「知識人は内向きであっては困る」
『経済科学通信』2003年12月、No.103
重本直利氏「鹿児島国際大学事件―学問の自由と大学人の連帯、そして恐怖からの自由―」
より
・・・・・紀氏は、「知識人は内向きであっては困る。大学人は教育者でもある。教育者が自分のクビを恐れて内向きになってしまう。その中で教育を受ける学生ほど不幸な存在はない。私たちは外に向かって目を開いていく。そのようなネットワークを少しずつ創っていく必要があるのではないか」という言葉で締めくくった。死語となって久しい「知識人」、今こそ、その再論と現実化が待望される。鹿児島国際大学事件は「知識人」とは一体どういった存在であるかをあらためて問うている。時代に迎合し、体制に迎合し、組織に迎合し、ついには権力に迎合する知識と知識人のあり様(解体)という問題がなげかけられている。・・・・・
tjst
|1月25日
|URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000486.html
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