists’ Association: JSA)東大院生分会
 JSAホームページ: http://www.jsa.gr.jp
 JSA若手・院生ホームページ: http://www.jsa-t.jp/wakate/index.html
企画責任者:大石鉄太郎(東大大学院工学系研究科博士課程二年)
 e-mail: o.tetsu@d6.dion.ne.jp
 tel: 070-5550-1267

◆□◆

日本科学者会議(The Japan Scientists’ Association: JSA)とは?
JSAの基本理念は、科学者がその社会的責任を自覚し、
科学の各分野を総合的に発展させ、
その成果を平和的に利用するよう社会に働きかけるということです。
この目的を達成するために全国に組織が存在し、地方ごとの支部や、
大学ごとの分会を中心的な場として活動しています。

◆□◆

Posted by tjst at 06月12日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000604.html
他の分類:大学の使命

2004年04月19日

[AcNet Letter 98] 投稿「人質自己責任論の恣意性と危うさ」

ログ趣旨登録と解除
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

Academia e-Network Letter No 98 (2004.04.18 Sun)
ログ http://letter.ac-net.org/log.php

━┫AcNet Letter 98 目次┣━━━━━━━━━ 2004.04.18 ━━━━

【1】 白井厚氏「大学ーー風にそよぐ葦の歴史」抜粋
http://ac-net.org/dgh/01/901-shirai.htm
日本経済評論社 1996.12.8 ISBN 4-8188-0903-9

□その精神状況というものは、大学としては自滅ではな
かったんだろうか。だから大学ははたして大学だったの
だろうかということです。□

【2】 転載:緊急共同声明の賛同呼かけ
http://www.jca.apc.org/wsf_support/ngo_statement.html

□このような世論形成は、人命を軽視した安易な武力行
使や実力行使を正当化させかねず、NGOなどによる海外
での活動を大きく制約しかねないという危機感を大変強
く持っています。□

【3】投稿「人質自己責任論の恣意性と危うさ」
Sat, 17 Apr 2004 03:14:11 +0900

□3人は自分自身の国境を超えた博愛の実践活動の実績
で自分の身を守ったといっても過言ではないのです。□

【4】「自己責任論」を巡る言説

 【4-1】 Publicity 904 「陰惨なイジメ大国」ニッポンの本性を撃て
   http://www.emaga.com/bn/?2004040047191840021235.7777
   Publicity 登録ページ:http://www.emaga.com/info/7777.html

  【4-1-1】 松沢呉一氏の意見

□戦地に取材に行って死んじゃった人たちはこれまでに
もいっぱいいますが、こういう人たちに「自業自得」な
んて言葉を投げつけるのなら、命がけでビデオを回し、
写真を撮り、記事を書いている人たちに失礼だから、二
度とニュースや雑誌を見なさんな。□

  【4-1-2】 Publicity 編集者の意見

□“「いじめられる側にも理由がある」という「論理」
が「暴力」になる、という論理”を理解できない人のこ
とを、「日本人」と呼ぶのだ。それをどう変えるかとい
う問題だ。□

 【4-2】ルモンド 2004.4.16 「日本:高揚する人道主義」(抄訳:橋本尚幸氏)
http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C394170269/E2083218708/index.html
□この出来事は日本の若者の間において利他主義の価値
観が強まっていることを示すものである。・・・・本当
の日本の強みとか創造性は、経済指標には現れないこう
した市民活動にあるのである。□

【5】お便り紹介

 【5-1】Fri, 16 Apr 2004 08:55:27 +0900

□ ”もっとも重要な正義の諸概念は,世界はいかに運
行すべきかに関する特定の公式から導出されるものでは
なく,誰の眼にも明々白々な根深い不正義(patent
injustice)を,一つ一つ暴いていくことに見出されるで
あろう(Amartya K. Sen (後藤玲子訳))”□

 【5-2】Sat, 17 Apr 2004 11:33:24 +0900    

□経営協議会学外委員の中から「もはや学問の府ではな
くなった」という発言があったと聞き驚いています。□

【6】 ネットからのクリップ
───────────────────────────────

━ AcNet Letter 98 【1】━━━━━━━━━━ 2004.04.18 ━━━━━━

白井厚氏「大学ーー風にそよぐ葦の歴史」抜粋
日本経済評論社 1996.12.8 ISBN 4-8188-0903-9
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4818809039/hon-22/249-5420018-2114769
抜粋: http://ac-net.org/dgh/01/901-shirai.htm
───────────────────────────────
(2001.9.3 http://ac-net.org/wr/wr-66.html#[66-7-2] 再掲)

「・・・大学の目的は、こういった教育・研究を通じて、長期的に
人類の将来の幸福に貢献するものであると考えられます。このへん
が国の政府の目的とは違うわけです。国の政府ですと、関心は個人
の権力やナショナル・インタレストであります。今の政権がいつま
で続くか、次の議会をどうやって乗り切るか、今度の戦争をどうやっ
て勝かというような問題でありまして、常に短期的な利害というも
のを考えなければならない。しかし大学はそういう目的に奉仕する
のではなく、長い将来にわたって人類の幸福ということを考えなけ
ればならない。大学の目的と国家の目的は違う。基本的に矛盾しま
す。・・・・

□ 五十年目の大学評価 p27

大学というのは高等教育機関ですね。去年のわだつみ会の八・一五
の集まりの時だったかと思いますが、当時の日本人がみんなお国の
ために夢中になって戦争に協力をしていた。・・・それに対する疑
問をもった人は非常に少ない。それは教育の効果である、という話
があった。しかしそのときにどなたかが、しかし大学の教育として
は失敗ではないかと発言されて、私はなるほどなと思いました。

大学だけを特別視するのはおかしいけれども、もっとも批判的な精
神を涵養するところが大学であろうと思います。その大学の学生も
教授たちも、戦争目的に対する批判的な見解というものはほとんど
もたなかった。もったごく少数の人は牢獄に入れられた。しかしそ
れ以外の人はほとんどもたなかった。あるいはもとうとしなかった
という、その精神状況というものは、大学としては自滅ではなかっ
たんだろうか。だから大学ははたして大学だったのだろうかという
ことです。小学校なら国定教科書で教えるわけですから、やむをえ
ないと思います。しかし大学には国定教科書はありませんし、まが
りなりにも学問の自由とか言えるような時代に、しかも意外に敗戦
の間際までけっこう自由にしやべっていた人もいる。学生などもけっ
こう自由に動きまわっていた例も幾つもありました。そういうとき
に積極的にこの戦争目的に対する疑問がほとんどどこからも提起さ
れなかったということは、大学としての自滅ではないだろうか。そ
こで、記億に残る大学教員の発言リストをつくったのは、50年目
の大学評価ではないかというふうに思っています。

□ 大学の責任と反省

・・・政治に対する批判とか、真理の探求とか国際情勢の分析とか、
そういう本来大学がやるべき使命を完全に放棄してしまった責任、
そういうものをいったいどう考えるのであろうか。このことが戦後
行うべき大学の一つの仕事ではなかったかと思います。

・・・戦後二、三十年ぐらいで、落ち着いたところで大学は大学と
しての戦争責任というものを自分で整理をする作業をやるべきでは
なかったか。今となっては若干遅きに失した。しかし今からでも、
やらないよりはましかもしれません。大学によっては、かつては右
翼の大学として有名だった大学が、非常に反省して、がらりと内容
を入れ替えて、平和のために、戦争を二度と起こさないために努力
している大学もあります。全然そういうことを考えない大学もあり
ます。大学の評価というのは、いろんな点でなしうることだと思い
ますけれども、過去を正確に調査して、誤りを二度とくり返さない、
そういう決意をもつ、そのための手段をもつ、そういう大学が、将
来ともに生き残るべき優れた大学ではないだろうか。逆に言います
と、そういうことを一切行うつもりがない大学は、世の名声にも関
わらず、学生の偏差値にもかかわらず、大学としては、真理を追求
すべき社会的責任をもつ大学としては失格ではないかと思います。
戦争責任の前に社会的責任があります。・・・・」

(*1) 1994年8月15日、飯田橋の家の光会館ホールで開かれ
た日本戦没学生記念会〔わだつみ会〕主催の講演会記録。「きみと
語りたい、私の8・15−−日本人それぞれの戦争責任−ー」とい
う共通テーマの中で、大学の責任を論した。同年2月発行の『わだ
つみのこえ』No99に録音記録を掲載。)

━ AcNet Letter 98 【2】━━━━━━━━━━ 2004.04.18 ━━━━━━
転載
緊急共同声明の賛同呼かけ
http://www.jca.apc.org/wsf_support/ngo_statement.html
───────────────────────────────

非政府組織(NGO)、市民運動団体、ジャーナリスト団体およびこれ
ら団体に携わっている多くの皆さんに呼かけます。イラクにおける
人質事件をきっかけに、政府やマスメディアの一部から「自己責任」
を問う声が非常に強くなっています。こうした動きは政府から独立
して活動する私たちにとって見過ごせないと考え、以下のような声
明を出しました。是非ともこの声明にご賛同ください。(賛同の方
法、現時点での呼かけ団体(個人)および賛同団体(個人)は末尾
にあります)

(お願い)共同声明の原案の段階で呼かけ・賛同団体(個人)にな
られた方で、リストにお名前がない方がいらしゃれば至急おしらせ
ください。お手数ですがよろしくお願いします。追加訂正はウエッ
ブ版で行います(集約係 小倉/呼かけ人)

(回覧をお願い致します。回覧期間 2004年4月21日)

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■(共同声明) ■
■「自己責任」論による非政府組織(NGO)、市民団体、ジャーナリ ■
■スト等の活動への批判に憂慮します ■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

わたしたちは、世界中の人々との草の根の交流、人びとの生活や人
権などへの支援活動、ジャーナリストとしての活動などをおこなっ
ている非政府組織(NGO)、市民団体やこれらに関わる個人です。わ
たしたちは、イラクにおける人質事件以降、政府および一部のマス
メディアが今回の人質事件の原因を危険なイラクに出向いた被害者
たちにあると批判し、事態の責任を「自己責任」の名のもとに、現
地で活動しているNGOや個人に転嫁しようとしていることに大きな
憤りと悲しみを感じています。(注)

このような「自己責任」論は、NGO等として紛争地域などで活動す
る人たちの人命が危険にさらされるような事態になったとしても、
それは当事者の責任であると考えるあやまった世論をつくり出して
しまいます。このような世論形成は、人命を軽視した安易な武力行
使や実力行使を正当化させかねず、NGOなどによる海外での活動を
大きく制約しかねないという危機感を大変強く持っています。

政府や一部マスメディアが主張する「自己責任」論は、自律した個
人が自らの責任で社会活動をすることの意義を意味するという、そ
の本来の意味をすりかえにしています。そして、人質の人たちとそ
の家族を、そのようなまちがった「自己責任」論によって批判する
ようなことはすべきではないということを強く訴えたいと思います。

紛争地域などでのNGO活動には多かれ少なかれリスクは伴います。
このことは、海外で活動する人びとにとっては十分理解されていま
す。武器をもたずに、どこかの国家の組織に属することもなく、イ
ラクの人びとの安全や人権を守り、真実を伝えるために危険な地域
におもむいた人びととその行動を「自己責任」論を持ち出して批判
することはできません。ところが、現在、政府や一部のマスメディ
アが批判のために持ち出している「自己責任」論は、紛争地域での
NGOやジャーナリストなどの活動を萎縮させて閉め出し、その独立
性を失わせ、ますます地域の不安定を助長することになりかねない
のです。

はたして自衛隊や日本の政府がNGOにかわって劣化ウラン弾の被害
の調査を行ったり、貧しい子どもたちを支援するといった活動を行っ
てきたでしょうか。また、政治的な理由に左右されることのない人
道支援を行えるでしょうか。戦争の被害を当事国の利害や国益にと
らわれずに正確に把握することが果たして戦争の当事国にできるも
のなのでしょうか。国連のガイドラインでも、人道および軍事活動
間の明確な区別を維持するために、軍事組織は直接的な人道支援を
すべきではないという基準を設けており、紛争地域で中立な立場で
人道支援できるのはNGOだということが確認されています。これに
反して、「自己責任」論は、人道支援の軍事化を促し、人びとの安
全をますます損なう結果となることに強い危惧を持つものです。

NGO や市民団体は、政府や軍隊には出来ない多くの分野で支援の実
績を達成してきました。この事実は正当に評価されるべきことであっ
ても、「自己責任」の名において批判されるべきではありません。
あるいは、戦時のマスメディアがどれほど戦争の真実を伝えてきた
でしょうか。軍隊や政府の庇護を受けないフリーのジャーナリスト
の報道は不要だといえるでしょうか。検閲や自主規制にとらわれな
いフリーのジャーナリストが戦争の真実を伝えるために、報道の自
由に果たした役割ははかり知れません。

私たちは、政府や一部マスメディアによる「自己責任」論に基づく
人質とその家族の皆さんへの批判はいわれのないものであって間違
いであり、これを撤回することを強く望むものです。そして、現在
のイラクの状況から、人道支援の最大の障害は軍隊なのだというこ
とがあらためて明らかになっているということを強調したいと思い
ます。日本政府が自衛隊をいち早く撤退させ、米国や連合国にも軍
隊の撤退を働きかけかけることこそが、イラクの人びとの生活と生
命の安全を保障し、NGOなどの援助活動、人権監視活動、ジャーナ
リストとしての活動の安全を確保するもっとも確実な方法なのです。

(注)「自己責任」論についての政府、報道機関の言及の一例

外務省の竹内行夫事務次官の発言「非政府組織(NGO)メンバー
によるイラク国内での活動について「自己責任の原則を自覚して、
自らの安全を自らで守るということを考えてもらいたい」

『日経』4月13日社説 「自己責任がイラクにおける基本的な行動原
則である」

『読売』4月13日社説 「自己責任の自覚を欠いた、無謀かつ無責任
な行動が、政府や関係機関などに、大きな無用の負担をかけている。
深刻に反省すべき問題」

=======切り取り線=======

「(共同声明) 「自己責任」論による非政府組織(NGO)、市民団体、
ジャーナリスト等の活動への批判に憂慮します」に賛同します。

お名前
所属
連絡先(メールかファックスをお書き下さい)

なお、いただいた賛同署名については、お名前と肩書きを公表いた
します。連絡先は公表されません。

===================

●賛同署名の送り先および問合わせ先は下記です。

賛同署名の送り先

電子メール jikosekinin@freeml.com
ファックス(ピープルズプラン研究所)03-5273-8362

電話での問合わせ先
    070-5553-5495 (小倉/WSF連絡会)
メールでの問合わせ先

ウエッブ上でのアクセス((WSF連絡会ウエッブサイト内)
http://www.jca.apc.org/wsf_support/ngo_statement.html

呼かけ団体/個人および賛同団体/個人のリストはこちら:
http://www.jca.apc.org/wsf_support/list.html

━ AcNet Letter 98 【3】━━━━━━━━━━ 2004.04.18 ━━━━━━

投稿「人質自己責任論の恣意性と危うさ」
Sat, 17 Apr 2004 03:14:11 +0900
──────────────────────────────

      人質自己責任論の恣意性と危うさ

3人が解放されるや、政府、一部の政党・マスコミから「人質自己
責任」論が沸騰し、救出費用自己負担論さえ台頭しています。私も
今回の3人のイラク入りが状況判断において問題なしとは思いませ
ん。

しかし、議論をそこに収斂させ、今回の人質事件をより大局的見地
から見ようとしない論調には政治的恣意性と危うさを感じます。

3人が解放されたのは、ご家族の献身的な訴え、内外の救出支援活
動、聖職者協会をはじめとするイラクの各界の方々の尽力によると
ころ大であったのはいうまでもありません。

と同時に、忘れてならないのは郡山さん、高遠さん、今井君がアメ
リカによる占領統治への協力者ではなく、逆に戦禍にあえぐイラク
国民の悲惨な実態を世界に伝え、支援の手をさしのべようとした日
本人であったことが正しく先方に理解されたこと―――このことが
3人の解放につながる大きな要因になったということです。この意
味で、3人は自分自身の国境を超えた博愛の実践活動の実績で自分
の身を守ったといっても過言ではないのです。

さらに背景を辿れば、こうした日本人の善意でさえも危険にさらさ
れる状況になった真因は、日本国政府が国連の枠組みでイラク復興
支援をという国際世論に背を向け、卑屈にもアメリカからの要請に
応える形で自衛隊をイラクへ派遣したこと、そのことがイラク国民
に、自衛隊、ひいては日本はアメリカによる占領統治への協力者と
みなされてしまったこと、にあります。

3人解放後のマスコミの世論調査によれば、自衛隊の撤退を拒否し
た政府の方針を7割以上の回答者が支持したと伝えられています。
その背景には自衛隊はあくまでも人道支援のために出かけたのだか
ら、という意識があるようです。

しかし、こうした国内世論を知るにつけ、私は今回の3人の解放に
尽力したイラク聖職者協会のメンバーが語った、「私たちの方が日
本の小泉さんよりも人質の方々を大切にした」という言葉の重みを
感じずにはいられません。さらに、3人が解放された今もファルー
ジャはアメリカ軍によって封鎖され、再攻撃の恐怖と電気、水道が
断絶した生活環境のなかにおかれていること、そして、ほかでもな
い日本国政府は一貫してこうしたアメリ主導の占領統治に世界有数
の支持を表明してきたこと、を忘れてはならないのです。前記の聖
職者協会メンバーが解放された3人に対して、ファルージャの実態
をぜひ日本の皆さんに伝えてほしいと託した言葉の重みを私たち日
本人が感受できないとしたら、あまりに悲しいことです。

実際問題でいえば、10日ほど前のテレビでサマワのある部族長が
自衛隊の今の活動について、「彼らは基地の中ばかりにいて何も支
援活動をしてくれない。12月まで待つが、そのときになっても今
のままなら、我々は黙っていない」と語っていました。これは、自
衛隊派遣の政治的経緯が人道支援の妨げになっていることの証左と
思われます。

人道支援をいうなら、自衛隊ではなく、電気、水道、建設といった
社会インフラの整備に通じた民間の専門家を派遣するべきでしょう。
彼らであれば、イラク国民に歓迎され、円滑に任務をまっとうでき
るはずです。それでも日本国政府が自衛隊にこだわるとしたら、そ
れは派遣の真の目的が人道支援にあるのではなく、アメリカへの忠
誠のアリバイ作りにあるのだというほかありません。

そこで、提案です。

次のようなことを訴える意見公告を全国紙に掲載することはできな
いでしょうか?

 1.自衛隊は人道支援のために出かけたといわれるが、本当か?
   現地でその任務をどれほど果たせているのか?
   人道支援を実効的に行うための提案

 2.人質自己責任論の国家主義的危険性と問題のすり替え

 3.ファルージャをはじめとするイラク国内の恐怖と貧困の実態

掲載料が莫大であることは承知していますが、多くの賛同者を募る
ことは可能ではないでしょうか?

━ AcNet Letter 98 【4】━━━━━━━━━━ 2004.04.18 ━━━━━━

「自己責任論」を巡る言説より

───────────────────────────────
【4-1】Publicity 904 Sat, 17 Apr 2004 04:26:08 +0900 (JST)
「陰惨なイジメ大国」ニッポンの本性を撃て より
http://www.emaga.com/bn/?2004040047191840021235.7777
Publicity 登録ページ:http://www.emaga.com/info/7777.html
───────────────────────────────
【4-1-1】 松沢呉一氏の意見
───────────────────────────────
Pubilicity編集者「そのなかに、胸打たれる一文があった。ぜひ全
文を読んでいただきたいが、一部引用する。」
http://www.pot.co.jp/matsukuro/20040416_687.html

まさに高遠さんは危険を承知しながらイラクに行かないではい
られない立場にあった人でしょ。

彼女を救出するために、イラクの人たちまでがビラ配りをやり
、「彼女の身代わりになる」と少年が言うくらいに信頼関係が
あったわけです。

彼女を「おかあさん」と慕って、写真を持って待っている子供
がいるのをわかっていて、「危険だから、もうイラクには行か
ない」で済むわけ? 

済む人もいるんでしょうし、その判断に対して私がとやかく言
う立場にはないですけど、「危険があるのに」ではなくて、「
危険があるからこそ」、いてもたってもいられずに出かけて行
かないではいられない人がいることくらいどうしてわからんか
な。

冷酷と自覚する私ですけど、自分を「おかあさん」と呼ぶ子供
らを自分の子供のように感じる人に「死ねばいい」などと言う
ことはどうしてもできんです。

(中略)

高遠さんと同じ立場になってさえ「あんたたちは危険の中で生
きていってね。私は安全な国に帰るから。日本の自衛隊があん
たたちの家族を殺した米軍の手伝いに来ているからよろしくね
ー」って子供たちに言い残して日本に帰り、安全が来るまで家
でケツをかきながら寝ころんでテレビを眺めている人がいても
いいけど、そうはできない人の足を引っ張りなさんな。

「自業自得」なんてことは、家でポテトチップスを食いながら
テレビを観ているだけだから言えること、イラクにただ一人待
っている人がいないから言えること、イラクの人たちはその危
険を長期間強いられていることを実感できていないから言える
ことでしかないでしょ。

で、「自業自得」なんて言っている人々が屁をこきながらテレ
ビで観ているニュース映像はいったい誰が撮り、雑誌の記事は
誰が書いていると思っているわけ? 

ロボットか。イヌとかネコか。それとも亀か。カメラマンや記
者が、危険なことをわかっていても現地に行っているからでし
ょうが。

そういった報道があるから、ファルージャで何が起きているの
かを不十分ながら知り、北朝鮮がどうなっているのかをさらに
一層不十分ながら知ることができるわけです。

テレビニュースの映像、雑誌の記事や写真の手前に人がいるこ
とくらい想像しましょうよ。危険を顧みない報道が、私らが考
え、行動することに、どれだけ役に立っているのかくらい想像
しましょうよ。

そういえば、「東京トップレス」(http://tokyotopless.com/)
の工藤君との対談で、「写真の被写体のことは考えても、写真
を撮っている存在については考えられない人たち」についての
話が出てましたが、この程度のことさえも想像できないくらい
に想像力が欠如している人たちって本当にいるみたいですね。

どうやればそこまで鈍感になれるのかについては、私の想像力
も及びません。

ずっと前に書きましたけど、あえて戦場に行く人たちにも当然
功名心はありましょうし、一般的な日本人より自分の死に鈍感
な人たちでもあるのでしょうが、そうであってもやっぱり私は
「ありがたい」「偉い」と素直に思えます。

戦地に取材に行って死んじゃった人たちはこれまでにもいっぱ
いいますが、こういう人たちに「自業自得」なんて言葉を投げ
つけるのなら、命がけでビデオを回し、写真を撮り、記事を書
いている人たちに失礼だから、二度とニュースや雑誌を見なさ
んな。
───────────────────────────────
【4-1-2】 Publicity 編集者の意見
───────────────────────────────

▼まもなく起こる情況に備え、少しでも3人とその家族を守る
防波堤になればと思い、ぼくは「いじめの問題は、いじめる側
に全責任がある」という、予め立っている立場を、再び書いて
おこうと思う。

「イジメは、いじめる側が100パーセント悪い」という意見
に対して、「はあ?いじめられる側にも、いじめられる何らか
の原因があるから、いじめられるんじゃないの?仕方ないよ。
いじめられる側にも悪いところがあるんだよ。なに言ってんだ
よ」と思った人がいるかもしれない。

少しでもそう思っている人に借問しよう。いじめられている子
に、「いじめられる何らかの原因」とやらがあったとしよう。
ならばあなたは、その子を「いじめる理由」「いじめる正当性
」を持っているのか?

「いや、私がどうするかという話じゃなくて、一般論としての
話だよ。私はいじめないよ」と言うか? 違う。これは「あな
た」の問題であり、「わたし」の問題だ。

“「いじめられる側にも理由がある」という「論理」が「暴力
」になる、という論理”を理解できない人のことを、「日本人
」と呼ぶのだ。それをどう変えるかという問題だ。

3人に対するだけの問題ではない。在日外国人に対して、難民
に対して、社会的に弱い立場に立っている人々に対して、えと
せとら、これは普遍的な問題だ。

「自衛隊派遣に反対」を表現した国民の自由を、国策のために
封じる自由を国家は持っていないし、持たせてはいけない。

「非国民」を容赦なく密告し糾弾した戦前の雰囲気を、ぼくは
知らないが、こういう雰囲気だったのかな、と思う。年配の読
者からの投稿をいただきたいところである。・・・・・・

▼「人でなし」は、自分が「人でなし」だと自覚しないから、
人でなしなのだ。

この状況下において、解放された3人とその家族に「自己責任
」を問う輩は、想像力が徹底的に欠如した「人でなし」だ。

老若男女問わず、「自己責任」狂いの愚を撃て!

それがニッポンという「イジメ大国」を、「共生の大国」へと
変える第一歩であり、橋頭堡であると信じる。

───────────────────────────────
【4-2】ルモンド 2004.4.16 (抄訳:橋本尚幸氏)
「日本:高揚する人道主義」
http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C394170269/E2083218708/index.html
───────────────────────────────

「・・・阪神大震災以降、日本の高度経済成長期に生まれた子供た
ちは、日に日に人道活動やボランティアに数多く従事するようになっ
た。イラクで人質になった彼等の仲間もそうだ。

イラクで人質になった若い日本の三人は、イラクの泥沼の中で、善
意だけを頼りにいったい何をしようとしていたのか? 自覚がない
のか、それともナイーブなのか? 彼等以外に拘束されたと見られ
る二人の若者についても言えることだが、この出来事は日本の若者
の間において利他主義の価値観が強まっていることを示すものであ
る。・・・・・・

1970年から80年にかけて、日本人の若者でアジアの各地をル
ンペン旅行するものが居たが、彼等はごく少数派にしか過ぎなかっ
た。今日、日本では男女を問わず多くの若者たちが無数のNGO活
動に携わって海外に出かける。アフリカやアジアのとんでもない奥
地へである。大学生が夏休みに出かけるのもいるがフルタイムでそ
んなことをする若者の方がずっと多い。日本の世間は、三人の向こ
う見ずな錯乱した行いを執拗に非難して三人の家族を責めるが、多
くの親たちはいつなんどき彼等の子供たちが同じような行動に出な
いとは限らないことを良く知っているのだ。

すべての若者が夢を実現できるとは限らないが、日本列島は、こと
世界的な人道主義の高まりという動きの中で決してマージナルな存
在ではないのである。日本ではさらに高年者たちまでがNGO活動
に参入を始めている。それぞれ個別の活動は地味で小さいものの、
確実に日本で市民社会が形成されつつあることを物語っている。

世界第二の経済大国とかが世界の新聞の見出しをにぎわすが、本当
の日本の強みとか創造性は、経済指標には現れないこうした市民活
動にあるのである。

日本のNGO組織は欧米のものと較べると規模が小さくバラバラで
ある。地域性が強いのが特徴だ。規模が小さいからこそ多様性があ
り、それが強みともなっている。多様性があるからこそ連帯の精神
も生まれる。

・・・・・・日本が苦しんでいる長い経済不況は、生産性と経済発
展という60年代から80年代にかけて日本を支配した神話をうち
砕いた。おかげでその期間は端っこに押しやられていた市民社会と
いうものが息を吹き返したのである。

・・・・・・彼等は一般的に地味で、あまり目立たず、理屈をこね
たり大風呂敷の議論をするよりは実践を重んじる人たちである。彼
等の資本は有り余るほどの善意だけだ。組織は弱体で要員の質もそ
れほど高くはない。お金がないので小さいプロジェクトしかできな
い。多くは個人の献金で成り立っている。日本の慈善活動は、20
03年に発表された報告書によると寄付金額全体では世界でも高い
方である。しかし多くの日本のお金は大きな国際機関に流れ、日本
の零細NGOには資金を集める能力がない。

活動家の最初の世代は60-70年代の学生運動家だった。しかし
いまは違う。もっと若い世代で組織だったものではない。でも阪神
大震災の時、未だかってみられなかったような連帯を示した。13
0万人ものボランティアが集まったのだ。まさに国家の影が薄くな
り「市民社会」が出現している。もちろん混乱はあったが、彼等は
巨大な動員力を示した。以来、NGOは急速に増えてきた。

1998年の法律でNGOの設立が、欧米の基準からすると税制面
などで不十分な子のではあるが、認められるようになった。効率が
悪いODAにかわる活動も組織的にできるようになった。政府はN
GOが日本の国際イメージの改善に繋がることを知りNGOのある
ものについては政府か支援するようになった。しかしほとんどのN
GOは独自性を維持するために政府からお金を貰っていない。

日本がいま其の平和ドクトリンを捨て去ろうとしているとき、NG
Oがいま新しい戦争反対の推進者となろうとしている。イラクで捕
まったこの三人はこの理想を共有していた若者である。ボランティ
ア運動の常として、彼等の平和運動も一つにまとまったものではな
い。ヨーロッパに老いてみられるような大規模なデモもない。しか
しいったんこのバラバラな運動に火がつくと大きな運動に結びつく
可能性がある。阪神大震災では、これが可能だと云うことが示され
ているのである。 」

━ AcNet Letter 98 【5】━━━━━━━━━━ 2004.04.18 ━━━━━━

お便り紹介

───────────────────────────────
【5-1】Fri, 16 Apr 2004 08:55:27 +0900
───────────────────────────────

「・・・・・・以前はあまりマスメディアに疑問を持つようなこ
とはなかったのですが,独法化の過程を経験することにより,やっ
と,世の中の動きが理解できてきたように思います.また,以前
は英語では,論文以外は読んだこともなかったのに,海外メディ
アのHPの記事をよませていただきました.その中でアルジャジー
ラのHP に天秤の絵がありました.やはりジャーナリズムとは,
すべての立場から中立でなければならないと思います.このとこ
ろ,”社会貢献する”という掛声のもとに,中立でない報道が内
外でみられるようですが,よく考えると大学だって似たような状
況のような気がします.そう考えると,ジャーナリズムと学問に
は通じるところがあると思われます.わたし自身は,工学部の中
で制御理論を研究していますが,その分野の中に,ロバスト制御
というものがあり,それは,「最悪なものを抑える」という考え
方からきています.それと以下の経済学者であるセンの言葉は共
通するのではないかとも考えています.

”もっとも重要な正義の諸概念は,世界はいかに運行すべき
かに関する特定の公式から導出されるものではなく,誰の眼
にも明々白々な根深い不正義(patent injustice)を,一つ一
つ暴いていくことに見出されるであろう(Amartya K. Sen
(後藤玲子訳))”

今,イラクで起きていることを考えると,我々はこの言葉の重み
をかみしめる必要があると思っています.かといって,家族を持
つ身でなかなか無謀なこともできませんが...」

───────────────────────────────
【5-2】Sat, 17 Apr 2004 11:33:24 +0900
───────────────────────────────

「イラクの3人の人質が解放され、まるで知り合いの事のように
喜びました(まだ2人の方、および他の国の方々が人質になって
いらっしゃいますが)。ところが日本政府の談話を聞いていると、
まるで自分たちが助けてやったんだ、という高飛車な態度で驚い
てしまいました。日本の政府は日本の政府のために働いているだ
けで、国際貢献などは行っていないのに(少なくとも政府の中枢
で働いている人たちは)、本物の国際貢献をしている人たちに余
計なことをするなというのにはあきれてしまいます。そして、そ
の政府を支持する人が多いことにがっかりします。一方で、危険
を顧みずに行動を起こす人たちを誇りに思いますし、その人たち
を支えている人も多いと思います。

**大学では経営協議会学外委員の中から「もはや学問の府では
なくなった」という発言があったと聞き驚いています。大学法人
になったとはいえ、株式会社になったわけではなく、「大学」で
あるからには学問の府でなくてなんなのでしょう?「産学連携な
どを進めると同時に、学問の府であることをこれまで以上に強く
認識して」というのが当たり前の考え方だと思います。法人化を
進めてきた流れに立ち向かう強い意志と行動力がますます必要に
なってきたと思っています。」

━ AcNet Letter 98 【6】━━━━━━━━━━ 2004.04.18 ━━━━━━

ネットからのクリップ

───────────────────────────────
【6-1】http://www.asaikuniomi.com/JapaneseHostages.htm
浅井久仁臣氏『解放された後、「イラクに残りたい」「また戻って
来たい」と彼らが発言したからといって何が悪いのか私には分かり
ません。人質にされた恐怖から「もう二度とイラクに戻りたくない」
「イラク人の顔を見たくない」と言ったとしたら、私は彼らのイラ
クに入国する前の覚悟や想いを逆に疑ってしまいます。』

【6-2】http://www.fujiwarashinya.com/talk/2004_0413.html
藤原新也氏『日本という国が企業と同じような利潤追求を国家命題
とする「企業国家」であるというのなら、自衛隊のイラク派兵は十
分に意義のあるところのものであり、そのためには10人や100
人の善良な日本人を見殺ししてもそれは知ったことではないだろ
う。』

【6-3】http://www.jca.apc.org/~toshi/blog/no_more_cap/archives/000020.html
No More Capitalism 『「民主主義社会」の言論弾圧は、こうした
抑圧を秘密警察が強権的に民衆を押えつける独裁国家のやり口では
なく、自主規制として内面化したり、道徳や倫理などで縛り、それ
でもダメな場合は、経済的不利益(雇用差別や昇進差別)で対応する。』

【6-4】http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040417-00000136-kyodo-pol
共同通信『航空機、健診は本人負担 外務省、イラクの日本人人質
事件で解放された3人に請求へ』

( Publicity 906 / Sat, 17 Apr 2004 23:51:06 +0900 (JST)
 http://www.emaga.com/bn/?2004040049362781010182.7777
「そもそも、チャーター便に乗るときに「自己負担ですよ」と話し
たのか? 病院で検査する時に、「自己負担ですよ」と話したのか?
勝手に飛行機に乗せて、勝手に病院で検査を受けさせて、それで後
から「自己負担ですよ」なんてことはないのでしょうナ。

そういうふうに段取りがついていたのなら、話はわかる。すべて
「自己責任」なのだから、チャーター機に乗らずに勝手に帰ってく
るのも自由、検査を受けないのも自由だからだ。

・・・おそらく、すべて後から「自己負担」と通知するのだろう。
これは、合法的なイジメではないか? これが日本という国の姿で
ある。」)

【6-5】http://www.asahi.com/international/update/0417/019.html
asahi.com: スンニ派宗教指導者アブドルサラム・アルクベイシ師
『日本大使館は委員会に謝意を伝えてこなかった。日本の首相も委員
会について言及しなかった』

【6-6】http://www.geocities.jp/chikushijiro2002/peace/crimefornote.html
豊島耕一氏『NHKによる犯罪容認報道について』

【6-7】http://videonews.jp/?itemid=24
神保哲生氏『年金だの公共事業だので何百兆単位の無駄をしている
政府が、逢沢副大臣の渡航費を人質家族に請求すべしと発言してい
ることに強い違和感を感じている』

【6-8】http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20040415ic05.htm
(人質攻撃を続ける政府広報紙)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
編集発行人連絡先: admin@letter.ac-net.org
ログ:http://letter.ac-net.org/log.php
趣旨:http://letter.ac-net.org/index.php
#( )の中は編集人コメント、「・・・・・」は編集時省略部分
一部が全角となっているアドレスは半角にして使用してください。
登録・解除・アドレス変更:http://letter.ac-net.org/s.html

2004年03月13日

[AcNet Letter 72] 川勝平太氏による首大称賛コラムの背景


Academia e-Network Letter No 72
(2004.03.12 Fri)

【1】「毎日新聞3/7コラムの問題 川勝平太氏の素性 
   都からの月報は35万1千円」
(一都民である事務局員より)
「意見広告の会」ニュース112[4] 2004.3.10 より

【2】「2.28日比谷集会のご報告ならびに御礼」
「都立の大学を考える都民の会」事務局より

【3】**本日** NHK札幌3月12日午後7時半より
「流氷レーダ廃止の波紋−大学改革と地域貢献ー」

【4】近畿附属交流集会 3/7 の概要

 【4-1】近畿内の全労働各支部書記長連絡先

【5】豊島耕一氏「学則の「目的」条項」
[he-forum 6785] Date: Wed, 10 Mar 2004

2004年03月04日

法学者50名の抗議声明:自衛官宅へのビラ配布者逮捕について

http://www.geocities.jp/chikushijiro2002/Default.html

立川自衛隊監視テント村への弾圧に抗議する法学者声明 2004.3.3

2004年2月27日、市民団体「立川自衛隊監視テント村」の市民3人が、自衛隊のイラク派兵に反対するビラを配布するために自衛隊員の住む官舎へ立ち入ったとの容疑で、住居不法侵入罪で逮捕され、さらに団体の事務所とメンバーの自宅等6箇所が家宅捜索を受け、団体に関する書類やパソコンなどを押収されました。

わたしたち法学者は、この事態が、市民の正当な表現活動を抑圧し、民主主義社会を萎縮させるのではないかという危機感を抱いています。

まず、当該行為が刑法130条の住居侵入罪に当たるかどうかについて疑問があります。近代法は、「公」と「私」の領域を区切ることで、「私」の自由な領域を保護することを主要な任務としてきたのであり、本条の保護法益も、部外者の侵入を許さずプライバシーの享有を期待できる区画された場所内の平穏な利用である、というのが通説的見解です。ここで郵便受けは、私人が住居という本質的に私的な空間を確保しながら、外から内部に向けて発せられる情報を受けとるために自ら設置した限定された空間だと考えられます。つまり、それは、法によって遮断された「私」と「公」の領域をつなぐための通路であり、外部との遮断を目的とするドアや門とは逆に、外に向かって開かれた性質を持つものです。したがって、チラシを郵便受けに配布するために他人の敷地に立ち入ることは、「プライバシーの享有を期待できる区画された場所」の「平穏」を害する行為にはあたりません。

当該行為が刑法130条の構成要件に該当しない上、今回の措置には別の目的があるということを疑うだけの十分な理由になります。考えうるのは、イラクへの自衛隊派兵に際して、市民と自衛官及びその家族との直接的接触を禁じることです。そうであれば、これは、憲法21条で保障される表現の自由の問題になります。憲法21条は、市民の間の自由なコミュニケーションは、正当な手段でなされる限り違法とされることがないことを保障しています。当該行為は、自衛隊のイラク派兵というそれ自体憲法上疑義がある事態を憂慮する市民が、自衛隊員とその家族に対して、市民として共に考えることを直接促すために行われたものであり、その手段も、ビラという通常の媒体を使用して、郵便受けという外に開かれた空間にそれを投函したという極めて穏健なものです。つけ加えるならば、ビラの内容も、自衛隊員とその家族に対して「共に考え、反対しよう」と呼びかけたものであり、その個人的法益を侵害するようなものではありません。自衛隊員とその家族は、市民としてこのような情報を受けとり、その内容について自分で判断する権利があるのであり、「住居侵入」という通常考えられない刑罰をもって両者のコミュニケーションを遮断しようというのは、法の明確性、安定性、予見性を著しく害し、市民の間の自由なコミュニケーションを萎縮させ、ひいては民主主義というコンセプトを傷つける危険性を孕んでいます。

さらに、このような正当な表現行為に対して、当該行為を行った市民団体のメンバーの逮捕、拘束にとどまらず、市民団体の構成員の自宅の捜索、関連するパソコンや書類の押収、という非常に強硬な手段が取られました。わたしたちは、ここで対象とされているのは、ビラの投函という一個の行為ではなく、当該市民団体の活動そのものであると考えざるをえません。もしそうであるならば、今回の措置は、結社の自由という憲法の基本的価値を揺るがす事態であり、市民が自由に結合し、自由に意見を表明できることでなりたっている民主主義社会に対して、深刻な傷を負わせる危険性があります。

以上のように、今回の措置には、自衛隊のイラク派兵に反対する市民団体を狙い撃ちにし、その正当な表現活動を制限することに真の目的があると言わざるを得ません。表現の自由、結社の自由、身体の自由は日本が民主主義国家である限り、最大限の価値がおかれるべきものです。わたしたち法学者は、今回の措置が自由な民主主義社会の基礎を揺るがす深刻な事態と考え、一連の言論弾圧を行った立川警察署および警視庁に強く抗議するとともに、三人の即時釈放を求めます。                                         2004年3月3日 賛同者一同

声明発起人:石埼学(亜細亜大学・憲法)

賛同者(50音順)

愛敬浩二(名古屋大学・憲法)/足立英郎(大阪電気通信大学・憲法)/石川裕一郎(麻布大学・非常勤・憲法)/石埼学(亜細亜大学・憲法)/市川正人(立命館大学・憲法)/稲正樹(亜細亜大学・憲法)/井端正幸(沖縄国際大学・憲法)/植松健一(島根大学・憲法)/植村勝慶(國學院大學・憲法)/浦田賢治(早稲田大学・憲法)/遠藤歩(東京都立大学・民法)/大田肇(津山高専・憲法)/奥平康弘(憲法学者)/小栗実(鹿児島大学・憲法)/小澤隆一(静岡大学・憲法)/北川善英(横浜国立大学・憲法)/木下智史(関西大学・憲法)/君島東彦(北海学園大学・憲法)/葛野尋之(立命館大学・刑事法)/小林武(南山大学・憲法)/小松浩(三重短期大学・憲法)/木幡洋子(愛知県立大学・憲法)/近藤充代(日本福祉大学・経済法・消費者法)/阪口正二郎(一橋大学・憲法)/佐々木潤子(金沢大学・税法)/佐々木光明(三重短期大学・刑事法)/笹沼弘志(静岡大学・憲法)/清水雅彦(和光大学・憲法)/杉原弘修(宇都宮大学・行政法)/高橋利安(広島修道大学・憲法)/多田一路(大分大学・憲法)/只野雅人(一橋大学・憲法)/田村武夫(茨城大学・憲法)/塚田哲之(福井大学・憲法)/豊崎七絵(龍谷大学・刑事法)/中里見博(福島大学・憲法)/中島茂樹(立命館大学・憲法)/中島徹(早稲田大学・憲法)/永山茂樹(東亜大学・憲法)/成澤孝人(宇都宮大学・憲法)/新倉修(青山学院大学・刑法)/西原博史(早稲田大学・憲法)/根森健(新潟大学・憲法)/松宮孝明(立命館大学・刑法)/水島朝穂(早稲田大学・憲法)/三輪隆(埼玉大学・憲法)/元山健(龍谷大学・憲法)/山口和秀(岡山大学・憲法)/吉田省三(長崎大学・経済法)/和田進(神戸大学・憲法)/渡辺洋(神戸学院大学・憲法)                        以上51名

記者会見後の賛同者:長岡徹(関西学院大学・憲法)/上脇博之(北九州市立大学・憲法)/飯田泰雄(鹿児島大学・経済法)/近藤真(岐阜大学)/増田栄作(広島修道大学・民法)

2004年02月04日

フランスにおける科学者・研究者たちの闘い――「研究を救おう!」をめぐる三週間の動き

「意見広告の会」ニュース93:1 フランス便り
Date: Wed, 04 Feb 2004 02:08:08 +0900
ニュースの配布申し込み,投稿:qahoujin@magellan.c.u-tokyo.ac.jp

1 フランスにおける科学者・研究者たちの闘い
    ――「研究を救おう!」をめぐる三週間の動き
西山 雄二(一橋大学博士課程:パリ第10大学博士課程)

「研究のための別の政策を!」「街頭に出よう、もう我慢できない!」、「研究がなければ、世界は止まる!」、「破壊者シラク、共犯者エニュレ〔研究担当相〕!公的研究の解体に否!」、「銭〔ペペット〕がないからピペット管がない!」、「セールに出された研究活動、ただ今値下げ処分中、何かもなくなってしまうよ!」「マクドナルドの国への頭脳流出!」――フランスで前代未聞の出来事、数千人もの科学者・研究者が街頭に降りたのである。

「研究を救おう!」の署名運動が始まって3週間後の1月29日、研究者と彼らに賛同する市
民たちがついに街路をデモ行進した。20ほどの研究者や高等教育教職員の組合、学生組合組織、若手研究者グループなどがパリ第7大学(ジュシュー)から首相官邸(マティニョン館)まで行進した。参加人数は約1万人(主催者発表。警察発表5000人)で、科学者・研究者のデモ行進としては最大規模となった。また、リヨン、マルセイユ、トゥールーズ、モンペリエ、ボルドーなどデモは全国各地でおこなわれた。

デモ隊列の最後尾には「喪に服した研究活動」の象徴として黒いバルーンが飛ばされた。社会党はデモ行進支持を表明し、党のナンバー2・ローラン・ファビウスも隊列の先頭を歩いた。彼は「私たちは科学者の職に関して、1000の研究ポストの創出を見込んだ暫定的な運営計画を実施したのに、現政府はこれを破棄しただけでなく、研究ポストをさらに削減したのです」と主張した。夕方、首相官邸に到着したデモ隊は、2002年度予算の即自払い込みなどを求める要望書を提出し解散したのだった。

「研究を救おう!」の抗議運動は2003年12月に遡る。2004年度研究予算の削減が決定されたとき、コーチン研究所のアラン・トロットマンは「研究所の悲惨な状況を前にして、パストゥール研究所の同僚とともに、研究者はもはや黙ってはいられない、屠殺場に連れて行かれようとしているのに私たちは背中を丸めている場合じゃない」と憤慨した。この68年世代の生物学者は、時を移さずして仲間とともに最初の文書「羊たちの沈黙」を起草した。17日、40人ほどの生物学者たちがコーチンに集まり、議論の末に研究者の集団辞職という手段が承認され、23日には、請願書の決定稿が研究部局あるいは研究チームの責任者たちに配布された。年が明けて1月6日までに、トロットマンは60名の部局長、90名のチーム・リーダーの集団辞職の誓約を確認していたという。こうして公開書簡「研究を救おう!」は7日に公表され、抗議声明の衝撃は生物学界だけでなく、あらゆる学術分野に伝わったのだった。

公開書簡「研究を救え!」はとりわけ、政府による基礎研究の放棄に対する苛立ちを直截に表明している。実用的で収益性のある応用研究は確かに重要ではあるが、それを支えているのはあくまでも地道な基礎研究に他ならない。経済発展、技術革新、学識の蓄積といった国際競争力にこれから国家が生き残ろうとするならば、国家による基礎研究は必要不可欠である。しかし、フランス政府は基礎研究予算を削減するばかりか、場合によっては過去の予算さえ凍結しているのだ。そして、さらに悪いことに、事態を改善しようとする政府の態度は極めて科学官僚主義的なものでしかない。政府が先導して、特別プログラムを組み、期限付きの委員会を即席で設置したところで、研究機関の混乱は悪化するばかりである。公開書簡は、科学行政に関して各研究機関の現場の声を優先させることをはっきりと主張している。

署名者たちがが政府に要求しているのは主に次の三点である。まず、凍結あるいは取り消されている過去の予算を研究機関に即刻支払うこと。信じ難いことに、財政難のため2002年度から大学・研究機関の一部への予算未払いが続いているのである。次に、2004 年度の550の研究ポスト削減案を撤回し、大学に教員および研究員ポストを相当数増やすことである。これは研究所で働く若手研究者の将来の就職を保証するため、また、アメリカやイギリス、ドイツなどへの頭脳流出を回避するためである。そして書簡は、フランスにおける新しい研究のあり方を特徴づける全国規模の討論会の開催を要望している。

第三点目の討論会の開催は興味深い重要な要求である。というのも、研究者たちは予算配分をめぐる駆け引きに終始するだけでなく、建設的かつ民主的な議論の場所を設けようとしているからである。彼らが前例として挙げているのは1956年にノルマンディー地方の都市カーンで開かれた討論会だ。生物学者ジャック・モノーらが参加したこの討論会は、科学研究を国民的威信の基礎であると同時に経済発展のための最優先条件とみなしていたマンデス=フランスが実現させたものである。そこでは、科学者や政治家、実業家、ジャーナリスト、一般市民が数日間にわたって意見を取り交わすことで、研究活動に関する政策方針が民主的に規定された。カーンの討論会は科学に立脚した近代化と学術における民主主義の関係を深く問い直し、60年代の科学研究の方向性を確定したのだった。この成功例に倣って、「研究を救おう!」の署名者たちは科学行政の舵取りを民主的に決定する討論の機会を切実に求めているわけである。

15日の時点で、既に12000人の科学者・研究者・大学院生が賛同の署名をしていた。理系の研究者に限らず、文系の研究者・院生の賛同署名も行なわれていることは言うまでもない。また、16日、ネット上で一般署名が開始され、数日間で署名した市民の数は30 00人を突破した。食料品店主、看護婦、法律家、不動産業者、船員、年金生活者、主婦、失業者……。23日までに、「研究者たちの行動を支持する市民リスト」には実に20000人の名前が集まったのだった。科学者の問題が研究所を枠組みを越えて市民社会に知られるところとなり、市民と研究者のかつてない連帯の輪が急速に広がった。「研究を救おう!」の文面にあるように、基礎研究の危機的現状を世論に理解してもらうという発起人たちの目的は短期間で達成されたわけである。それは、科学・学術研究の問題がもはや研究者の単なる予算配分の問題ではなく、自分たちの国の未来像をどう描くのかという社会的選択の問題として広く認知される過程だった。

研究者の怒りがメディアで頻繁に報道される中、クローディ・エニュレ研究担当相はラファラン首相と話し合い、執行凍結の解除を了承させた。そのほか政府は、「評価ミッション」による監査を実施し2週間後に予算「不足」問題に結論を出すと発表した。仏政府の統計によると、仏全体の研究開発支出はGDP比(以下同)2.2%と、日本(3%)、米国(2.7%)、独(2.5%)を大幅に下回る。ただし、日本や米国はほぼGDP比2%を民間企業に依存しているが、仏は1.4%にとどまる。一方で、公的研究部門の支出は仏が0.9%で前記三国を上回っている。仏政府としては今後、民間企業の研究支出を増やし、2010年までにGDP比2~3%の予算を確保する方針だとしている。

抗議行動に回答するため、エニュレ研究担当相は22日、研究者への書簡を研究省のHP上で公開した。彼女は、「2004年度の研究予算は3%増えている。首相が指摘したように、2004年度は研究施設予算は凍結も取り消しもしない。研究を支援する努力は2005年度も2006年度も継続される」、と政府の方針を支持した。また、「研究所の就職に適応性と順応性をもたらすために契約研究員という新方式を実施しているが、この方策は継続されるだろう」としただけで、結局、署名者が要求している科学研究をめぐる討論会開催の問題には一言も触れなかった。今回の大学問題はテレビやラジオ、新聞を通じて頻繁に報道されたが、ラファラン首相やエニュレが頑なな態度で、研究者のこのような集団辞職宣言は正当化されえないとメディアで発言する度に、科学者に賛同する署名者数はますます増えていった。

ところで、視点を広げて、EUレベルでの高等教育政策にも触れておきたい。通貨統合に成功し、現在は政治統合の調整に難航しているEUだが、教育に関する議論も着々と進められている。2003年2月、EU各国における高等教育の充実した協調関係を構想した資料「知識に関するヨーロッパの大学の役割」が発表された(2005年に正式に文書化される予定)。資料は「研究、教育、技術革新の交差点である大学は、多くの点で経済と社会の鍵を握っている」としながら、EU各国の高等教育の「根本的な変化」を要請している。資料では変化に向けた三つの改革条件が挙げられている。まず最初に、大学の資金問題である。アメリカが国民総生産の2,3%を高等研究費に注ぎ込んでいるのに対して、E U諸国平均は1,1%でしかない。民間の融資を拡充させてEU各国が研究資金を獲得することが必要となる。次に、卓越性(excellence)の条件を創出することである。各研究機関の自治を承認し、研究の効率性を称揚することで、研究者同士の専門性を高めることができる。最後に大学外への研究の公開で、これはとりわけ大学と企業の共同関係を想定している。この改革案を見ただけでも、EU各国が独走するアメリカの研究状況をライバル視しながらも、実は、効率性と自由競争にもとづくその産学共同体制を模倣しながら、アメリカに追従しようとしていることがうかがえる。フランスはこれまで独自の学術免状制度をとってきたのだが、EU各国と足並みを合わせようと、来年度から世界的に見て標準的な学士―修士―博士制度へと高等教育制度を改編しようとしている。つまり、巨視的に見れば、フランスさらにはEU各国の高等教育・研究政策は、アメリカがその強大な牽引力である学術研究の国際競争の渦中にあるわけである。

最後に、フランスの大学の全般的状況にも触れておきたい。来年度からの大学改革案として、2003年11月末、学士―修士―博士制度への改編が議会で議論された。全フランス学生連合(UNEF)は抗議行動に動員をかけ、実際に約30ほどの大学で示威行動が行なわれたが、全体的に見て反対の声はさほど盛り上がらなかった。というのも、既に15ほどの大学でこの世界標準の制度への移行が完了しおり、彼らは概ね、「大学人が主役の改革」と今回の制度編成に満足しているからだ。この制度改編の議論の後、今度は、「研究を救おう!」グループが明らかにしたように、大学の予算問題が表面化してくる。フランスの大学は深刻な財政難に見舞われており、いくつかの大学(ナント、ルーアン、ラ・ロシェル、ポワティエ)は2004年度予算の承認を拒否する意向を示している。教員や学生の団体も緊急策を打ち出すよう政府に訴えている。教員・研究者ポストの増設がないだけでなく、驚くべきことに、暖房費節約のために冬休み(2月末)を延期する大学(パリ第11大学)も出ているのだ。来年度からフランスの約半分の大学は学士―修士―博士制度へと切り替わるが、その準備予算も先行き不透明なままだ。さらに、上海大学が作成した世界の高等研究機関ランキングで、フランスの大学ではパリ第6大学がかろうじて65位にランクされたことも大学関係者にショックを与えている。その原因として指摘されるのが、エリート養成の高等教育機関グランドゼコールと一般の大学とのあいだの著しい格差だ。予算配分だけを見ても、一年間学生一人あたりの両者の予算格差は約二倍となっており、この教育制度の不平等性こそが先進国のなかでもっとも非効率的で不条理な高等教育の現状をもたらしている一因だろう。それゆえ、学士―修士―博士制度への移行によって大学間の自由で平等な競争が促進され、現在は無料同然の入学料をある程度増額し、これを大学運営資金として活用するべきだと主張する論者も出てきている。

デモが開催された29日の時点で、公的研究部門に携わる研究者10万4000人のほぼ3分の1 にあたる3万1000人の署名が集まっている。しかし、発起人の科学者たちにとっては剣が峰に立つ状況は相変わらず続いている。政府側からの納得いく回答が得られない場合、「研究を救おう!」の宣言通り、3月9日、国立保健医学研究機構(INSERM)の半数、国立科学研究センター(CNRS)の3分の1の科学者が集団辞職を実行することになっているからだ。学術的大混乱を回避するために、研究者の団体は引き続き何らかの行動を起こしていく予定で、早速、科学研究中央委員会の委員長たちとINSERMの同職者たちは30 日、行政任務に関してストライキを打つことを決定した。

産学協同体制に依存することのない国家による基礎研究の保護――「研究を救おう!」が明瞭に主張しているこの大原則は、自由主義的経済理念が牽引する現下のグローバリゼーションの時代においては、ますます純粋な響きを帯びて聞こえる。効率性と卓越性にもとづく経済競争が優先されるこの時代において、これは時代遅れの主張だろうか?

いや、少なくとも私はそうは思わない。集団辞職という絶対的手段に訴える科学者たち、これをメディアが大々的に報道し、世論が応答するというフランスの政治的共感の流れ――今回の運動を通じて確認されることだが、新しい社会的異議申し立てが到来するとすれば、それはつねに時代遅れの、だがしかし確かな歩調を伴なっているのだ。

<参考記事>
ル・モンド紙(2003年11月25日、2004年1月9、16、23、24、30、31日付)
リベラシオン紙(2004年1月31日付)
* 転載は自由です。

2004年01月25日

「知識人は内向きであっては困る」

『経済科学通信』2003年12月、No.103
重本直利氏「鹿児島国際大学事件―学問の自由と大学人の連帯、そして恐怖からの自由―」
より

・・・・・紀氏は、「知識人は内向きであっては困る。大学人は教育者でもある。教育者が自分のクビを恐れて内向きになってしまう。その中で教育を受ける学生ほど不幸な存在はない。私たちは外に向かって目を開いていく。そのようなネットワークを少しずつ創っていく必要があるのではないか」という言葉で締めくくった。死語となって久しい「知識人」、今こそ、その再論と現実化が待望される。鹿児島国際大学事件は「知識人」とは一体どういった存在であるかをあらためて問うている。時代に迎合し、体制に迎合し、組織に迎合し、ついには権力に迎合する知識と知識人のあり様(解体)という問題がなげかけられている。・・・・・
Posted by tjst at 01月25日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000486.html
他の分類:大学の使命

2004年01月17日

自衛隊イラク出兵 に宮城県学者・文化人・法律家有志279名 緊急抗議声明 2004.1.16

2004年1月17日午前9時現在呼びかけ人: 学者85名、文化人77名、法律家117名(計279名)

自衛隊のイラク出兵に反対する緊急抗議声明

政府は、本日ついに「イラク特措法」に基づき自衛隊をイラクに本格的に出動させ始めました。これは、アメリカとイギリスとを主軸とする無法な軍事攻撃と、これに引き続く形で行われている軍事占領に、日本が軍事力をもって積極的に加担しようとする暴挙です。

この暴挙がイラクのひとびとの強い批判や反撥を招き、抵抗行動を激化させることは必至であり、人道復興を支援するどころか、逆に軍事力による虐殺行動の拡大に手を藉し、自衛隊を戦闘行動に赴かせる危険極まりないものです。

自衛隊のイラク出兵は、憲法上も国際法上も許されないことは勿論のこと、日本を、中東やアジアをはじめとする国際社会から孤立させ、憎悪と不信の対象と化する愚挙です。私たちは、人道と憲法の名において、そして何よりも人間の名において、自衛隊のイラク出兵を絶対に許すことができません。

この声は、いまやあらゆるところに満ちています。私たちは、人間の理性と良心をかけ、政府に対し、自衛隊のイラク出兵について強く抗議するとともに、出兵の即時中止を要求するものです。

2004年1月16日

宮城県学者・文化人・法律家有志
呼びかけ人代表

宮 田 光 雄(東北大学名誉教授)
小田中 聰 樹(東北大学名誉教授)
犬 飼 健 郎(弁護士)

呼びかけ人名簿 2004年1月17日午前9時現在

〔学者〕(85名)
浅 野 富美枝 (宮城学院女子大学教員)
浅 見 定 雄 (東北学院大学名誉教授)
安孫子   麟 (元東北大学教授)
荒 川 由美子 (尚絅学院大学教授)
石 栗 義 雄 (元東北大学教員)
石 田 一 彦 (尚絅学院大学女子短期大学部教授)
和 泉   修 (東北大学名誉教授)
板 垣 乙未生 (東北大学教授)
伊 藤 一 義 (東北学院大学教授)
伊 藤 博 義 (東北文化学園大学教授・宮城教育大学名誉教授)
井 上 千 弘 (東北大学助教授)
大 石 直 正 (東北学院大学嘱託教授)
大 内 秀 明 (東北大学名誉教授)
大 崎 節 郎 (東北学院大学名誉教授)
大 平   聡 (宮城学院女子大学教授)
大 村   泉 (東北大学教授)
小笠原   卓 (元東北大学教員)
小田中 聰 樹 (東北大学名誉教授)
小田中 直 樹 (東北大学助教授)
片 岡   彰 (東北大学助手)
片 山 知 史 (東北大学助手)
金 田 重 喜 (東北大学名誉教授)
上 山 真知子 (山形大学教員)
刈 田 啓史郎 (元東北大学教授)
刈 田 美知子 (尚絅学院大学女子短期大学部教授)
河 相 一 成 (東北大学名誉教授)
川 端 純四郎 (東北学院大学講師)
菅 野   仁 (宮城教育大学助教授)
黒 滝 正 昭 (宮城学院女子大学教授)
小 玉 邦 子 (元東北大学教員)
小 山 富 男 (東北大学助手)
近 藤 佳代子 (宮城教育大学教授)
斎 藤 尚 生 (東北大学名誉教授)
斉 藤 豊 治 (東北大学教授)
佐 竹 保 子 (東北大学助教授)
佐 藤 直 由 (東北文化学園大学教授)
柴 田 吉 郎 (東北大学技官)
柴 田 行 男 (東北大学助教授)
志 村 憲 助 (東北大学名誉教授)
下 山 克 彦 (東北大学職員)
新 屋 達 之 (立正大学助教授)
杉 山 弘 子 (尚絅学院大学女子短期大学部教授)
鈴 木 謙 爾 (東北大学名誉教授)
鈴 木   知 (宮城学院女子大学名誉教授)
鈴 木 法日児 (宮城教育大学教授)
関 口 栄 一 (東北大学名誉教授)
関 本 英太郎 (東北大学教授)
曽根原   理 (東北大学助手)
高 城 和 義 (東北大学教授)
高 木 龍一郎 (東北学院大学教授)
高 橋   満 (東北大学助教授)
田 嶋 玄 一 (東北大学助手)
田 中 史 郎 (宮城学院女子大学教員)
田 中 輝 和 (東北学院大学教授)
武 田   忠 (宮城教育大学名誉教授)
竹 内   峯 (東北大学名誉教授)
照 井   敬 (元神戸商船大学教授)
冨 田   真 (東北大学助教授)
冨 永 智津子 (大学教員)
長 岡 龍 作 (東北大学助教授)
中 森 孜 郎 (宮城教育大学名誉教授)
西 村 俊 昭
仁昌寺 正 一 (東北学院大学教授)
野 呂 ア イ (尚絅学院大学教授)
野 呂   正 (宮城教育大学名誉教授)
服 部 文 男 (東北大学名誉教授)
半 田 恭 雄 (東北大学名誉教授)
東   義 也 (尚絅学院大学女子短期大学部助教授)
樋 口 晟 子 (東北福祉大学教授)
日 野 秀 逸 (東北大学教授)
広 中 俊 雄 (東北大学名誉教授)
外 尾 健 一 (東北大学名誉教授)
細 谷   昂 (東北大学名誉教授)
槙   哲 夫 (東北大学名誉教授)
松 野   豊 (東北大学名誉教授)
村 岡 俊 三 (東北大学名誉教授)
宮 田 光 雄 (東北大学名誉教授)
宮 脇 弘 幸 (大学教員)
守 屋 克 彦 (東京経済大学教授・弁護士)
柳 父 圀 近 (東北大学教授)
柳 原 敏 昭 (東北大学助教授)
山 下 直 治 (宮城教育大学教授)
吉 田 寛 一 (元東北大学教員)
吉 田 正 志 (東北大学教授)
J.F モリス (宮城学院女子大学教員)

〔文化人〕(77名)
青 木 康 弘 (バプテスト仙台南教会・牧師)
青 田 百合子 (薬剤師・みやぎ保健企画代表取締役)
揚 野   昇 (福島・鹿島栄光教会、協力牧師)
阿 南 陽 二 (医師・坂総合病院・外科)
和 泉 敬 子 (仙台YWCA監事)
井 田 士 朗 (医師)
稲 垣 達 也 (ピアニスト・作曲家)
井 上 博 之 (歯科医師)
氏 家 和 子 (宮城県保険医協会理事・歯科医師)
大 窪   豊 (医師)
大 沼   隆 (仙台川平教会・牧師)
大 村 武 平 (宮城県保険医協会監事・歯科医師)
笠 原 英 樹 (宮城県保険医協会理事・医師)
神 谷 真那美 (日本音楽家ユニオン東北地方本部代表運営委員・ピアニスト)
川 端 英 子 (のぞみ文庫)
北 村 龍 男 (宮城県保険医協会理事・医師)
興 野 義 一 (宮城県保険医協会顧問・医師)
久 慈   了 (医師・坂総合病院医局長・泌尿器科)
郷 津 隆 幸 (日本音楽家ユニオン東北地方本部代表運営委員・クラリネット)
小 熊   信 (坂総合病院副院長・外科)
郷 家 智 道 (宮城県保険医協会理事長・歯科医師)
後 藤 東 陽 (写真家)
小 西   望 (日本基督教団仙台北教会・牧師)
小 林 康 浩 (ピアニスト・作曲家)
小 林 喜 成 (牧師)
駒 形   貴 (歯科医師)
斎   基 之 (宮城県保険医協会歯科部会幹事・歯科医師)
斎 藤 善 雄 (元高校教師・ふるかわ平和のつどい)
佐 藤   忍 (医師)
佐 藤 行 夫 (医師・中新田民主病院)
笹 森 長次郎 (宮城県保険医協会専門部員・医師)
島   和 雄 (宮城県保険医協会歯科部会幹事・歯科医師)
清 水 達 雄 (宮城県保険医協会副理事長・医師)
神   久 和 (医師・坂総合病院成人病クリニック所長)
杉 山 昭 男 (日本福音ルーテル教会・牧師)
鈴 木 啓 子 (NPO関係者)
鈴 木 勝 利 (宮城県保険医協会副理事長・歯科医師)
高 橋   征 (宮城県保険医協会専門部員・歯科医師)
高 橋   克 (医師・五橋メンタルクリニック医長)
高 橋 義 一 (宮城県保険医協会理事・医師)
高 平 つぐゆき(作曲家・合唱指揮者)
田 野 み よ (医師)
丹 野   仁 (医師・坂総合病院・小児科科長)
塚 野 淳 一 (日本音楽家ユニオン東北地方本部代表運営委員・チェリスト)
出 浦 秀 隆 (元高校教師)
寺 島 一 郎 (宮城県保険医協会歯科部会幹事・歯科医師)
戸 枝   慶 (前仙台YWCA会長)
苫米地 サトロ (シンガーソング・ライター)
南 部 敏 郎 (うたごえの店バラライカ代表)
西 澤 晴 代 (子どもの人権を守る宮城県連絡会事務局長)
沼 沢   溥 (宮城県保険医協会副理事長・歯科医師・核戦争を防止する宮城医師歯科医師の会代表)
長谷川 精 一 (仙台YMCA理事)
長谷部 栄 佑 (医師)
畠 山 タ ツ (医師・坂総合病院・内科)
早 川   寿 (演出家)
彦 坂 直 道 (医師・宮城厚生福祉会理事長)
廣 田 清 方 (宮城県保険医協会副理事長・医師)
日 向   康 (作家)
広 瀬 俊 雄 (医師・仙台錦町診療所・産業医学センター)
深 田   寛 (牧師)
細 川   覚 (日本基督教団石巻栄光教会・牧師)
増 田 家次子 (こどものほんのみせ・ポラン)
町 田 幸 雄 (医師・若林クリニック所長)
松 浦 真 吾 (宮城県保険医協会理事・医師)
三 浦 経 子 (宮城県保険医協会理事・医師)
三 井 啓 示 (牧師)
宮 沼 弘 明 (医師・坂総合病院副院長・内科)
村 口 喜 代 (医師)
村 口   至 (医師)
矢 崎 春 彦 (宮城県保険医協会理事・医師)
箭 内   登 (民主文学会)
吉 田   隆 (日本キリスト改革派仙台教会・牧師)
横 山 寛 勝 (元高校教師・吉野作造を学ぶ会)
横 山 成 紀 (医師・長町病院附属クリニック所長)
横 山 成 樹 (医師・中新田民主医院名誉院長)
山 田   裕 (医師)
渡 辺 愛 雄 (演劇鑑賞会)

〔法律家〕(117名)
青 木 正 芳 (弁護士)
赤 松   實 (弁護士)
阿 部   潔 (弁護士)
阿 部 弘 樹 (弁護士)
阿 部 泰 雄 (弁護士)
荒     中 (弁護士)
石 井 慎 也 (弁護士)
石 神   均 (弁護士)
石 田 眞 夫 (弁護士)
犬 飼 健 郎 (弁護士)
井 上 順 子 (弁護士)
井 上 庸 一 (弁護士)
井 野 一 弘 (弁護士)
井野場 晴 子 (弁護士)
内 田 正 之 (弁護士)
遠 藤 孝 夫 (弁護士)
逢 坂 由紀子 (弁護士)
大 橋 洋 介 (弁護士)
岡 崎 貞 悦 (弁護士)
小 川 昌 幸 (弁護士)
奥 山   梢 (弁護士)
織 田 信 夫 (弁護士)
小 高 雄 悦 (弁護士)
小野田 耕 司 (弁護士)
小野寺 照 東 (弁護士)
小野寺 信 一 (弁護士)
小野寺 友 宏 (弁護士)
小野寺 義 象 (弁護士)
小 幡 佳緒里 (弁護士)
角 山   正 (弁護士)
加 藤 雅 友 (弁護士)
鹿 又 喜 治 (弁護士)
鎌 田 健 司 (弁護士)
神 坪 浩 喜 (弁護士)
亀 田 紳一郎 (弁護士)
川 原 眞 也 (弁護士)
官 澤 里 美 (弁護士)
北 見 淑 之 (弁護士)
清 藤 恭 雄 (弁護士)
日 下 俊 一 (弁護士)
草 場 裕 之 (弁護士)
倉 林 千枝子 (弁護士)
小 島 妙 子 (弁護士)
小 関   眞 (弁護士)
小 向 俊 和 (弁護士)
崔   信 義 (弁護士)
齋 藤 信 一 (弁護士)
齋 藤 拓 生 (弁護士)
斉 藤 睦 男 (弁護士)
坂 野 智 憲 (弁護士)
佐 川 房 子 (弁護士)
佐久間 敬 子 (弁護士)
佐々木 健 次 (弁護士)
佐々木 好 志 (弁護士)
佐々木 雅 康 (弁護士)
佐 藤 敏 宏 (弁護士)
佐 藤 正 明 (弁護士)
佐 藤 正 彦 (弁護士)
佐 藤 美 砂 (弁護士)
佐 藤 美 保 (弁護士)
佐 藤 由紀子 (弁護士)
庄 司 捷 彦 (弁護士)
杉 山 茂 雅 (弁護士)
鈴 木 宏 一 (弁護士)
鈴 木 忠 司 (弁護士)
鈴 木 裕 美 (弁護士)
須 藤   力 (弁護士)
十 河   弘 (弁護士)
高 橋   治 (弁護士)
高 橋 輝 雄 (弁護士)
高 橋 春 男 (弁護士)
高 橋 善由紀 (弁護士)
武 田 貴 志 (弁護士)
武 田 初 江 (弁護士)
千 葉 晃 平 (弁護士)
千 葉 達 朗 (弁護士)
勅使河原 安夫 (弁護士)
照 井 克 洋 (弁護士)
土 井 浩 之 (弁護士)
豊 田 喜久雄 (弁護士)
豊 田 耕 史 (弁護士)
内 藤 千香子 (弁護士)
中 谷   聡 (弁護士)
新 里 宏 二 (弁護士)
沼 波 義 郎 (弁護士)
野 呂   圭 (弁護士)
袴 田   弘 (弁護士)
橋 本 治 子 (弁護士)
服 部 耕 三 (弁護士)
花 島 伸 行 (弁護士)
馬 場   亨 (弁護士)
半 澤   力 (弁護士)
藤 田 紀 子 (弁護士)
舟 木 友比古 (弁護士)
堀 内 政 司 (弁護士)
増 田   祥 (弁護士)
増 田 隆 男 (弁護士)
松 井   恵 (弁護士)
松 尾   大 (弁護士)
松 倉 佳 紀 (弁護士)
松 坂 英 明 (弁護士)
松 澤 陽 明 (弁護士)
松 下 明 夫 (弁護士)
丸 山 水 穂 (弁護士)
水 澤 亜紀子 (弁護士)
水 谷 英 夫 (弁護士)
村 上 敏 郎 (弁護士)
村 田 知 彦 (弁護士)
村 松 敦 子 (弁護士)
守 屋 克 彦 (弁護士・東京経済大学教授)
門 間 久美子 (弁護士)
山 田 忠 行 (弁護士)
山 谷 澄 雄 (弁護士)
吉 岡 和 弘 (弁護士)
米 谷   康 (弁護士)
我 妻   崇 (弁護士)
渡 邊 大 司 (弁護士)

2003年12月30日

国際平和ミュージアム館長:自衛隊派遣の閣議決定を厳しく批判

自衛隊のイラク派遣閣議決定についての立命館大学国際平和ミュージアム館長見解 2003.12.10
ウェブログ「低気温のエクスタシーbyはなゆー」 >時事&社会問題>
立命館大学国際平和ミュージアムと日本平和学界について!経由

政府は、2003年12月9日の臨時閣議で、イラク復興支援特別措置法に基づく自衛隊派遣の基本計画を閣議決定した。戦争中の国への武装部隊の派遣計画であり、私は、これを厳しく批判する。・・・・・

(4)私は、こうした動きが、憲法や教育基本法の「改正」に向かう流れの中で起こっていることを憂慮する。国連憲章をも超えると言われる「不戦原理」を基調とする平和憲法を「押し付け憲法」「腰抜け憲法」と中傷する人々が、日本を「戦争のできる国」に変えようとする流れの中で、今次決定が行われていることの意味は重大である。私は、「平和・共生外交基本法」の制定を中心に、アメリカや北朝鮮を含むすべての国々との対等・平等・互恵・不可侵の平和的国家関係を結ぶことを基調とする「無事づくりの安全保障政策」こそが必要であると確信している。

2003年12月10日
立命館大学国際平和ミュージアム・館長  安斎育郎

2003年12月27日

横浜市立大学長に辞職を勧める手紙

横浜市立大学理学部 一楽重雄教授 から小川恵一学長への手紙2003.12.22
http://edmath.sci.yokohama-cu.ac.jp/ogawa1222.pdf

小川恵一先生

先日は、総合理学での「対話集会」ご苦労様でした。実質的に先生の辞任を求める声明の署名者は、現時点で、名誉教授等21名、教授等24名となりましたので、ご報告致します。これからも、徐々にではあっても、増えてゆくものと思います。

さて、伝え聞くところによると、先日の大学改革推進本部の動きを小川先生には評議会当日まで知らされていなかったとのこと。市は学長をまったく軽視しているのではないでしょうか。教育の中味までを市が決定するということ、これは「大学の自治の侵害」そのものではないでしょうか。先日の対話集会で、「自治の侵害には、身を挺して守る」とおっしゃたのはどなただったでしょうか。ぜひとも、実行して頂きたいと思います。

今、先生が「身を挺する」とは「辞職」しかありません。

これが恐らく先生のお名前が後世に恥辱にまみれたものとならない最後のチャンスかと思います。もちろん、先生が自分の意志を貫けないのは心残りと思いますが、このままでは市は小川先生の立場もまったく考えず、どんどん、突っ走るだけであることは明白です。

多少の抵抗をしても、貪欲な権力者には意味はありません。「身を挺する」ことが必要なときが来たのです。

どうか、ご家族ともご相談され、賢明な判断をされることをお願い致します。

理学部一楽重雄

「横浜市立大学の新たな大学像」に反対し小川学長の責任を問う声明

平成15 年11 月28 日

去る10 月29 日小川学長は、中田市長に対して「横浜市立大学の新たな大学像」を提出した。この案は大学案の形を取っているものの、その作成は教員7名、事務局員7名というごく少数の委員からなる「横浜市立大学改革推進・プラン策定委員会幹事会」で秘密裏に行われたものであり、大学の総意によるものではない。このことは、改革推進・プラン策定委員会や評議会で多くの反対意見が出され紛糾を重ねたことや、各教授会、あるいは、教員組合や教員有志の度重なる意見表明から明白である。

そもそも大学の将来という重要な事柄が、教授会の関与を排して進められたこと自体学校教育法に抵触しかねないものであり、民主主義の原則に反するものである。

行政と大学との協調と緊張という正しい関係が採れず、管理職職員とごく一部の教員によって非民主的に作成された今回の案は、いずれ大学の解体につながるものであり、この案の作成過程と内容が「学問の自由」、「大学の自治」を否定した悪例として全国に残ることを自覚しなければならない。

この案の内容自身もあまりに問題が多いと言わざるを得ない。そもそも、この案の立脚している「プラクティカルなリベラルアーツ」なる概念が不明確であり、むしろ、形容矛盾である。この案は、単に「あり方懇」の答申を精査し具体化しただけであって、まったく大学の主体性にかけるものである。

しかも、あり方懇答申の出発点となった財政上の問題の解決につながるものとも、とうてい思われない。その理由は、

1. 理学部を理工学府に改組することは、むしろ費用の増加につながる。
2. 教員全員に任期をつけ、年俸制とすることは、人件費の大幅な増加を意味する。

教員は、等価な報酬であれば、任期のない大学、研究費の保証される大学に転職するのは当然であるから、この大学像による大学では通常を大幅に上回る給与を支給しなければならない。また、直接に教員の待遇や年俸を決定するに耐えるような公正な評価を行うためには、広い専門にわたる教員に対して複数の評価委員を委嘱する必要が生じ、その費用は相当な額になる。

その一方で、わずかな出費を押さえることにしかならない、

1. 一部を除いての博士課程の廃止
2. 教職課程などの廃止
3. 個人研究費の廃止
4. 研究所の廃止

などが謳われているが、これらは大学の魅力を大きく殺ぐものであり、市民の要望にも合致しない。大学の教育が研究を基盤としていることを忘れては、魅力ある大学どころか、凡庸な大学にすらなりえない。

3学部を1学部に統合することも、学部間の垣根を低くすることが目的であるとされているが、それは3学部のままでも十分可能なことであり、本来の狙いは別なところにあるのではないかと思われる。すなわち、大幅な縮小である。学生数や教員数の規模について、触れられていないこの案では、この点も明らかにならず憶測を生むばかりである。また、そのカリキュラム・コース案は、理工系を「IT」、「バイオ」、「ナノテク」とするとした点に見られるように、近視眼的な実用主義教育であり、総合的な基礎教育と基礎研究を軽視している。

このように時代の流行のみを考慮したコース設定は、それゆえにすぐに時代遅れとなり社会の要請に応えるものともならない。基礎研究があってこそ応用研究が有り得ることは、「環境ホルモン」の問題において市大自身が身を持って体験したことであった。

長い歴史によって得られて来た「学問の自由」、「大学の自治」は、変化の激しい現在の社会であっても、大学が大学であることの根幹をなすものであることに変わりはない。もちろん、このことは現在の大学の自治に問題がないことを意味するのではなく、問題解決に向けた改革を進めることは当然である。しかし、「あり方懇」座長の特異な考え方に基づいて、教員人事システムを専門家集団である教授会から取り上げ、案の言う人事委員会にゆだねるようなことは、別の大きな弊害を生む恐れが強い。すなわち、権力による大学支配である。理事長と学長を分離することによって、市長が直接理事長を任命し、その理事長が理事を任命し、その理事会で人事委員を決定するということになると、現実の人事が政治的な要因で左右されることさえ懸念される。

また,教員評価制度の項では「「大学から求められた役割をきちんとはたしているか」という視点が重要」とされているが,これは「学問の自由」を否定するものであり,大学が大学であり続けるために必要欠くべからざる「批判的精神」を自ら放棄することを意味する。これらの観点から、私たちは今回学長から市長に提出された「横浜市立大学の新たな大学像」に強く反対する。この案の作成責任者である小川学長は、まず教職員学生に対して、そして市民に対して、この案によって本当に市民の求める「魅力ある大学」が創られることになるのか、納得できる説明をする義務がある。

くしくも、創立75周年を迎えたこの時期に、大学破壊とも言えるような大学改革案を作成した小川学長は、その責任を明確にすべきものと考える。

横浜市立大学名誉教授・教授等有志代表:名誉教授 伊豆利彦, 教授 矢吹晋

呼びかけ人:中川淑郎,田中正司,蟹澤成好,一楽重雄,永岑三千輝,鈴木正夫

賛同者(12 月18 日現在):

名誉教授等(21 名) 石井安憲,吉川智教,平塚久裕,宮崎忠克,相原光,森俊夫, 多賀保志,内山守常,神田文人,佐藤経明,伊東昭雄,岩波洋造,山極晃,秋枝茂夫, 今井清一,中神祥臣,浅野洋,

教授等(24 名) 吉岡直人,笹隈哲夫,佐藤真彦,三谷邦明,松井道昭,川浦康至,市田良輔,石川幸志,山根徹也,桑江一洋,上杉忍,倉持和雄,影山摩子弥,唐澤一友,加固理一郎,本宮一男,古川隆久,平智之,今谷明,藤川芳朗

2003年12月26日

ネット署名:自衛隊のイラク派遣に反対する研究者の声明

ネット署名サイト:http://poll.ac-net.org/3/

自衛隊のイラク派遣に反対する研究者の声明へのネット署名の呼びかけ

現在、小泉政権は自衛隊をイラクに派遣しつつあります。たとえ一国平和主義といわれようとも、第2次世界大戦以後、国家の行為として他国民を殺傷したことがなかったことは、我々日本人の誇りだったはずです。日本はいつから、為政者の思いつきで憲法を無視できる無法国家になったのでしょうか。自衛隊のイラクへの派遣を即刻中止することを政府に要求する呼びかけに賛同してくださるよう、全国の研究者の皆様に訴えます。なお、この署名は1月11日東京で開かれる派兵反対集会において紹介いたします。

2003年12月26日

呼びかけ人代表 山口二郎 北海道大学

赤井 純治(新潟大学),在田 一則(北海道大学),五十嵐 尤二(新潟大学),池内 了(名古屋大学),伊豆 利彦(元横浜市立大学),出水 薫(九州大学),一楽 重雄(横浜市立大学),一條 眞古人(北海道大学),岩永 定(鳴門教育大学),宇野 忠義(弘前大学),浦辺 徹郎(東京大学),大谷 尚子(茨城大学),大野 裕(名古屋大学),神沼 公三郎(北海道大学),河合 崇欣(名古屋大学) ,北川 勝弘(名古屋大学),栗山 次郎(九州工業大学),小島 純一(茨城大学),小林 邦彦(名古屋大学),小林邦彦(名古屋大学),駒田 聡(京都教育大学),近藤 義臣(群馬大学),後藤仁敏(鶴見大学短期大学部),斎藤 周(群馬大学),佐久間 正(長崎大学),笹沼 弘志(静岡大学),志賀 徳造(東京工業大学),清水 肇(東北大学),庄司 惠雄(お茶の水女子大学),白井 浩子(岡山大学),白井 深雪(東京大学),鈴木 恒雄(金沢大学),竹浪 聰(富山大学),田澤 紘一郎(信州大学),谷本 盛光(新潟大学),多羅尾 光徳(東京農工大学),塚本 次郎(高知大学),辻下 徹(北海道大学),豊島 耕一(佐賀大学),中川 弘毅(千葉大学),中村 郁(北海道大学),仲尾 善勝(琉球大学),永井 實(琉球大学),永岑 三千輝(横浜市立大学),根森 健(新潟大学),能條 歩(北海道教育大学),野田隆三郎(元岡山大学),橋本 満(電気通信大学),長谷川 浩司(東北大学),服部 昭仁(北海道大学),浜本 伸治(富山大学),濱田 武士(東京海洋大学),早川 洋行(滋賀大学),福島 和夫(信州大学),藤田 詠司(高知大学),藤本 光一郎(東京学芸大学),本田 勝也(信州大学),前田 靖男(東北大学),増子 捷二(北海道大学),間嶋 隆一(横浜国立大学),松田 彊(北海道大学),松尾 孝美(大分大学),松方 冬子(東京大学),三島 徳三(北海道大学),宮本 孝甫(琉球大学),森 英樹(名古屋大学),森本 淳生(京都大学),山形 定(北海道大学),山口 和秀(岡山大学),山根 正気(鹿児島大学),吉岡 直人(横浜市立大学),吉田 正章(九州大学),渡辺 信二(立教大学),渡辺 明日香(北海道大学),渡辺 勇一(新潟大学),渡邉 信久(北海道大学)

自衛隊のイラク派遣に反対する研究者の声明

 現在、小泉政権はアメリカの求めに従って自衛隊をイラクに派遣しようとしている。現地には、イラク特措法でいう安全な場所は存在しないことは明らかであり、また自衛隊はイラク国民の切望する平和や復興のためよりも、アメリカ軍によるイラク支配を支援しに行くことも明白である。このまま自衛隊が派遣されれば、それはアメリカ軍と一体の軍事組織とみなされることは不可避である。そして、自衛隊はアメリカ軍支配に反発するさまざまな勢力による武力攻撃の標的となる危険性はきわめて高い。また、それに対する自衛手段とはいえ、自衛隊が現地の人々を殺傷する可能性も大きい。

 日本国憲法制定以来、憲法第9条のもと、国家の行為として他国民を殺傷したことがなかったことこそ、日本人の誇りだったはずである。この誇りがいまや打ち捨てられようとしている。小泉政権は、国民の反対を無視し、国民に対する十分な説明もなしに、憲法を踏みにじろうとしているのである。

 イラクの復興のために日本が協力することは当然であるにしても、それはあくまでイラク人の願いに沿った協力であるべきである。また、イラクの復興は国連を中心とする国際社会の協力によって達成すべきものである。イラクの地に軍靴の足跡をつけるためだけの自衛隊派遣は、真の平和と復興をもたらすことにもつながらない。

 我々は政府の暴挙を座視することはできない。小泉政権による憲法9条の実質的な廃棄を許すことはできない。また、権力保持に汲々とする為政者の都合で自衛隊員を危険にさらすことも看過できない。我々は政府に対し、自衛隊のイラク派遣決定を撤回するよう要求する。

2004年1月

イラク派兵に反対する研究者の会

2003年12月24日

抗議辞職した都立大四教授支持声明

意見広告の会ニュースNo 76(2003.12.24) より転載


すべての大学人は都立大法学部四教授の行動を断固支持し、学問の自由を守る意志表示をしよう!


2003年12月23日

筑波大学 鬼界彰夫


 日本全国の大学で教育・研究にたずさわるすべての皆さん。石原都知事が強引に進めつつある都立大学の再編計画に抗議して四名の法学部教授が辞職されたことはすでにご承知だと思います。私もこの「事件」には強い関心を持って注目していましたが、新聞報道で伝えられる辞職理由が「トップダウンに抗議して」とか「健康上の理由」といった曖昧なものだったため、事態の真の意味を完全には理解しかね静観していました。しかし12月17日都立大で開かれた説明会の模様の報道を通じ、四教授の行動が学問の自由を守るための勇気ある行動であることを知り、彼らの行動を今断固として支持し、いかなる形においても彼らを社会的に孤立させてはならないと考えこのメールを皆さんに書いています。御一読頂き、それぞれの方が、学問の自由を守ることが自分の学者しての命を守ることであり、四教授の行動を支持することがそのために極めて重要であることを認識頂ければ幸いです。

我々はなぜ学問の自由を守らなければならないのか

 大学人に対して学問の自由の必要性を改めて説くのは、文字通り「釈迦に説法」のそしりを免れないことは十分に承知しています。しかしながらかつての「遠山プラン」に象徴される「社会のニーズ」という名のもとに為されてきた「大学批判」に対する大学人の時には迎合的な対応や、国立大学法人法に対する傍観者的態度は、大学は学問の自由を売り渡しても生き延びようとしているのではないかという疑いを起こさせるのに十分なものであり、それが典型的なポピュリストである石原都知事の今回の強引な試みを誘発する遠因となったと考えられるため、学問の自由の意味を再確認したいと思います。

 ある社会が学問の自由を尊ぶとは、その社会が真理(事実)を自体的価値として尊重し、他のいかなる重要な価値にも従属させないということです。他の重要な価値とは、「正義」、「階級」、「民族」、「宗教」、「民主主義」、「国民の福祉」、「社会のニーズ」等様々です。それらは当の社会が「是」として合意している建前であり、看板です。社会が学問の自由を尊ぶとは、ある問題に関する事実が仮に社会的是にとって一時的な後退を意味するものであっても、それを事実として認めようということであり、それを事実として探求し、公開する人々の活動を社会全体で支援しようということです。いかなる問題に関しても、「本当の所はどうなのか」ということを決してないがしろにしないということです。「都合のよい事実」を決して捏造しない、許さないということです。逆に学問の自由を抑圧するとは、様々な大義のために、「都合の悪い事実」の公開や探求を禁じたり、妨害したり、あるいは「都合のよい事実」の捏造を強制したり誘引したりすることです。従って学問の自由は決してファシズムによってのみ踏みにじられるのではなく、「社会のニーズ」や「国民の福祉」に対する自発的
迎合や追従によっても踏みにじられるものです。

学問の自由は知の専門家である学者の集団としての学問共同体の自律的活動と評価によってのみ可能である

 社会があらゆる判断の根底に真理を置き、「本当のところはどうなのか」を可能な限り追求しようとすれば、学者が探求を職業的に行う場としての大学と、ある事柄に関する真理が何なのかを判断する場としての学問共同体(学会)がどうしても必要です。例えば、ある歴史的事件の真相が何であるのかを知るためには、原資料へのアクセス、それを分析する能力、そうした活動を支える時間と資金が必要ですが、そうしたことは大学という探求の場を与えられた専門家としての歴史家にのみ可能であり、その問題に関して対立する様々な見解が存在する場合には、専門家集団の相互討議の場としての学会においてのみ最善の結論に達することが出来ます。そして本質的に発見的な学術活動はあくまでも学者個人の自発性に基づいてのみ可能であるため、大学で研究する学者の活動は当人の学問的関心、学問的価値観、学問的良心に基づいてのみ可能となります。言い換えるなら学者が自分で興味深く価値あると考える研究テーマを誰の評価も気にすることなく選び、自分の能力と良心にのみ基づき自分が最も真理に近いと考える結論をその根拠とともに社会に公表する、ことによってのみ可能です。他方、他の社会的に重要な価値のために学問の自由を破壊する最も典型的な手段とは、その価値を代弁する非専門家が社会を扇動し、学者の活動と判断を自らの支配下に置くことです。戦前の滝川事件、ソヴィエト・ロシアでのルイセンコ事件、そして中国の文化大革命、いずれにおいてもこの同じ手段が用いられています。そして今回の東京都の都立大再編計画も、本質的には社会をバックにしたかのような非専門家が「魅力ある大都市Tokyo」という(おそらく石原都知事以外の人間には)大して重要でも現実性もない価値に学者を従属させることにより学問の自由を破壊しようとする行動です。

石原都知事と東京都大学管理本部はどのようにして学問の自由を 破壊しようとしているのか

 2003年8月1日に発表された東京都大学管理本部の報道資料「都立の新しい大学の構想について」第二項は次のように述べています。

「新しい大学は、大都市における人間社会の理想像を追及することを使命として、特に次の3点をキーワードに、大都市の現場に立脚した教育研究に取り組みます。

1) 都市環境の向上
2) ダイナミックな産業構造を持つ高度な知的社会の構築
3) 活力ある長寿社会の実現」

 すでに様々な人によって指摘されているように、こうした大学像が現行の都立大全体の研究領域とあまりにも無関係で、ほとんどナンセンスなものですが、百歩譲ってこれが新設される大学であると仮定しましょう。その場合大学の設置者である都は大学がカバーする研究領域を自由に設定することは出来ます。例えば、大都市を多角的に研究対象とする、というように。しかしながら上記の文言は大都市の(よりはっきり言えば石原氏が知事を務める東京の)現実を肯定するような研究を暗に要求するものです。例えば大都市の環境が本質的に非人間的であり、都市はは出来るだけ小さくあるべきであり、従って首都機能も東京から移転すべきだ、という結論に研究の結果到達した社会学者がいたとして、その学者は上記の文言に何を感じるでしょうか。大学に残りたかったら研究テーマか結論のいずれかを変えろ、というメッセージでしょう。このメッセージこそが学問の自由の破壊の本体なのです。

 しかし都立大が直面する現実はもっと深刻です。形式は何であれ、「新生」都立大は新設されるのではなく、すでに自分自身の研究領域とテーマを持った多くの学者を抱える現行都立大の再編でしかありません。大都市と何のかかわりも無い研究をしている学者の感じる当惑と圧力は想像に難くありません。それが学問の自由の破壊なのです。例えば大学管理本部自身がホームページに誇らしげに報告している雑誌「ネイチャー」に掲載された石井助教授と片浦助手らの論文題目は「カーボンナノチューブにおける低温での朝永ーラティンジャー液体状態の直接観察」です。これはいかなる意味においても上記の「新都立大」の理念と何の内容的関係も無いものです。石原都知事と大学管理本部は自らが大学の目玉として広報しているこの優秀な研究者達をどのように処遇しようというのでしょうか。スターリン時代、学術論文の冒頭には論文内容と無関係に、この論文が如何に社会主義にとって有益かということが力説されていたといいます。石原都知事は同様の屈辱を学者に強いることを欲しているのでしょうか。

 このように学問の自由の破壊は常に学者に対する知的屈辱の強制という形をとって現れます。そして今回都によるそうした学問の自由の破壊を象徴するのが予備校への理念委託です。12月12日の東京都文教委員会で明らかになったように、都は再編される都立大の主要部分となる「都市教養学部」の理念設計を予備校の河合塾に3千万円で委託しました。大学で研究にたずさわる学者に対する知的屈辱としてこれより大きなものを想像するのは困難でしょう。明らかに石原都知事は都立大の学者に対して、プライドと学問的良心を捨てて自らの前にひざまづくことを要求しています。そして都立大における学問の自由の破壊を日本の社会と学者が容認するということは、早晩同様の運命が日本の大学全体を襲うことだといってもよいでしょう。

四教授の行動は「敵前逃亡」ではなく、「勇気ある命令拒否」だ

 同じ12日の文教委員会で自民党の山本議員は法学部四教授の辞任を「敵前逃亡」と呼び、彼らの社会的孤立と石原知事の免責を図るような発言をしています。しかしながら軍隊にたとえるなら四教授の行動は敵前逃亡ではなく、無抵抗の非戦闘員を無差別に銃撃しろという上官の不当な命令に対する良心に基づいた勇気ある命令拒否です。彼らが直面したのは学者としての良心を捨て、学問の自由を殺せ、という不当な命令であり、彼らは職を賭してその命令を拒否したのです。我々すべての学者は彼らの行動を支持し、彼らを決して社会的に孤立させず、学問の自由を守る大学の意志を広く社会に示す必要があります。責任を問われるべきは都大学管理本部と石原都知事です。

 これは団体行動の呼びかけではありません。一人一人の学問的良心に対する呼びかけであり、それぞれの身の回りで出来ることをする呼びかけです。彼らに対する応援のメール、東京都に対する抗議のメール、教室での学生への説明と呼びかけ、職を辞する決意をしなくとも我々に出来ることはたくさんあるはずです。ささやかであっても持続的な意思表示が最も大切ではないでしょうか。学問の自由は学者というカナリアにとっての酸素です。学者として命を保とうとするなれら、私たちは酸素を求める当然の声を上げなければなりません。

石原都知事による都立大再編に反対する人々への支援先

『都立の大学を考える市民の会』ホームぺージ
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/3113/index.html

東京都への抗議先

都民の声総合窓口 
https://aps.metro.tokyo.jp/tosei/aps/tosei/mail/koe.htm

大学管理本部の連絡先:

 〒163-8001 東京都新宿区西新宿2−8−1
 東京都大学管理本部長 山口 一久 
 03-5388-1615(fax番号)
 メールアドレス:S0000677@section.metro.tokyo.jp

2003年12月22日

国際政治学者と国際法学者の違い

[mathfp 939] (2003.12.22) より転載
イラク戦争と国際法 講師 明治大学法学部 小倉康久  記録 柳原二郎
2003年9月24日(水) 17:15‐19:00 千葉大学総合研究棟6階609号室

・・・・・私たちが、イラク戦争・アフガン戦争・9.11テロ などについて情報を入手する場合、テレビ、新聞などのメディアを通すことがほとんどだと思う。メディアに登場する学者や専門家のほとんどは国際政治学の方々が多く、国際法学の専門家はほとんどいない。そこでまず、国際法学と国際政治学の違いについてお話する。
 端的に言って、国際法学では「合法か違法か」を問題とするが、国際政治学では「妥当かどうか」を問題にする。
 たとえば、日米同盟があるから、北朝鮮の脅威があるから、あるいはフセイン政権が独裁的で人権を侵害しているからなどの理由から、イラク攻撃に賛成するのは妥当だったとか、妥当でないと、というのが国際政治学の観点である。
 これに対して、国際法学の観点では、米英のイラク攻撃が合法か違法かという問題になる。妥当性を強調しても、違法な行為が合法な行為に変わるものではない。もっとも、合法だからすべて妥当だというわけではないし、違法だからすべて不当だというのでもない。例外的に、法的には違法でも人権の立場から妥当だと見る場合もある。・・・・・

詳細:

小倉さんからのメッセージ

自衛隊のイラクへの派遣(派兵)が、現実のものとなってきましたが、
どちらの勢力(右にとっても、左にとっても)にとっても、
重大なことだと思います。
後に日本の歴史の転換点と位置づけられかもしれません。
そういうつもりで、日本国民は行動していかなければならないと思います。

追伸:記録を取って頂いた柳原先生には、よろしくおつたえください。

明治大学法学部  小倉 康久

############### 秋の数学会での講演録 ###############


イラク戦争と国際法
講師 明治大学法学部 小倉康久
2003年9月24日(水) 17:15‐19:00 千葉大学総合研究棟6階609号室

はじめに:イラク戦争の考え方と国際法の特殊性

私たちが、イラク戦争・アフガン戦争・9.11テロ などについて情報を入手する場合、テレビ、新聞などのメディアを通すことがほとんどだと思う。メディアに登場する学者や専門家のほとんどは国際政治学の方々が多く、国際法学の専門家はほとんどいない。そこでまず、国際法学と国際政治学の違いについてお話する。

端的に言って、国際法学では「合法か違法か」を問題とするが、国際政治学では「妥当かどうか」を問題にする。

たとえば、日米同盟があるから、北朝鮮の脅威があるから、あるいはフセイン政権が独裁的で人権を侵害しているからなどの理由から、イラク攻撃に賛成するのは妥当だったとか、妥当でないと、というのが国際政治学の観点である。

これに対して、国際法学の観点では、米英のイラク攻撃が合法か違法かという問題になる。妥当性を強調しても、違法な行為が合法な行為に変わるものではない。もっとも、合法だからすべて妥当だというわけではないし、違法だからすべて不当だというのでもない。例外的に、法的には違法でも人権の立場から妥当だと見る場合もある。

次に、国際法の特殊性に注意しなければならない。国内法では違法行為があれば警察が介入し裁判を経て処罰される。これに対して国際法では各国家は平等に主権を持ち、それらの上位に君臨し支配する超国家的機関がない。裁判制度も不備であり、国際司法裁判所もあるが、それが機能するのは関係双方が提訴に合意したときだけであり、裁判になることは少ない。さらに、裁判があって違法と認定されたとしても、処罰などの、法の執行は難しい。国内法と対比すれば、処罰などの規定のないのは法ではないという批判もあり、国際法は、法体系としてまだまだ未熟だと言わざるを得ない。

このように国際法は、なお甚だ不備なものではあるが、従来国家の権利とされていた戦争が、現在の国際法では禁止されているように、国際法をもっと発展させることが国際平和のために重要だと思われる。

イラク戦争に適用される国際法には、大きく分けて (1) jus ad bellum(ラテン語:ユス アド ベルム)、 (2) jus in bello(ユス イン ベロ)という2つのカテゴリーがある。

(1) jus ad bellum は武力行使に訴えることの規制であり、どういう場合に戦争(あるいは武力行使)が合法であるかを定めている。具体的には、国連憲章が該当する。この観点からイラク戦争の合法性が問題となる。

(2) jus in bello は、武力行使の方法の規制であり、国際人道法(International Humanitarian Law)(捕虜を虐待してはならないとか、一般市民を攻撃してはならないなど、武力紛争に際して残虐さを軽減し、人間としての尊厳を保護するために設けられた一連の国際法規の総称。1971年赤十字国際委員会がこの名称を使い始めた)、具体的にはハーグ陸戦条約、ジュネーブ諸条約、1977年のジュネーブ諸条約及び1977年の2つの追加議定書、対人地雷禁止条約などが該当する。毒ガスなどの化学兵器使用禁止(害敵手段)、放送局への攻撃規制(攻撃目標)、捕虜の扱いなどを規制する。 (1) による武力行使の合法性に拘りなく、(2) は守られなければならない。

I なぜイラクは大量破壊兵器(核兵器、化学兵器、生物兵器)の保有が禁じられているのか?

1 核拡散防止条約(Treaty on the Non-proliferation of Nuclear Weapons: NPT)
加盟国 188カ国(含イラク)、 非加盟は インド、パキスタン、イスラエル、(北朝鮮)など。

内容は
・米英仏露中以外の国の核兵器の保有・開発を禁じる。
・非核兵器保有国には、原子力の平和利用について技術支援が行われる。
・非核兵器保有国は原子力国際機関 IAEAの査察を受け入れる。
・核兵器保有国には、核軍縮交渉を誠実に行う義務がかせられる。

NPT6条 各締約国は、核軍備競争の早期停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下に於ける全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する。

2 国連決議

・安保理決議687(1990) 湾岸戦争の停戦条件として、大量破壊兵器(核兵器、化学兵器、生物兵器)の保有、開発を全面的に禁止する。

 以上のように二つの理由から、イラクは核兵器の保有が禁止されているのである。しかし、NPT や国連決議に違反したからと言って、即、武力行使が容認されるわけではない。

II イラク戦争の合法性 … jus ad bellum からの検討

1 国際法は戦争に関してどのように規定しているか?

(1) 基本原則 戦争を含めあらゆる武力行使及び威嚇の禁止(国連憲章2条4項)

国連憲章2条4項すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使をいかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

(2) 武力行使禁止の例外

a. 個別的・集団的自衛権(国連憲章51条)

国連憲章51条 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を取るまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。またこの措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く機能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

イラク戦争に関していえば、国連憲章は、武力攻撃の発生(an armed attack occurs)を要件としていることが重要である。潜在的な武力攻撃の可能性に対して、自衛権を発動するという、いわゆる先制的自衛(pre-emptive self-defence)は認められない。そのような例として、1981年のイスラエルによるイラク原子炉攻撃や、2002年9月に発表された米国国家安全保障戦略(テロには抑止がきかないから予め攻撃しておく、ということ)があるが、これらはいずれも合法とは認められない。

ただし、武力攻撃発生という要件は、損害の発生を意味するものではないから、損害が発生しなくても、攻撃の着手があった段階で自衛権を発動することができる。

 自衛権行使の要件としては、国連憲章の規定に加えて、慣習法や判例によって認められたものがある。それがその状況下で必要なものであること(必要性)、相手の武力に対し均衡しており、過度に大きな反撃ではないこと(均衡性)、攻撃された時点での措置であること(即時性)、従って、以前攻撃されたからと言って10年後に攻撃することは認められない。

b.軍事的強制措置(国連憲章7章)

安全保障理事会は、軍事力の行使を決定する権限を有している。

国連憲章39条 安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに国際の平和及び安全を維持し又は回復するために、勧告をし、又は第41条及び第42条に従っていかなる措置をとるかを決定する。国連憲章41条(経済制裁などの非軍事的措置)国連憲章42条 安全保障理事会は、第41条に定める措置では不十分であろうと認め、又は不十分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟の空軍、海軍、又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。

・軍事的強制措置が行われるまでの手順はつぎのようになっている

安保理による侵略行為の存在の決定→軍事的強制措置の決定→国連軍の創設→国連が軍事的強制措置を発動
☆朝鮮国連軍や国連平和維持軍などは、これに該当しない。

・湾岸戦争以降の慣行としては、安全保障理事会は個々の加盟国に武力行使を許可する権限を有するという説が主張されている。

c. その他の例外
・旧敵国条項(国連憲章53条1項後段、107条)、民族解放闘争、国内問題

・人道的介入【humanitarian intervention】… NATO 軍によるコソボ空爆

2 アメリカ・イギリスの主張(イラク戦争をどのように合法化しているのか?)

(1) アメリカの主張: 安保理決議678(1990)、687(1990)+自衛権に基づいて合法だという(フライシャー報道官の言明)。

(2) イギリスの主張: 安保理決議678(1990)、687(1990)、1441(2002) に基づくという(ゴールドスミス法務長官の言明)。1441の最後に「この問題に引き続き取り組むことを決定する」となっており、武力行使の決定は行われていないといえる。これが根拠薄弱なことはアメリカでさえも、この1441に依拠していないことからもわかる。

・これら米英の主張がいずれも根拠薄弱なことは、米英スが武力行使を認める新決議の採択を求めていたことからも明らかである。

※ ここで述べたことに関係する安保理決議について:
・安保理決議678(1990) … 湾岸戦争における武力容認決議 「その地域における国の平和と安全を回復するために、必要なあらゆる手段をとる権限を与える」

・安保理決議687(1990) … 停戦決議

・安保理決議1441(2002) … イラクの安保理決議の不履行を認定。

III jus in bello からの検討
1 国際人道法の概要

(1) 基本原則

a. 無差別攻撃の禁止
・無差別的効果を有する兵器の使用禁止
・戦闘員と非戦闘員を区別できないような戦闘方法の禁止
・軍事目標主義 … 攻撃目標は軍事目標に限定される(しかし軍事目標とは何かの定 義がなく、リストもない。放送局やダム、原発などは攻撃目標から除外されるべきだと思われるが必ずしも明白ではない。日本はジュネーブ議定書に加入していないが、危険な原発の多い日本は加入して欲しい、と私は思う)。

b. 不必要な苦痛を与えることの禁止

「不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器、投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト(ハーグ規則23条e)」は禁止されている。ここで不必要な苦痛というのは、兵器の使用によりもたらされる軍事的効果に比較して、その使用によって引き起こされる苦痛が大きいことである。

戦争の目的は、敵の軍事力を弱めることにあるから、その必要を超えて苦痛を与えたり、また将来に亘って苦痛を与えることは禁止されているのである。例えば、劣化ウラン弾は放射能が残って将来に亘って苦痛・損害を与えるものであり、またレントゲンでも見えないような材料で人を傷付けるものや、クラスター爆弾のように多くの不発弾をばらまくものもこの立場からは禁止される可能性がある。

兵器の許容性の判断は

i 人道法の基本原則と

ii 特定の兵器を禁止する条約(対人地雷禁止条約、生物毒素兵器禁止条約、化学兵器禁止条約、ダムダム弾禁止宣言など)

に則ってなされる。

(2) 国際人道法に違反した場合

・国家の責任
ハーグ条約(陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約) 3条 前記規制ノ条項ニ違反シタル交戦当事者ハ、損害アルトキハ、之カ賠償ノ責ヲ負フヘキモノトス。交戦当事者ハ、其ノ軍隊ヲ組成スル人員ノ一切ノ行為ニ付責任ヲ負フ。

・個人の処罰 国際刑事裁判所(ICC)、国内裁判所、国連の設置するアド・ホック裁判所(旧ユーゴ国際刑事裁判所、ルワンダ国際刑事裁判所)、戦勝国の設置する国際裁判所(東京裁判、ニュウルンベルグ裁判)などによって裁かれる可能性がある。

2 アメリカ・イギリス軍の戦闘行動

(1) クラスター爆弾、燃料気化爆弾、劣化ウラン弾等の使用

・これらの兵器の使用を明示的に禁止する条約はない。国際人道法の基本原則に照らして兵器の許容性が判断される。空中から広い範囲に爆弾を浴びせ、不発弾も多くて後々まで危険が残るクラスター爆弾(無差別的効果)、破壊力の巨大な燃料気化爆弾(無差別的効果)、後々まで放射能被害の残る劣化ウラン弾(不必要な苦痛)等は国際人道法に抵触する可能性がある。

(2) 民間人に対する損害

・軍事目標だけを狙うべきである。放送局しかも外国のそれ(アルジャジーラ)を攻撃するのは違法である。

・付随的被害 軍事目標のまわりの被害はある程度は許容される。
攻撃される側も、軍事目標のまわりの住民を避難させるなどの義務がある。

(3) 自爆攻撃

・戦闘員が戦闘中に敵兵士に対して自爆攻撃を行うのは違法ではない。しかし民間人に
扮して自爆攻撃するのは違法である。

(4) 捕虜のテレビ放映

ジュネーブ第3条約13条 捕虜は常に人道的に待遇しなければならない。抑留国の不法の作為又は不作為で抑留している捕虜を死に至らしめ、又はその健康に重大な危険を及ぼすことは禁止し、かつこの条約の重大な違反と認める。特に捕虜に対して、身体の切断又はあらゆる種類の医学的若しくは科学的実験で、その者の医療上正当と認められず、かつ、その者の利益のために行われるものでないものを行ってはならない。(2) また捕虜は、常に保護しなければならず、特に、暴行又は脅迫並びに侮辱及び公衆の好奇心から保護しなければならない。(3) 捕虜に対する報復措置は禁止する。

アフガン戦争で、連行されるタリバン兵士の映像が放映されたことはジュネーブ条約に違反する可能性がある。

(5) フセイン大統領の暗殺を目指す攻撃(個人の暗殺を目指すのは違法ではないか?)
フセイン大統領は、軍の最高司令官であるから軍事目標であり合法である。

2 戦闘終結後の米英軍のプレゼンス(駐留) 戦闘終結宣言後も米英軍はイラク領内に駐留し続けているが、国際法的に評価するとどうなるか?

・国際法的には、jus in bello の規定する問題で、軍事占領に該当する(ハーグ規則42条)。jus in belloはjus ad bellumにおける武力行使の合法性を前提としないのであるから、イラク戦争の合法性は前提としない。軍事占領は、武力行使の一形態として位置づけられる。

・軍事占領の場合、占領国にも法的義務が課せられる(ハーグ規則43条、ジュネーブュネーブ第4条約55条1項など)。占領地域の法令遵守、秩序維持、医療や食料の提供義務など。

ハーグ規則42条 一地方ニシテ事実上敵軍ノ権力内ニ帰シタルトキハ、占領セラレタルモノトス。占領ハ右権力ヲ樹立シタル且之ヲ行使シ得ル地域ヲ以テ限トス。 43条 国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ。ジュネーブ第4条約 55条1項 占領国は、利用することができるすべての手段をもって、住民の食糧及び医療品の供給を確保する義務を負う。特に、占領国は、占領地域の資源が不十分である場合には、必要な食糧、医療品その他の物品を輸入しなければならない。

IV イラク特別措置法、我が国の対応について

1 イラク戦争の合法性

特措法1条では、イラク戦争を「安保理決議678、687、1441 に基き国連加盟国が行った行為」として国連決議に基づく合法的なものとしている(米英とほぼ同様の理由)。

2 自衛隊派遣の法的根拠

受入れ国の同意なしに軍隊を派遣することはできない、のが国際法の原則である。しかし現段階では暫定政権も自衛隊受入れを表明してはいない。政府は安保理決議1483 を根拠としているが、これは米英軍を占領軍と認め、国際法上の義務、責任を果すよう要請したもので武力行使の合法性を承認したものではない(ジュネーブ諸条約、ハーグ規則の遵守を要請)。

3 自衛隊の武器使用

・旧政府残存勢力が自衛隊を攻撃することは、合法的な戦闘行為であり、これに反撃することは自衛あるいは正当防衛ではなく、同格の戦闘行為にあたる。

4 非戦闘地域と戦闘地域

・国際人道法上、旧政府残存勢力がイラク全土において戦闘行為を行うことは合法である。従って、非戦闘地域と戦闘地域の区別は、国際法上の概念ではない。

最後に、自然科学と法律について

私は核兵器、核軍縮の問題を扱っているが、兵器の性能などを考えるには自然科学者のご協力が不可欠である。また自然科学者も法律の枠内で生活しておられるのだから、法学者と自然科学者が緊密な関係を持つことは大切だと考えている。

参考文献

国際法学会編『国際関係法辞典』三省堂
藤田久一『新版 国際人道法(再増補)』有信堂高文社
藤田久一『戦争犯罪とはなにか』(岩波新書)
最上敏樹『人道介入 −正義の武力行使はあるか−』(岩波新書)
松井芳郎『テロ、戦争、自衛 −米国等のアフガニスタン攻撃を考える−』東信堂

質疑応答(質問に対する講演者の回答をまとめて書きました)

1(国連は無力だ、ということについて)

国連は無力だ、役に立たない、とよく言われるが、しかし何も無かった頃に比べれば僅かでも弱小国の意見が強大国の行動を掣肘するようになっている。国連を育てて行くことが現実的だと思う。

2(米英は、イラク攻撃は戦争ではないからにハーグ条約など国際法の制約を受けないと言っているがどうか、またイラク人の自爆攻撃が非難されるが法的にはどうか)

国連憲章では、戦争という言葉は使わず、「武力行使」という言葉を用いており、実際の武力行使を禁止しており、宣戦布告などなくても適用される。

3(イスラエル軍の自治区への侵攻と、パレスチナ側の反撃テロについてはどうか)

イスラエルの侵攻は明かに違法であり、パレスチナ側の民間人へのテロも違法だ。

4(違法な武力行使にも国際人道法は適用されるのか)

たとえ、国際法上違法な戦争であっても、武力行使である以上、人道法は適用される。

5(違法な戦争で被害を受けた場合、戦争を起した者に賠償請求できるか)

原爆は違法な兵器だとしてアメリカを訴えた人がいたが、日本の裁判所は「個人が他国を相手に賠償請求訴訟を起すことはできない。訴えはもっともだが、それは日本国政府がが代って請求する事項だ」として却下した(下田事件判決)。しかし、個人が戦争被害について国を相手に訴えられるかどうかについては、それを認める学説も存在している。

6(戦争裁判について)

 戦争犯罪が、すべて裁かれるとは限らない。特に、自国の兵士を、自国政府が裁くことは難しい。しかし、ベトナム戦争のときのソンミ村事件の裁判があるように、不可能なことではない。世論やジャーナリズムが重要になってくる。

7(劣化ウラン弾について訴えることはできるか)

 国際刑事裁判所には、メールなどでいろいろ訴えが来ているようだ。この問題は、可能性としては、国際保健機関(WHO) が国際司法裁判所に訴えることもできるだろう。

8(国連軍の行動について)

平和維持軍は軍事的強制措置ではない。受入れ国が同意してはじめて派遣できるのだ。

記録:柳原二郎

2003年11月06日

朝日新聞11/6:「戦争への道歩むかどうか」 知識人が選挙争点アピール

asahi.com 2003.11.6「戦争への道歩むかどうか」 知識人が選挙争点アピール

アピール全文:http://www.jcj.gr.jp/statemnt.htm

Posted by tjst at 11月06日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000278.html
他の分類:大学の使命

2003年10月31日

高校側も心配する「新都立大学」

「大学見学会」で高校の進路指導教員からも「新大学構想」に批判が続出


10月28日、都立大学において、東京都高等学校進路指導協議会と関東地区高等学校進路指導協議会との共催による、「大学見学会」が開かれました。当日は、高校の進路指導教員が40名近く参加したということです。

 会では、大学側から16年度入試や学生生活の説明の後、大学管理本部から新大学の説明があり、それぞれの説明の後に、質疑応答が行われたということです。16年度入試や学生生活については、質問が出されませんでしたが、新大学については、時間切れで質問できない人もでるくらい次から次へと質問が出て、しかもそのほとんどすべてが、受験生の不安と新大学構想への批判的な意見だったということです。・・・・・

2003年10月17日

名古屋大学平和憲章(1987.2.5制定)

名古屋大学平和憲章(現在、名古屋大学の公式ホームページには置かれていない。)

・・・・・大学は、政治的権力や世俗的権威から独立して、人類の立場において学問に専心し、人間の精神と英知をになうことによってこそ、最高の学府をもってみずからを任じることができよう。人間を生かし、その未来をひらく可能性が、人間の精神と英知に求められるとすれば、大学は、平和の創造の場として、また人類の未来をきりひらく場として、その任務をすすんで負わなければならない。

冨田宏治氏 のサイトより:

この「名古屋大学平和憲章」は、1987年2月5日、名古屋大学全構成員の58 %の批准署名に基づき、全構成員の名において制定されました。当時法学研究科の大学院生であった私は、制定実行委員会事務局長として制定に関わりました。この憲章は、今でも私の研究生活の「生きてはたらく規範」でありつづけています。

名古屋大学平和憲章(1987.2.5制定)

 わが国は、軍国主義とファシズムによる侵略戦争への反省と、ヒロシマ・ナガサキの原爆被害をはじめとする悲惨な体験から、戦争と戦力を放棄し、平和のうちに生存する権利を確認して、日本国憲法を制定した。
 わが国の大学は、過去の侵略戦争において、戦争を科学的な見地から批判し続けることができなかった。むしろ大学は、戦争を肯定する学問を生みだし、軍事技術の開発にも深くかかわり、さらに、多くの学生を戦場に送りだした。こうした過去への反省から、戦後、大学は、「真理と平和を希求する人間の育成」を教育の基本とし、戦争遂行に加担するというあやまちを二度とくりかえさない決意をかためてきた。
 しかし、今日、核軍拡競争は際限なく続けられ、核戦争の危険性が一層高まり、その結果、人類は共滅の危機を迎えている。核兵器をはじめとする非人道的兵器のすみやかな廃絶と全般的な軍縮の推進は、人類共通の課題である。
 加えて、節度を欠いた生産活動によって資源が浪費され、地球的規模での環境破壊や資源の涸渇が問題となっている。しかも、この地球上において、いまなお多くの人々が深刻な飢餓と貧困にさらされており、地域的および社会的不平等も拡大している。「物質的な豊かさ」をそなえるようになったわが国でも、その反面の「心の貧しさ」に深い自戒と反省がせまられている。戦争のない、物質的にも精神的にも豊かで平和な社会の建設が、切に求められている。
 今、人類がみずからの生みだしたものによって絶滅するかもしれないという危機的状況に直面して、われわれ大学人は、過去への反省をもふまえて、いったい何をなすべきか、何をしうるか、鋭く問われている。
 大学は、政治的権力や世俗的権威から独立して、人類の立場において学問に専心し、人間の精神と英知をになうことによってこそ、最高の学府をもってみずからを任じることができよう。人間を生かし、その未来をひらく可能性が、人間の精神と英知に求められるとすれば、大学は、平和の創造の場として、また人類の未来をきりひらく場として、その任務をすすんで負わなければならない。
 われわれは、世界の平和と人類の福祉を志向する学問研究に従い、主体的に学び、平和な社会の建設に貢献する有能な働き手となることをめざす。
 名古屋大学は、自由闊達で清新な学風、大学の管理運営への全構成員の自覚的参加と自治、各学問分野の協力と調和ある発展への志向という誇るべき伝統を築いてきた。このようなすぐれた伝統を継承し、発展させるとともに、大学の社会的責任を深く自覚し、平和の創造に貢献する大学をめざして、ここに名古屋大学平和憲章を全構成員の名において制定する。

1. 平和とは何か、戦争とは何かを、自主的で創造的な学問研究によって科学的に明らかにし、諸科学の調和ある発達と学際的な協力を通じて、平和な未来を建設する方途をみいだすよう努める。
 その成果の上に立ち、平和学の開講をはじめ、一般教育と専門教育の両面において平和教育の充実をはかる。
 平和に貢献する学問研究と教育をすすめる大学にふさわしい条件を全構成員が共同して充実させ、発展させる。

2. 大学は、戦争に加担するというあやまちを二度とくりかえしてはならない。 われわれは、いかなる理由であれ、戦争を目的とする学問研究と教育には従わない。
 そのために、国の内外を間わず、軍関係機関およびこれら機関に所属する者との共同研究をおこなわず、これら機関からの研究資金を受け入れない。また軍関係機関に所属する者の教育はおこなわない。

3. 大学における学問研究は、人間の尊厳が保障される平和で豊かな社会の建設に寄与しなければならない。そのためには、他大学、他の研究機関、行政機関、産業界、地域社会、国際社会など社会を構成する広範な分野との有効な協力が必要である。
 学問研究は、ときの権力や特殊利益の圧力によって曲げられてはならない。社会との協力が平和に寄与するものとなるために、われわれは、研究の自主性を尊重し、学問研究をその内的必然性にもとづいておこなう。
 学問研究の成果が人類社会全体のものとして正しく利用されるようにするため、学問研究と教育をそのあらゆる段階で公開する。
 社会との協力にあたり、大学人の社会的責任の自覚に立ち、各層の相互批判を保障し、学問研究の民主的な体制を形成する。

4. われわれは、平和を希求する広範な人々と共同し、大学人の社会的責務を果たす。平和のための研究および教育の成果を広く社会に還元することに努める。
 そして、国民と地域住民の期待に積極的に応えることによって、その研究および教育をさらに発展させる。
 科学の国際性を重んじ、平和の実現を求める世界の大学人や広範な人々との交流に努め、国際的な相互理解を深めることを通じて、世界の平和の確立に寄与する。

5. この憲章の理念と目標を達成するためには、大学を構成する各層が、それぞれ固有の権利と役割にもとづいて大学自治の形成に寄与するという全構成員自治の原則が不可欠である。われわれは、全構成員自治の原則と諸制度をさらに充実させ、発展させる。

 われわれは、この憲章を、学問研究および教育をはじめとするあらゆる営みの生きてはたらく規範として確認する。そして、これを誠実に実行することを誓う。

Posted by tjst at 10月17日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000218.html
他の分類:大学の使命

2003年10月03日

都立4大学の統廃合をめぐる危機の現状(2)

都立4大学の統廃合をめぐる危機の現状
2003.10.2 東京都立大学・短期大学教職員組合中央執行委員会


「・・・9月25日、大学管理本部は、各大学総長・学長・学部長に対し、4大学の助手を除く全教員の仮配置計画を示すとともに、各部局長が全教員に対して仮配置先を提示した上で新大学設立本部長宛の「同意書」を提出させるよう求めました([資料d])。同意書の内容は提示された配置案と新大学の詳細設計への参加、そして詳細設計内容を口外しないことへの同意です。大学管理本部はこの同意書を9月30日までに提出するように求めました。・・・都立大学総長は9月29日、大学管理本部長にあてて、こうした進め方には深刻な疑義を抱かざるを得ない」とする意見書を提出しました([資料e])。同意書については疑問・批判・怒りが広がっており、都立大では各学部とも、少なくとも次の教学準備委員会の開かれる10月2日までは同意書の提出を差し控えることになっています。」

下記にあてて、要請文等の送付をお願いいたします。

東京都議会文教委員会委員 連絡先(任期:2003.10.14まで)
(掲載順序は議会局広報課発行の「都議会のはなし 2003」による。)

委員長
渡辺 康信(わたなべ やすのぶ)(日本共産党東京都議会都議団)FAX (03)3882-4184 

副委員長
服部 ゆくお(はっとり ゆくお)(東京都議会自由民主党) h-yukuo@tctv.ne.jp

副委員長
河西 のぶみ(かさい のぶみ)(都議会民主党)kasai@net.email.ne.jp

理 事
執印 真智子(しゅういん まちこ)(都議会生活者ネットワーク) FAX (042)593-9433
中嶋 義雄(なかじま よしお)(都議会公明党) info@nakajimanet.com
遠藤  衛(えんどう まもる)(東京都議会自由民主党) FAX (0424)81-1139
福士 敬子(ふくし よしこ)(自治市民‘93) fukushiy@tokyo.email.ne.jp

委 員
小美濃 安弘(おみの やすひろ)(東京都議会自由民主党)y-omino@hat.hi-ho.ne.jp
野島 善司(のじま ぜんじ)(東京都議会自由民主党) FAX (03)5388-1781  
石川 芳昭(いしかわ よしあき)(都議会公明党) hotmail@ishikawa-yoshiaki.com
相川 博(あいかわ ひろし)(都議会民主党)hiroshi@aikawa.ne.jp
大西 英男(おおにし ひでお)(東京都議会自由民主党) FAX (03)3674-7770  
曽根 はじめ(そね はじめ)(日本共産党東京都議会都議団) sone@kitanet.ne.jp
山本賢太郎事務所 kentaroh@dl.dion.ne.jp  

抗議先
〒163-8001 新宿区西新宿2−8−1
東京都大学管理本部長 山口 一久 殿 FAX (03) 5388-1615

2003年09月25日

シンポジウム「大学界の真の改革を求めて」について・日本全国大学学長殿へ

落合栄一郎氏(Juniata College, PA, USA)
高等教育フォーラム No 6120 2003年09月23日
http://matsuda.c.u-tokyo.ac.jp/forum/message/6120.html

Posted by tjst at 09月25日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000162.html
他の分類:大学の使命

2003年09月15日

9/27 多分野連携シンポジウム 大学界の真の改革を求めて

2003年9月27日(土),10時〜17時30分,山上会館(東大本郷キャンパス内)
http://www003.upp.so-net.ne.jp/znet/znet/news/multisympo927.html

「わが国の大学・高等教育のあり方に関心を持たれる全ての皆様へ

              佐賀大学・全国ネット 豊島耕一

 先月「国立大学法人法」が国会を通過し,その施行が10月に迫りました.

 これにどのように立ち向かうか,また大学界の真の改革,高等教育の改善の道は何かを話し合うために,4団体の共同で,立場や分野を越えたシンポジウムを企画いたしました.

 プログラムはまだ未定の部分が多いですが,皆様のカレンダーにマークしていただき,ぜひご出席いただきますようお願いします.

 内容の詳細が固まり次第,メール,ウェブサイト等で随時お知らせします.(8.31)」

Posted by tjst at 09月15日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000122.html
他の分類:大学の使命

2003年08月30日

高等教育フォーラムの投稿欄、6ヶ月ぶりに再開

投稿欄が復活しました
松田良一(東京大学教養学部生物学) 2003年08月28日

Posted by tjst at 08月30日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000120.html
他の分類:大学の使命

2003年08月20日

国立大学法人制度下の使命

国立大学関係者 各位

国立大学法人化関連法が成立し国立大学制度が廃止され国立大学法
人制度に移行しますが、大学に適用する場合の独立行政法人制度の
欠陥が実質的には除去されませんでしたので、余程の「奇跡」がな
い限り、国立大学制度が実現していた諸機能は徐々に失なわれてい
くでしょう。この点について幻想を持たず、また国立大学法人制度
の官制サバイバルゲームの迷路に自失せず、学問と教育の規範を今
迄以上に鮮明にし、社会貢献においてもその規範を墨守し、大学の
使命について社会と大学が認識を共有する時が来ることを辛抱強く
待つことーーこれが国立大学法人制度下におかれる者が担う使命の
重要な部分を成すものと思います。

「学問と教育の規範」の根幹には、知識の体系性・一貫性・全体性
を重視すること、しかしどの理論にも懐疑の余地があり、そのこと
が学問の発展の源泉である、という姿勢を堅持し、理論・価値観・
世界観の多様性を尊重し先入観・非寛容を憎むこと、があると思い
ますが、1998年に全世界の高等教育関係者が確認した規範は、
ユネスコ高等教育世界宣言「21世紀の高等教育に向けての世界宣言:
展望と行動」
に詳細に記載されています。

その中で、「高等教育の使命と機能」の第二条「倫理的役割、自律
性、責任、および先見的機能」に、「倫理的・文化的・社会的問題
に関し、責任を自覚した上で、完全に独立した発言ができなければ
ならない。それは社会が自ら問題を考慮・理解し、その解決のため
に行動するのに必要な一種の知的権威を行使することである。」
「社会・経済・文化・政治の絶え間ない潮流分析に基づき、予測・
警告・阻止のための焦点を提示することによって、批判的および先
見的機能を増進させなければならない。」「その知的能力と道徳的
威信を行使し、ユネスコ憲章にうたわれた平和・正義・自由・平等・
連帯を含む普遍的価値を守り、積極的に広めなければならない。」
等が記されています。

間も無く国会で審議されると予想される教育基本法の改変は、もし
も決まれば初等中等教育の性格を根底から変質させるものです。国
立大学の法人化は余りに身近な問題であったために発言を控えた方
も多かったようですが、教育基本法改変問題については一定の距離
があって発言しやすいのではないでしょうか。大学界全体が、この
問題に責任があることを認識し、種々の立場と角度から自由に議論
し「知的権威を行使する」ことは、大学界の存在理由の一端を社会
に明示する良い機会になると思います。

辻下 徹

追伸.

国立大学法人法案の廃案を求める意見広告、特に、3次・4次の
「有料報道」は、国立大学法人制度の問題点を広く日本社会に伝
える効果がありマスメディアにも一定の影響力を持ち続けることが
期待できます。(数日前にNHKが朝のニュースで国立大学の法人
化について取り上げましたが、地域貢献と産学連携の取りくみを詳
しく紹介した後で、国立大学法人化により基礎研究が衰退する可能
性もあるという趣旨のコメントで締め括っていました。なお、地域
貢献や産学連携を過度に追求することが地方移管や民営化の勧告を
招きかねない、という独立行政法人制度の本性には触れていません
でした。)

なお、この「有料報道」は、呼び掛け人の一部の方が高額の負担を
決意されて実現したものですが、意見広告の会の会計報告(8月8
日)では、かなりの赤字が記載されていました。「有料報道」が、
今後の国立大学法人法に関連する政令・省令等の内容や施行状況に、
一定の影響力を持ち続けると評価されるかたはぜひカンパをお願し
ます。

・郵便振替口座『「法人法案」事務局』
00190−9−702697

・銀行口座 東京三菱銀行 渋谷支店
口座番号 3348763 口座名 法人法案事務局

・連絡先:houjinka@magellan.c.u-tokyo.ac.jp
------
* http://ac-net.org/dgh/03/610-ikenkoukoku.html
http://ac-net.org/dgh/03/701-ikenkoukoku.html

2003年08月10日

中村北大総長 最高裁の司法消極主義を批判

ー数学教育協議会第51回全国研究大会記念講演会にてー

2003年8月9日から3日間,数学教育協議会の全国研究大
会が北海道大学で開催されている。初日の記念講演会で、
中村睦男北海道大学総長が「21世紀に活きる日本国憲
法・教育基本法」という題目で話した。

この中で、「自衛力合憲説は妥当と思うが、武力行使の
目的で自衛隊を他国の領域に派遣する海外派兵は憲法上
許されないので、イラク特措法は違憲の疑いが強い。し
かし、違憲審査制が、最高裁の司法消極主義によって形
骸化しているためにイラク特措法の違憲審査ができない
ことは重大な問題である。この問題の解決には、年間4
000件の審理を抱え違憲審査をする余裕がないとも言
える最高裁とは別に、「憲法裁判所」の導入が望ましい
が、それには憲法改正が必要となり、今の政治情勢では、
それがきっかけとなって日本国憲法の重要な核が変えら
れてしまう懸念がある。しかし、実際には、憲法改正を
せずとも運用によって、最高裁の司法消極主義を克服し
て、違憲審査権を機能させることは可能である。」と述
べた。

また、教育基本法改正の流れについては、「愛国心を法
律で規定することについて十分納得のいく理由付けがな
く、考え方が狭い意味の国家主義に基いており、これか
ら益々重要になっていく国際協調から日本が離れていく
懸念がある。」と批判した。

最後に「日本国憲法は、終戦直後、米国から押しつけら
れたものであるように言われことがあるが、生存権と国
の使命に関する第25条は日本側が主張して設けられた
という経緯が象徴するように、日本国憲法は、戦前から
民権運動の長い歴史を背景として成立した日本独自の憲
法であり、日本国憲法を通してその歴史を継承する必要
がある」と強調した。(サイト管理人記)

2003年08月07日

ユネスコ高等教育会議2003.6.23-25:ブラジル教育大臣のアピールより

UNESCO
Meeting of Higher Education Partners Paris, 23-25 June 2003

The Seven Appeals of Education Minister Cristovam Buarque
Concluding his address to the World Conference on Higher Education - 23 June 2003

The university is the gateway of hope in terms of understanding the
crossroads we are facing in the middle of our civilization
process. One road represents a united world and the other represents a
socially divided world. We must form ideas for a better future that
will improve mankind's situation with globalization that does not
include social exclusion. I would like to conclude by making seven
appeals.

An appeal to the universities in the richest countries.

This is in appeal to universities in countries with the highest per
capita income. These are the so-called rich countries. The appeal is
to assume globalization in practice. Please do this not only by
exporting products and ideas but also by importing concerns. Do more
than just develop techniques. Develop ways of making ethics an
essential part of a commitment to a better world. Become familiar with
the reality of African universities and the universities of poorer
indebted countries. Collaborate with these universities' survival and
training and collaborate in creating a world consciousness that can
interrupt the barbarous march we are making towards a divided,
alienated society. This division will only end up placing human beings
in two tragically different camps.

An appeal to universities in emerging countries.

This is an appeal to universities in emerging countries that already
have a large amount of thinkers and important centers of higher
learning. Look at the poverty that surrounds you. Examine the risk
you face by forming divided, alienated societies in your
countries. Break the cycle of corporate claims and understand the
university as part of a social network of human beings searching for a
better future. Make a commitment to collaborating towards overcoming
poverty. Understand that even despite the crisis, there are many
universities that could use help and that are even poorer, especially,
in Africa.

An appeal to the universities in the poorest countries.

This is an appeal to the universities in the poorest countries,
especially in Africa and some Latin-American countries. Don't give up
hope. In spite of the tremendous difficulties that you face, there is
still the possibility of global integration in terms of knowledge and
links between universities. This process could compensate for your
individual difficulties by relying on mutual cooperation.

An appeal to the professors

This is an appeal to the professors. Realize that teaching methods
must incorporate the enormous possibilities of new equipment that will
allow the sheer number of students to increase dramatically,
independent of the countries they live in. Please accept the risk of
being professors at a point in time when knowledge changes every
second, demanding dedication in order to keep track of what is going
on. Accept the challenge boldly and move forward to create new ways of
knowing, as ephemeral as they may be.

An appeal to the young people

This is an appeal to the young people of today. Please take on the
role that has been with you throughout history. Be rebels. This is so
important, especially today in a world where globally, independent of
the countries you live in, you have become orphans of neo-
liberalism. You are the first generation that faces a future that is
less beneficial than the ones your parents looked forward to. You are
the first generation where a university diploma does not mean an
automatic passport to success. You are the first generation whose
diplomas will be obsolete long before you retire. You are the first
generation where the new world has become the current world. You are
the first generation that does not carry, the bright flags of
utopia. You are also the first generation where the young person seems
to be more selfish and conservative than his or her parents are. In
defending the interests of a generation, you have the right to be
rebellious. Demand changes in the universities you study in and
practice the traditional generosity of young people. You have the
obligation to be rebels in fighting the barbarity that is part of the
socio-economic global division model. University reform will not occur
without rebellious mobilization from you. You are the ones that can
mobilize for revolution or reform. We are celebrating 35 years after
1968 and the taste in our mouths is of something unfinished. We are
waiting for our youngest sons and daughters and grandchildren to
believe that some dreams can come true.

An appeal to governments

This is an appeal to the governments of rich
and poor countries alike. Understand the urgency in recuperating your
public universities. In spite of all of the current financial
limitations, you cannot sacrifice the future. The future of every
country depends directly on the university. Please don't let the
university turn into a factory. Don't let knowledge become a
marketable product. This is the practice of the technocrats in some
international organizations. If you do this you will betray the
noblest part of the human project.

An appeal to UNESCO

This is an appeal to UNESCO. Stay strong in your
fight for culture, science and education and transform this meeting
into a Permanent Forum for the Defense of Higher Education. Please
defend the university and cause it to change. Make it adapt to today’
s reality where knowledge drifts and learning gloats and there are
worthless diplomas flying around and the university is far away.

This appeal asks UNESCO to dedicate the year 2004 or 2005 as the Year
to the University to think about how the twenty-first-century
university should be. In 2003, please sponsor a day when universities
all over the world stop in order to reflect on their futures. Let this
day be one to think about new directions for humanity. This day could
allow discussion in universities on how to return to being on the
cutting edge of knowledge and how to help UNESCO establish the
Literacy Decade. Universities could think about ways of being tools
for eradicating hunger and making basic education universally
available. Universities could provide a day for discussions on
constructing peace and returning to the guarantee of success for their
students. They could think up ways of living with the new global and
virtual teaching methods. They could imagine the university of hope,
the university of the twenty- first century.

Posted by tjst at 08月07日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000075.html
他の分類:大学の使命