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国立大学独立行政法人化の諸問題: 福岡教育大学発国立大学法人化関連情報


8/07 福岡教育大学発 国立大学法人化関連情報 第3号福岡教育大学発国立大学法人化関連情報
5/05 福岡教育大学発 国立大学法人化関連情報 第2号(2004年5月5日配信)福岡教育大学発国立大学法人化関連情報

2004年08月07日

福岡教育大学発 国立大学法人化関連情報 第3号

2004年8月6日配信

転送・転載を大いに歓迎します。新たに情報の配信を希望される方や、バックナンバーを必要とされる方は、cki13631@rio.odn.ne.jp までご連絡ください。また、配信を不要とされる方も、お手数ですがご連絡ください。
なお、前号のなかの【3】−(3)において「何ら国立大学法人法にしない」とあるのは、「何ら国立大学法人法に抵触しない」の誤りでした。お詫びして訂正させていただきます。
日常の研究教育活動に加え、法人化による業務の多忙化が重なり、長らく情報発信が途絶えておりました。今後も粘り強く発信を続ける所存ですので、よろしくご声援ください。
HEADLINES 

【1】松尾学長に抗議する全学教授会の決議
   −学長による中期目標・中期計画の「書きかえ」に対して− (7月1日)
 (1) 一片の学長文書
  1) 突然の通告
  2) 説明責任はどうなるのか
 (2) 書きかえの内容と背景 −「亡霊」の復活−
  1) 役員会による寡頭・密室政治
  2) 経営協議会の実態
  3) 「旧体制」の「亡霊」
 (3) 全学教授会による決議文の採択
 (4) 松尾学長の対応
  1) 議長・副議長との面会
  2) 松尾学長自ら全学教授会で釈明するも、辞職要求発言まで飛び出す

【2】辻健介・本学事務局長が辞職、新事務局長に前京大企画部長・小川清四郎氏
(6月30日−7月1日)
 (1) 辻氏のもたらした負の遺産
 (2) 新事務局長の心境
 
【3】非常勤講師の賃金を1割程度減額 −福岡教育大学を含む11国立大学−

【4】読者からのお便り

【5】閑話後記


【1】松尾学長に抗議する全学教授会の決議
    −学長による中期目標・中期計画の「書きかえ」に対して− (7月1日)

(1) 一片の学長文書

1) 突然の通告

話は、3か月近く前にまでさかのぼる。松尾祐作学長は、4月27日付で「国立大学法人福岡教育大学 中期目標・中期計画について」と標記された一片の文書を教授会の全構成員のメールボックスに配布した。それは、国立大学法人法に基づき「中期目標についての意見および中期計画案」を役員会で最終的に決定し、去る4月21日に文部科学省に提出したという内容の「事後報告」であった。このように書いただけでは、まさに一片の文書で済まされうるような、事務的・手続的な事項の事後報告であったとお思いであろう。しかしながら、この学長文書の内容は、とても1枚紙の事後報告文書で済まされるはずのない、本学の針路を左右しかねない極めて重大なものであった。

昨年9月末、本学は、他の国立大学同様、法人化に向けて中期目標・中期計画素案を提出した。本学の「素案」は、全学教授会で学長原案が3回にわたり否決され、最終的には教員側の対案が賛成多数で可決されるという極めて異例な事態を経て、まさしく「難産」の末に決定されたものである。こうした事態を受けて教授会側から浮上した学長の退任要求に対して、松尾学長は、「補佐体制が十分とは言えなかった」という理由で2名の副学長をともに更迭した。そのうえで、自らについては、「学長としての責任を回避するつもりはない。法人化後の平成18年2月までの任期を全うするつもりもない」、「当面は在任し、素案に基づき粛々と作業を進めていかなければならない」と言明し、続投を表明した。これを受けて、教授会構成員の少なからずは、仮に学長の続投が辛うじて正統性を帯びるにしても、それは、学長が「素案」に対して忠実に行動することが条件である、と考えたに違いない。

その後、本学の「素案」は、他の国立大学の素案と同様、文部科学省のホームページを通じて国民に対して公表された。また、学内的にも、法人化後の本学のあり方を方向づける重要な文書であるとの位置づけのもと、学生を対象として「素案」の内容に関する説明会が開催された。

このように、いろいろな意味において重みをもつはずの「素案」であったが、今回、松尾学長は、極めて安易かつ恣意的に「素案」の大幅な書きかえを断行し、最終案として文部科学省に提出したのである。書きかえは、40か所以上にもおよび、「前文」に至っては、跡形もなくきれいさっぱり書きかえられている。4月27日の学長文書は、このようなかたちでの「素案」の大幅な書きかえについて、もともとは自らの出身母体である教授会に対して一方的に事後通告するものであった。結局、文部科学大臣は、「素案」を大幅に書きかえた最終案をそのまま採り入れ、中期目標を5月26日付で提示し、中期計画を6月3日付で認可した。

2)説明責任はどうなるのか

確かに、国立大学法人評価委員会「国立大学法人の中期目標・中期計画(素案)についての意見」(本年1月28日)には、「各大学が(略)自主的・自律的に素案の見直し・検討を行ない、可能なものについては、(国立大学法人の)発足時の中期目標の原案及び中期計画の認可申請に反映されるよう、対応することが望まれる。(略)例えば、本年4月の国立大学法人の成立により、各国立大学法人においては新しい意思決定の体制が発足する。この新体制において中期目標・中期計画の見直しをおこなう意向がある場合には、その変更等について文部科学省は積極的に対応するなどの対応が必要である」としている。しかし、これとて、「素案」の無制約で恣意的な見直しを是認するものではなかろうし、見直しの必要性の具体的な根拠などについては、国立大学法人として、学内はもとより、広く国民に対して説明責任を果たさなければならないであろう。

しかし、今回の学長文書では、「素案」の大幅な書きかえの理由については、説明らしき説明は、一切ない。「全体の整合性の観点」、「各大学の個性伸長の観点」、「具体性の向上の観点」など、国立大学法人評価委員会の一般的な指摘(特に本学を名指ししたものではない)を形式的に羅列するばかりである。特に、「素案」の「前文」は、全面的に書きかえられているにもかかわらず、その理由は、学長文書では全くもって不明である。「素案」の前文は、本学で1999年に大規模な改革がなされた際の議論を踏まえ、「21世紀の学校教育や生涯学習社会を担う資質能力をもった教育者養成を目指す『教育の総合的研究教育機関』」として本学を自己規定し、その基本理念をうたいあげていた。こうした理念は、他の教育大学が範とするほどのインパクトをもっていたのであり、「大学の個性伸長の観点」とも合致するものであったはずである。これに対して、書きかえ後の前文では、「教育の総合的研究教育機関」という明確な自己規定が姿を消し、凡庸・稚拙で魅力に乏しい文章が続くばかりであり、学問の府の文書としては見るに耐えないというほかはない。このような書きかえは、百害あって一利な
しであり、そもそもその必要性の説明が絶対に不可能である。

(2) 書きかえの内容と背景 −「亡霊」の復活−

1) 役員会による寡頭・密室政治

昨年度末、教授会の下部組織として設置された「基本構想委員会」の作業部会は、上記の国立大学法人評価委員会の「意見」などをうけ、「素案」の見直しについて検討した。そして、作業部会は、学長に対して、見直しを要する部分として2か所、検討を要する部分として3か所を具申するにとどまった。これに対して、今回の書きかえでは、「前文」の全面差し替えに加えて、目標・計画部分では40か所以上に手が加えられている。学長周辺は、法人化により「素案」が教授会の手を離れて役員会の手に移るやいなや、「はじめに書きかえありき」の姿勢のもと、速攻的にそのための作業に着手したようである。なぜか学内に公表されている役員会議事録には一切記録がないが、法人発足直後の本年4月8〜10日の3日間、役員会が集中的に開催され、そこで書き直し作業が進められた由である。 民主的な手続を踏んで作り上げられた「素案」は、役員会とこれを取り巻く事務局長や企画課長(総合大学の筆頭部長に相当する職)など一握りの幹部事務職員による寡頭政治・密室政治のもとに呆気なく葬り去られてしまった。

書きかえの内容として特筆すべきは、全学教授会で否決された学長原案の文言をそっくり復活させるような加筆がなされている点である。特に、「人事の適正化」に関する部分は、廃案となった学長原案の文言を使って大幅に書きかえられている。まさに「亡霊」の復活というほかはない。たとえば、計画部分には、「全学的な人件費管理のシステムを構築し、教員及び事務職員等について、各組織への適正な人員配置を行う」という項目が復活している。しかも、この項目に連動するかのように、「X その他 2.人事に関する計画」の欄には、素案の段階では全く存在しなかった文言が書き込まれ、「人件費総額及び標準定数を配慮した縮減計画を立案し、構想に沿った再配置を実施する」といった一文が加えられている。このような一連の計画は、役員会が教授会を教員人事にタッチさせないことを意図して作り上げた教授会規程や就業規則と三位一体になって機能すると、役員会による寡頭・密室政治のもとでトップダウン的に研究・教育組織の改廃や教員の配置転換が進められることにもなりかねない。これでは、大学にふさわしい自由闊達な研究・教育ができるはずはない。

2) 経営協議会の実態

教員人事に関して 「縮減計画を立案する」といってはばからないこの大学の役員会は、一般企業のリストラ優先型経営手法を大学に無批判に持ち込もうとしており、研究・教育の充実という大学本来の使命をどこかに置き忘れてきたようである。それが証拠に、「人事に関する計画」の部分は、研究・教育に大きな影響を与えるにもかかわらず、教育研究評議会には一切諮られず、経営協議会で審議されたのみである。しかも、公開された経営協議会の議事録によると、その審議過程では、本学の実状などを無視し見当違いではないかと思われる「放言」が飛び交い、議論の水準の低さには目を覆うばかりである。例えば、委員からは、「私学では人件費率が50%を超えると経営が危ない認識があるが、福岡教育大学は80〜86%であり、教育・研究や学生への貢献度が低い数字になっている。今後人件費率を下げていくことが大事である」との発言があるが、これによれば、本学のみならず全ての国立大学が大幅なリストラの対象となってしまうだろう。私立大学の経営と国立大学の運営を完全に混同してしまっているのである。また、「ワークシェアリングやリストラとして教育・研究部門の人員を収益事業に回すこと等も考えられる。人件費率は親が大学を選ぶ判断材料にもなるものである」といってはばからない委員もいたが、果たして教育部門を犠牲にして収益事業に力を入れるような大学に対して、誰が魅力を感じるのだろうか。このような不見識極まりない意見が積み上げられ、その結果として研究・教育部門の縮減計画が策定されたとしても、それは、砂上の楼閣に過ぎないのではあるまいか。

3) 「旧体制」の「亡霊」 ところで、全面的に書き換えられた「素案」の「前文」は、教育研究評議会や経営協議会にも一切諮られず、中期目標・中期計画担当の南出好史理事が作成したものがそのまま役員会において採用されたとのことである。思い起こせば、本学教授であった南出氏は、「素案」の原案を審議した昨年9月の全学教授会において、否決された学長原案をひたすら擁護する発言をフロアで繰り返していた。それは、ほかならぬ南出氏が、学長原案を策定した委員会のメンバーなどとして実質的・中心的な役割を果たしてきたからである。そして、最終的に賛成多数で「素案」として採択された教員側の対案に対して、南出氏は、特にその前文が「教育の総合的研究教育機関」として本学を自己規定している点を槍玉に挙げ、「教育の総合的研究教育機関」の意味するところがよくわからず、本学の姿が見えてこない、という趣旨の発言を繰り返していた。しかし、「教育の総合的研究教育機関」という本学の自己規定は、上述したように1999年の本学改革の基本理念として全学で共有され、かつ対外的にも公表されていたものであり、後に理事に起用されるほどの有力教授である南出氏がそのことを把握していないはずはないのである。実は、南出氏は、本学の将来計画について、学校教員のみならず広い意味での「教育者」を育成するという現在の方針を改め、学校教員の養成に特化するという構想を明確に描いており、こうした構想の実現にとって、伝統的な学校教員養成機関からの脱皮を目指すものである「教育の総合的研究教育機関」という本学の自己規定が邪魔になるため、あえてこれを葬り去ろうと躍起だったのである。南出氏がその策定に中心的に関わった学長原案を見ても、そうした同氏の持論が随所に顔を出していた。

驚くべきことに、学長原案否決の責任をとって二人の副学長が更迭された後、南出氏は、松尾学長から副学長に任命され、引き続いて理事へと「横滑り」した。こうした人事に対しては、廃案となった学長原案の実質的な「生みの親」である南出氏の責任はどうなるのか、同氏が全学教授会などで先頭を切って松尾政権を擁護したことを理由とする不当な論功行賞人事ではないか、といった疑問が吹き出した。

とにもかくにも、教授会から縁が切れて理事としてフリーハンドを得た南出氏は、自身が私的に描く大学将来像に沿って、独断的でほしいままに「前文」を全面的に書きかえ、「教育の総合的研究教育機関」という文言を抹消したのである。これでは、中期目標・中期計画、さらには大学そのものの私物化につながりかねない。また、そもそも、「素案」の見直しは、国立大学法人評価委員会の見解によれば、本年4月の国立大学法人の成立により発足する「新体制」の意向を汲み取るために奨励されているはずだが、本学の「新体制」の実態は、もはや昨年度の段階で全学の支持を失った松尾学長とその翼賛者からなる「旧体制」にほかならない。今回の中期目標・中期計画の書きかえは、まさにそうした旧体制の「亡霊」のなせる業なのである。

(3) 全学教授会による決議文の採択

7月1日の全学教授会(正式名称は、「教育学部教授会」であるが、教育学部のみを擁する単科大学である本学の全教員が出席する教授会という意味を明確するため、この語を用いることにする)では、教員からの緊急動議として、「中期目標・中期計画(素案)の書きかえに抗議する決議文」を教授会として採択すべしとの提案がなされ、動議の支持者も現れた。この決議文を提案した教員は、提案理由に関して、「素案の書きかえに対して沈黙することは、それを承認することである。素案の書きかえについては、4月27日付け学長文書で一方的かつ不十分な説明がなされただけである。教授会が納得したわけではないことを意思表示しなければならない」と力説した。 投票の結果、以下の決議文が賛成多数で採択された。

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中期目標・中期計画(素案)の書きかえに抗議する決議文

本学の中期目標・中期計画は、素案に相当の修正を施し、平成16年4月21日に文部科学省に提出された。確かに法人の役員会は素案を見直す権限を有するが、今回の修正内容及び合意形成手続きには、重要な問題が含まれている。以下にその問題点を指摘する。

1.本学の基本目標を定めた前文が全面的に書きかえられたこと。

前文の内容は、中期目標・中期計画の素案策定にいたる過程で重要な論点となったものであった。昨年9月の教授会決定後、自らの原案が否決され責任問題が浮上するなかで、学長はこの「素案に基づいて粛々と作業を進める」と誓い、二人の副学長を解任することでその職に踏みとどまったという経緯がある。

本年4月27日付けの教職員宛て説明文書において学長は、国立大学法人評価委員会の意見に従って素案を見直したと述べている。しかし、前文を全面的に書きかえなければならない根拠は見当たらない。

2.廃案になった学長案の項目が復活していること。

学長は、昨年度の目標・評価作業部会に検討グループをおき、素案及び年度計画について検討してきたと言いながら、その検討グループの修正意見を内容的にも量的にもはるかに越える修正を施した。その際、昨年9月に否決された学長案に含まれていたいくつかの項目が復活している。学長は、教授会が最高の決定機関である間はその決定に従う姿勢を装い、法人化後役員会が最高決定機関となるや、廃案を蘇らせたと言える。

3.未審議の新規項目が加えられていること。

中期計画の「X その他」の項に、「人事に関する計画」等が新規に盛り込まれているが、これは教育研究に関わる重要事項を含むにもかかわらず、教育研究評議会にも教授会にも諮られていない。

以上述べてきたように、中期目標・中期計画の書きかえをめぐっては、その内容及び合意形成の方法に重大な問題がある。法人となっても、学長が構成員の合意形成に努めつつ大学の進むべき道を決定しなければならないことは自明の事柄である。しかるに学長は、書きかえに際して、教授会に対して一切説明しようとしなかった。法人化後の教授会と自分とはまったく無関係であると言わんばかりの姿勢である。「全学挙げて」と掛け声を発する一方で、正しい手続きで決定されたことを独断的に覆す学長のやり方は、教授会構成員に不安と不信を抱かせ、その意欲をそぐものである。

中期目標・中期計画の書きかえについて、学長に対して強く抗議する。

2004年7月1日            

福岡教育大学教育学部教授会

(4) 松尾学長の対応

1) 議長・副議長との面会

決議文の採択をうけて、教育学部長である井上裕之議長が教授会終了後直ちに決議文を学長に提出すること、4人の副議長がこれに同行することが確認された。ちなみに、教育学部長である井上議長は、教授会での投票によって選出されたのではなく、学長によって任命された。これは、学部自治や教授会自治の原則からすれば、極めて異常なことである。そして、さしもの松尾学長および役員会も、そうした「官選」議長だけでは全学教授会の運営が困難になると踏んだようであり、副議長をおくことをすでに4月時点で早々に提案してきた。これをうけて、全学教授会は、投票により4人の副議長を選出した。何より、教授会構成員のあいだには、「官選」議長がどこまで本気で教授会を代表して学長にもの申す気があるのか、かなり懐疑的な見方が広がっている。井上議長自身、「私は、学長の決定にしたがって行動するのであり、教授会構成員を代表して行動するのではない」といってはばからない有様である。学長への決議文提出に際して副議長4名の同行を求める声が構成員からあがったのは、井上議長に対する根深い不信の表れである。

議長に同行した副議長らの話によれば、午後4時半頃に学長室に出向いたところ、学長秘書が応対に出てきて、学長は、すでにその5分前には公用車で大学を後にしたとのことであった。それにしても、全学教授会で大学運営のあり方をめぐり厳しい意見が交わされていることについては、松尾学長も十分承知していたはずである。そうした全学教授会の内容について議長の報告さえも受けずにさっさと帰宅するとは、それほど全学教授会を軽視しているということであろうか。もっとも、松尾学長は、昨年度なども、学内が法人化準備の混乱と多忙のさなかにあって、毎日判で押したように4時過ぎに退勤していたそうであるから、この日もただ単に普段通りに行動しただけだとみたほうがよいのかもしれない。

副議長らの話によると、松尾学長が大学を後にしてまだ5分しかたっていないということで、学長の携帯電話に連絡を入れて戻ってきてもらうことになった。大学に呼び戻された学長は、悪びれるどころか憮然とした表情で議長・副議長に応対した。自らに突きつけられた抗議の決議文についても、まるで他人事のように話を聞いていた。

2) 松尾学長自ら全学教授会で釈明するも、辞職要求発言まで飛び出す

7月1日の全学教授会では、実は、「中期目標・中期計画(素案)の書きかえに抗議する決議文」のほかにも、適正な教員人事手続の確立や教育研究評議会における委員構成の見直し(4人の副学長以外に教員のなかから選出される委員の大幅増員)など、大学運営の正常化を求める3本の決議が採択されていた。そして、意外なことに、これら計4本の決議に対して、松尾学長自らが7月22日の全学教授会の冒頭で釈明する運びとなった。
 

3月まで有効であった国立学校設置法の下では、本学のような単科大学の場合、学長が全学教授会の議長としての職務と責任を担っていた。そして、松尾学長は、中期目標・中期計画の学長原案が3度にわたり全学教授会で否決されるという憂き目をみるや、開き直るかのように全学教授会を封印してその後の法人移行準備を専決的に進めた。松尾学長の信を問うための全学教授会の開催要求に対しても、一切耳を傾けなかったし、開催要求に応ずれば、辞職要求を喉元に突きつけられることは目に見えていた。このように、全学教授会は、松尾学長にとってはまさに「鬼門」にほかならなかったが、こうした状況は、4月の法人化により一変した。役員会が全学教授会に代わり本学の最高意思決定機関となったことに加え、大学運営組織のドラスティックな改編がなされ、松尾学長は、全学教授会それ自体から完全に足抜けし、その議長としての職務と責任を新設された教育学部長ポストへと丸投げしたのである。こうなれば、全学教授会は、松尾学長にとって、議長として責任を問われるような恐い場ではなくなる。そのため、松尾学長は、全学教授会に出席して何をしゃべろうと、またフロアからどのような非難を浴びようと、自身はあくまでも最高意思決定機関である役員会の主宰者であり、弱体化した教授会ごときによって詰め腹を切らされることはない、と考えてたのであろう。あるいは、トップである自らが教授会において「下々の者」に号令すれば事態は収拾されるとの幻想をもっていたのかもしれない。松尾学長が全学教授会に顔を出すことになった背景には、そのような事情があると考えられる。

全学教授会での松尾学長の釈明は、極めて内容の乏しいものであった。「素案」の書きかえの理由を糾されると、「計画のアウトプットに関する部分の記述を具体化するように心がけた」と答えるなど、国立大学法人評価委員会の一般的な指摘を形式的になぞるだけの空虚なものだった。また、大学運営の正常化に向けての姿勢を問われると、「法人法の趣旨に則って適正に大学運営をおこなっているつもりである」との認識を示したが、「それでは、学長が繰り返しいわれるいわれる『法人法の趣旨』とはいったい何か」との質問に対しては、「それは、遠山プランなど、文部科学省の関連文書をみればわかる」と述べるなど、その答えは、納得がいくどころか、全く的がはずれており、議場のここ彼処から失笑が漏れる有様であった。このような学長の不毛な発言に対して、議場からは、「学長は、しきりに教員が一丸となって大学運営に協力しろといわれるが、そもそも、われわれと学長のあいだの信頼関係は、完全に失われている。ここは、もはや人心の一新しかない」と学長の辞職を求める発言が出され、大きな拍手が起こった。

松尾学長は、まさに「裸の王様」である。松尾学長がその地位にとどまることは、本学にとってこの上もなく不幸な事態である。

【2】辻健介・本学事務局長が辞職、新事務局長に前京大企画部長・小川清四郎氏(6月30日−7月1日)

(1) 辻氏のもたらした負の遺産

辻健介・本学事務局長が6月30日付で辞職した。辞職の理由・経緯などは不明である。

辻氏は、2002年8月1日付で本学に着任した。在任期間は、法人移行準備期間と重なったが、その準備作業において、辻氏は、松尾学長の独断的な大学運営を下支えするとともに、大学における研究・教育への行政支配を強化することに腐心した。たとえば、法人化後の大学運営の指針となる中期目標・中期計画の「素案」の策定において、研究・教育の主体であるはずの教員側の多数意見を無視し、官僚的トップダウンの手法で学長原案の作成に関与した。さらに、教員側が提出した案が全学教授会において「素案」として採択されると、様々な官僚的手法を駆使してこれを骨抜きにすることをねらい、遂に法人化後に「素案」の大幅な書きかえの立役者の一人となった。

辻氏は、いわゆる「非常勤講師予算半減問題」についても、本学予算を管理する事務局のトップとして、松尾学長とともに責任を重く問われるべき立場にあった。去る1月、松尾学長は、2004年度における教職員の定期昇給相当分の人件費が4400万円不足することを理由に、非常勤講師予算額を8900万円から一気に4500万円へと半減させる「学長裁定」なるものを一方的に下した。しかし、すでに約200 人の講師の手配をすませていた教員側が一斉に反発したうえに、文部科学省も、「人件費に定期昇給分は積算している」などとして疑問を呈したため、松尾学長は、「学長裁定」を「凍結する」と表明せざるを得なくなった。なおも教員側が2004年度の人件費が不足する根拠を開示するように要求し続けたのに対して、その根拠の説明に窮した松尾学長は、ついには予算が不足するとの見解そのものを撤回した。そして、唖然とするほかなかったのであるが、「人件費を精査した結果として、2004年度予算が2000万円余る」との事実を公表した。6400万円もの大金が闇に消えようとしていたのであり、これは、単なる計算ミスといった類の問題として片づけられるものではない。この問題について、「金のことはよくわからない」といって開き直る学長の責任も重大であるが、予算の事務処理が極めて不明朗なものであったことを踏まえると、当該事務の統括者であった辻氏の責任も、重大である。この問題の真相は、いまなお藪の中であり、学内には法人化後の予算をめぐって今なお根強い不信感が残っている。

辻氏のもたらした負の遺産は、ほかにも様々あるが、これをどのように除去していくかが本学のこれからの課題である。

(2) 新事務局長の心境

新事務局長として、前京大企画部長・小川清四郎氏が7月1日付で着任した。小川氏の着任により、辻氏の負の遺産は、一掃されるのだろうか。それとも、辻氏の後始末を同じ文部科学官僚である小川氏に期待すること自体、所詮はナンセンスなのだろうか。

7月22日の全学教授会に松尾学長が出席した際、新事務局長の小川氏が同行し、教授会構成員のまえで着任の挨拶をした。小川氏は、「福岡教育大学のいろいろなニュースは京大にも伝わってきている。福岡教育大学への赴任の話が出たときには、周囲からもずいぶん心配された」と冗談交じりに述べたうえで、「提案型・実行型の事務局を目指したい」と抱負を述べた。その後、上述のように、松尾学長が「中期目標・中期計画(素案)の書きかえに抗議する決議文」をはじめとする4本の教授会決議に関して釈明をした。中身の伴った答弁もできず、挙げ句の果てに辞職要求の言辞を投げつけられた松尾学長のすがたを目の当たりにして、小川氏は、紛れもなく自らが福岡教育大学に赴任してきたのだという現実を嫌というほど実感したことであろう。果たして、そのときの小川氏の心境は、どのようなものであっただろうか。

【3】非常勤講師の賃金を1割程度減額 −福岡教育大学を含む11国立大学−

朝日新聞の報道(7月27日付朝刊)によると、4月に国立大学が法人化された際、全国89国立大学・短大のうち11大学が非常勤講師の賃金を1割程度も減額したことがわかった(首都圏大学非常勤講師組合と関西圏大学非常勤講師組合の両労働組合の調査による)。この11大学には福岡教育大学も含まれており、1時間あたりの最高ランクの賃金をみてみると、6900円から6000円に減額されている。その他の大学は、大阪外語大(最高ランク6450円→5900円)、大分大(同6200円→5000円)、浜松医科大(同6100円→5200円)、岡山大(同6000円→5500円)、信州大(同5850円→5120円)、静岡大(同5850円→5300円)、神戸大(同5800円→5200円)、香川大(同5700円→5000円)、高知大(同5400円→5000円)、富山医科薬科大(同5850円→5260円)となっている。

11大学のほかにも、国家公務員の月給が昨秋に人事院勧告で平均1.1%引き下げられたのに伴う措置として、1パーセント前後の賃下げを実施した大学も散見される。しかし、大半の大学は、非常勤講師の賃金がもともと低額であることを踏まえ、賃下げを見送った。報道によれば、福岡教育大学は、1割を超える減額を実施した理由について、「周囲の大学を調べた結果、単価が少し高いとわかった」と説明している。確かに、昨年暮れあたりの教授会を思い起こすと、教務委員会から減額案が提示された際、そのような説明を聞いた記憶がある。また、当時、教授会構成員のあいだには、法人化後に非常勤講師にあてられる予算が十分確保できるのかという懸念も広がっており、それが減額への圧力となったことは否めない(*注)。しかし、非常勤講師予算問題をめぐる松尾学長ら執行部のその後の迷走ぶりは、われわれ教員の想像だにしないところであった。上述のように、松尾学長は、 人件費不足を根拠として非常勤講師予算総額を一気に半減させる「学長裁定」を下したかとおもうと、学内外から批判や疑問が向けられるや、一転して人件費が2000万円も余ると言い出す有様であった。これでは、非常勤講師予算の半減が論外だとしても、果たして非常勤講師の賃金を1割以上減額することも必要だったのか、極めて疑わしいところである。

報道によると、関西圏大学非常勤講師組合の関係者は、「非常勤講師は立場が弱いので、賃金を削っても言うことを聞くと大学側は踏んでいるのではないか。痛みを一方的に押しつけるのは許せない」と述べている。いずれの大学においても、教育サービスの面で非常勤講師が担っている役割は、専任教員に勝るとも劣らないはずである。それゆえ、非常勤講師を冷遇する大学は、結局は教育をおろそかにする大学であるというほかはない。不明朗な予算処理のもとに根拠も薄弱なまま1割超の賃下げに踏み切った本学の姿勢は、非常勤講師の目にどのように映ったであろうか。

*注: この時期、他大学では文部科学省から措置される非常勤講師予算が一定の割合で減額されることになる、との情報が本学に伝わってきていた。しかし、こうした減額措置は、専任教員ポストが空席のままとされている大学が対象とされたのであり(文部科学省は、空きポトスがあるのなら、非常勤講師予算を要求するまえにその空き埋めることを優先させるべきとの考えに立っていた)、本学のようにポストがすべて充足されている大学は、減額措置の対象外であった。本学では、こうした正確な情報もないまま、「他大学では非常勤講師予算が減額されている。本学でも減額は避けられない」との見方が独り歩きしてしまった。大学執行部の情報収集能力の低さが問題とされるべきであろう。

【4】読者からのお便り

*「福岡教育大学発 国立大学法人化関連情報 第3号」へのご意見・ご感想を是
非 cki13631@rio.odn.ne.jp までお寄せください。

(1) かって松尾君は「全組織に関わる変革なので教授会で最終決定するのではなく全構成員の意向をくんで決める」と言ったことがありました。教授会の意向を生かそうとする姿勢もない人間が果たして全構成員の意向を大切にするのでしょうか? 大きな疑問です。言葉のまやかしに過ぎないように感じられます。文科省ですら「法人化の主旨は学長が何でもできるということではない。学内のコンセンサスを得る努力は常に求められる」とコメントしておりました。いままでの松尾君を知っている者からすると、その変節ぶりに呆れる思いがするのと、頭が可笑しくなって思考能力がなくなり、誰かの傀儡であるのかと思ったりもします。法人化が決定したあとに選ばれたある大学の学長は「大学の自治が損なわれないように運営していく」と抱負を語っていたのを思い出します。「大学の自治」、その本来の意味を今一度十分に噛み締めておく必要があるように思われます。学外的にも、学内的にも。裸の王様?は結局は可哀想なものです。
(元 本学教員)

(2) 大学OBとして、また、同じ教育現場に関わる者として、これからの教育大学のことに深く関心を持っています。自分で情報を集めることもしていこうと思いますが、現場にいる先生からの今回のような情報の配信は、どのような情報にも勝るメッセージだと感じました。もしこれからも配信を続けられるのであれば、是非私にも送ってください。よろしくお願いします。
(本学卒業生・ 小学校教員)

(3) 通信内容は、法人化に伴う学長(理事長)(法人経営サイド)の独裁制(学問研究の自由、大学の自治と自律の否定ないし歪曲、抑圧)の路線と、これに抗して大学の自治を守り発展させようとする大学人の路線との対抗として、興味をもって拝読しております。福岡教育大学における大学人の奮闘が、私どもにも大きな勇気を与えてくれるものです。その意味で、私の研究室日誌でも紹介し、本学の心ある関係者に考える為の素材として提供しているところです。
(公立大教員)

 (4) 以前、ある教員養成系単科大学に出かけたとき、教育大学特有の事情を聞いて、なるほど教授会の位置づけが、国立大学法人法が典型的に想定していると見られる総合大学とは随分違う、と納得したことを思い出しました。その意味で、国立大学法人法が本来想定していない事態を考慮しなければならない、ということになろうかと思います。しかも、国立大学法人法が想定する学長−経営協議会−教育研究評議会という「トロイカ 体制」自身、その権限分配に無理がある(そもそも、大学は教育研究を目的とする組織であって、そう簡単に経営事項と教学事項と分けられないのは、私立大学における教授会と理事会との緊張関係が教えるところでした)、したがって、「関連するその他の事項」(手許に条文がないのでうろ覚えですが)をどれだけ広げて、教授会・教育研究評議会の権限や決定事項に経営協議会や理事会の意思を従わせるか、その点が法律の運用の根幹にかかわること、と理解すべきでしょう。この点、今のところ私のところでは一応のコンセンサスとして「尊重」されてはいるようです。しかし、教育大学における全学教授会の重さを考えるならば、まさにこれは法律の運用の根幹をなすべきことであり、ここは大学の目的が研究と教育にあること、しかも全人格的な陶冶を必要とする教育大学であるならば、「経営」は「全人格的な陶冶を目的とする教育と、それを支える研究活動」を裏側から支えるべき存在であること、その表裏の関係が逆転するならば、大学の自殺行為に他ならないことを肝に銘ずるべきだと思います。
(国立大教員)

(5) 私は教職員の家族です。去年からの大学の動向を気にしながら見続けています。こういうごたごたが一年近く続いているようですが、新聞などで大学冬の時代という記事を見るたびに、福岡教育大学はだいじょうぶなのか、と心配でなりません。学長さんたちは独裁的なやり方を続けているようですが、どうしてそこまで自信を持って、教職員への説明責任も果たさず、大学の将来を決めているのかお聞きしたいです。学長以下執行部の方たちには教職員にその家族がいることがおわかりなのでしょうか。3歳の子どもやこれから生まれてくる子どもたちがいることを考えてくれているのでしょうか。よくテレビなどで有能な会社のトップが「私は社員のことだけではなくその家族のことも考えなければいけないんだ」と言ってるところを見ます。私には松尾学長にそのようなお考えがあるとは思えません。ご家族の方もみなさん成人をしていて、人生の余暇を上手く過ごせたらよい、ぐらいの感じで大学経営を考えているのではないでしょうか。そんなことはないと言われるかもしれませんが、実際大学が無くなるときにはさっさと引退なさっていて、涼しい顔で”大学廃校”の新聞記事を見ているのではなんの痛みもありません。その時に苦しむのは、そこに残っている教職員とたくさんの家族です。汚点を残さないようにするためにも、教職員の声にもっと耳を傾け、最低限、納得のいく説明をしてくれるべきではないかと考えております。私のまわりの大学に全く関係のない人でも、「この少子化だから国立大学も絶対いくつかつぶれるよね」と言います。今は本当に大切な時だと思います。自分たちの考えだけでものごとを進めていくのではなく、世の中が何を求めているかを、いろいろな年代、いろいろな立場のひとたちがみんなで考えてゆける運営をしてほしいと思います。
(本学教職員の家族)

【5】閑話後記

近頃、プロ野球が球団合併やリーグ再編の問題をめぐり大きく揺れている。もはや周知のことであるが、この問題でオーナー側との話し合いを求めた労組日本プロ野球選手会の古田敦也会長(ヤクルト)に対して、巨人の渡辺恒雄オーナーは、「無礼なことを言うな。たかが選手が」などと述べたという。ここでは、実際に球場でプレーをする選手や、そのプレーを観るために球場に足を運ぶファンの存在を軽視した、経営者の傲慢きわまりない姿勢を見て取ることができる。そして、このエピソードは、まさに本学の現状を彷彿とさせる。大学運営のあり方について話し合いを求める教員側に対して、学長や役員会は、「無礼なことを言うな。たかが教員が」といいたいのが本音であろう。彼らは、法人化の大義の下に、大学運営の中に企業的経営の論理を無原則・無批判に持ち込み、自分たちだけで大学を差配できると思い込んでいるようである。研究・教育の現場で働く教員、そしてなにより教員のもとで学ぶ学生たちのことは、まるで眼中にないかのようにみえる。

プロ野球では、選手とファンが手を携え、オーナー支配に風穴を開けつつある。この点、本学はどうであろう。かつてキャンパスに訪れた「政治の季節」も今は昔となり、学生たちは、すっかりおとなしくなった。ここはやはり、われわれ教員が踏ん張っていくしかない。本学の様々な問題に直面する中で、われわれ自身、大学における研究・教育のあるべき姿とは何か、民主主義とは何か、改めて学び直す機会を与えられたように思う。学生たちも、そうしたわれわれの姿を見て、何かを学び取ってくれていると思う。「日暮れて道遠し」の思いにとらわれることも間々あるが、ねばり強く歩んでいきたい。

2004年05月05日

福岡教育大学発 国立大学法人化関連情報 第2号(2004年5月5日配信)

(転送・転載歓迎、配信希望:cki13631@rio.odn.ne.jp まで)
HEADLINES 
【1】情報発信局の「開設地」が決定

【2】法人化後第1回目の教授会をウォッチングする(4月22日)
  (1)教授会はどう変わったか
  (2)冒頭から波乱
  (3)松尾学長や新理事が挨拶、議場に白々とした空気

【3】松尾学長が制定した教授会規程に対し教授会で改正動議、改正案が可決される(4月22日)
  (1)これまでの経緯
     1) 公開質問状の提出とその後の松尾学長の対応(3月19日〜22日)
    2) 松尾学長提出の教授会規程案が否決され廃案に(3月26日)
    3) 法人発足直後、松尾学長が一方的に教授会規程を制定(4月1日)
  (2)教授会規程制定に関する松尾学長の説明
  (3)教授会における規程改正案の可決

本文:

              
【1】情報発信局の「開設地」が決定

国立大学の法人化から1ヶ月が経ちました。「情報発信局開設」と高らかに宣言しておきながら、新学期の忙しさに法人化のどさくさが重なり、情報発信が滞っておりました。国立大学が混沌とした状況に置かれているなかで、ついつい気分も萎えがちになりますが、希望に胸ふくらませてやってきた初々しい新入生や、来春の卒業に向けて就職活動などに真剣に取り組む4年生たちと接するなかで、私たちもしっかりせねばと自分に言い聞かせる今日この頃です。

さて、この情報発信局は、前号でご説明したような事情から、「開設地」を特定できないままウェブ上を漂流しておりましたが、このたび下記の通り開設地が決定しました。こちらから配信する情報に対するご意見・ご感想や、ご提供いただける情報がありましたら、ぜひ情報発信局までお寄せください。

今後も九州の一角から研究・教育現場の視点に立ちつつ、そして言論の自由の重みをかみしめながら、ねばり強く情報発信していきますので、ご理解とご声援のほど、よろしくお願いします。

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福岡教育大学発 国立大学法人化関連情報
情報発信局: cki13631@rio.odn.ne.jp
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【2】法人化後第1回目の教授会をウォッチングする(4月22日)

(1)教授会はどう変わったか

4月22日、福岡教育大学が法人化されて第1回目の教授会が開催された。その末席で教授会の模様をウォッチングしてみた。法人化前と法人化後で、福岡教育大学の教授会は、どのように変貌したのであろうか。

法人化以前の福岡教育大学の教授会は、旧国立学校設置法のもとで総合大学の「学部教授会」とは性格を異にし、単科大学に特有の制度として、「評議会」の役割を兼ね備える「大学教授会」の位置づけを与えられていた。大学教授会の議長は、学長であった。もっもと、大学教授会とはいっても、200余名の構成員が毎回一堂に会することの難しさもあったため、いわゆる「分散教授会」と呼ばれる開催形態がとられ、学問分野に応じて教員を第一部会から第4部会に分散させ、同一議題を同時並行して審議していた。そのために、各部会には学長とは別個に構成員の投票により選出される「学部主事」という議長職(総合大学の「学部長」に相当する。国立学校設置法施行規則にこの職が規定されていた。)が置かれてきた。その一方で、昨年度の例でいえば、中期目標・中期計画の策定など、大学運営に関わり全学規模で意見を交換し集約する必要がでてきた場合には、構成員全員が参集する「全学教授会」の形態がとられてきた。

松尾祐作学長は、国立大学法人法の内容を恣意的に解釈し、またこの法律の存在を過大視するあまり、法人化後はこれまでの大学運営のあり方が全て「リセット」されるとの発言をしてきたが、これは、教授会のあり方についても例外ではなかった。「大学教授会」は、「学部教授会」と大学院担当者のみからなる「研究科教授会」に再編され、その権限も、法律が予定する以上に相当大幅に縮小された。事前に配布される教授会の議案書も、以前と比べて非常に薄っぺらいものとなった。しかし、こうした法人化後の教授会のあり方を定めた教授会規程は、4月1日の法人発足日に松尾学長が一方的に制定したものであった。これに対して、学内からは不満の声が上がり、教員有志や複数の講座会議からは、規程を見直すべきとの意見書が松尾学長に提出された(この点については、【3】−(1)を参照。)。しかし、松尾学長からは回答や所信が一切示されず、構成員の不安や不信が払拭されないまま、法人化後第一回目の教授会の日を迎えたのである。

4月22日午後2時半、第1回目の「学部教授会」が開催された。開催形態も、「分散教授会」型から「全学教授会」型へと変更された。しかし、議長席に松尾学長の姿はない。学長は、法人役員会のメンバーということで教員とは明確に一線を画することになり、教授会の構成員ではなくなったのである。「ボトム」に位置するわれわれ教員の声は、果たして十分に松尾学長に届くのだろうか。

思い起こせば、法人化前の本年1月、松尾学長は、法人化後の本学の運営組織をはじめ、法人移行準備に関わる重要事項をいっさい教授会に諮らないことを突如一方的に宣言した。これに対して、教員の間から抗議の声があがり、法人化に向けての大学運営方針について審議するため、学内規程に則り二度にわたり「全学教授会」の開催要求が出されたが、松尾学長は、これを無視し続けた。あげくには、構成員の過半数による「教授会の長としての信を問う」ための全学教授会の開催要求も出されたが、これも拒否した。おそらく、松尾学長は、ここから多くのことを「教訓」として学んだに違いない。その結果、松尾学長は、教授会の権限を大幅に縮小したうえ、自らが議長として教授会に責任を負ったり、構成員と直接対話したりすることに煩わされないようなシステムを作り上げたのである。こうして法人化後に開かれた「全学教授会」は、法人化のまえに開催要求され続けた「全学教授会」とは似て非なるものであり、学長の大学運営のあり方をチェックするものとしてはすっかり無力なものとなった。

さて、そのようなことが頭のなかをめぐるなか、学長に代わって議長席に着座ましましたのは、教育学部長であった。このポストは、単科大学である本学にはこれまで存在しなかったが、「大学教授会」が「学部教授会」へと組織替えされたことに伴い新設されたものである。教育学部長は、学長が任命した副学長がこれを兼任するものであり、学部教授会構成員の投票によって選出されたものではない。しかも、この学部長人事は、ようやく法人化直前の3月26日、理事や副学長の人事とともに公表されたものであり、その選考プロセスは、一切明らかにされていない。学部長を学部教授会で公選できず、学長がいわば「官選」するなどということは、他の国立大学の例にあるのだろうか。これまで本学のような単科大学では、大学と学部が一体のものとして運営されてきたため、「学部の自治」という考え方がなかったが、法人化により大学運営に対する学長のリーダーシップが強化されたからには、学長権限に対するチェック・アンド・バランスの機能を有するものとして、学部教員組織の自主・自律権が確立されなければならないだろう。しかし、本学の現状は、それにはあまりにほど遠い。

(2)冒頭から波乱

教授会の冒頭、教育学部長は、開催要件である定足数充足、すなわち構成員現員の5分の3以上の出席を確認し、開会宣言をしようとした。しかし、これに対して、そもそも定足数計算の基数が不明のままであり、それを明確にせよとの要求が出た。というのも、旧教授会規程には、別表として講座別の定員数が明記され、その合計数から欠員数などを差し引くことにより定足数の基数を割り出すことが出来たが、こうした定員表は、学長が制定した新規程ではきれいさっぱりなくなっており、他の規程のどこをみても、講座の定員数を明記したものがない。この点に関しては、学長が教員定員を手元で一元的に管理し、欠員が出た講座ポストを随意に後任不補充としたり、そのポストを他の講座に配分することなども可能となり、個々の講座に対する生殺与奪の権利を掌握することにもなりかねないのではないか、という懸念が広がっている。こうした懸念を反映し、定足数の基数問題に絡めて、今後の定員管理の方針についての質問も出された。この質問に対して、教育学部長は、定員管理方針については役員会等の審議事項でもあり自らの一存では回答できないとし、ただ大学全体の教員定員数が210である旨答えるにとどまった。

さらに、こうした定員の不明瞭さに加えて、教授会の招集時には、欠員数も不明確であった。というのも、4月1日に教授から理事に任命された2教授について、教授と理事の併任なのか、それとも教授を辞して理事専任の形を取るのか、一切明らかにされていなかったからである。このときの質疑で、この2名の理事が専任であり、よってこの分が欠員扱いとなることもようやく明らかとなった。

定足数の充足が確認され、ようやく教授会開会の運びとなった。冒頭、教育学部長から、まずは松尾学長による挨拶と新理事3名の紹介があると告げられた。その際、教育学部長は、松尾学長からは教授会規程を4月1日に制定した経緯についての説明があると述べたうえで、教員からの質問には一切答えないとクギを刺した(恋人が発覚したアイドルの記者会見でもあるまいに)。これに対して、教員からは、教授会として学長の説明を一方的に受け入れなければならないのは納得がいかない、といった発言もあり、いったんなされた教授会の開会宣言を教育学部長が撤回したうえで、松尾学長らを議場に迎え入れることにした。

(3)学長や新理事が挨拶、議場に白々とした空気

松尾学長と3名の理事が入場してきた。法人化を象徴するセレモニーであり、通常であれば一同万雷の拍手となってもおかしくないところだが、議場は、水を打ったように静まりかえり、ある種異様な空気が漂っていた。学長の挨拶にも、教員からの反応はない。学長からは、新理事の紹介があった。学内理事として、南出好史理事(3月まで本学教授・副学長、企画・教育担当)、藏源一郎理事(3月まで本学教授・副学長、総務・財務担当)、学外理事として吉武忠彦理事(元福岡市教育委員会理事、学生・社会連携担当)、の3氏が簡単な挨拶をした。上述のように、これらの人事は、法人化直前の3月26日になりようやく公表されたものである。ちなみに、理事人事の発表までは、文部科学省から赴任している事務局長の理事就任が懸念をもって取りざたされていたが、実現はしなかった。理事選考のプロセス自体が一切公表されていないのであるから、その理由は、知る由もない。
 

3理事の挨拶のあいだも、教員側は、全く無反応であり、ひとつの拍手も起こらなかった。その一方で、一人一人の理事の挨拶が終わるたびに、列席の幹部事務職員たちが申し訳なさそうに頭を下げており、何とも痛々しかった。学外から理事となった方をはじめて教員が迎える場であり、そのような教員側の白々、寒々とした対応は、礼を欠き大人げないといえばそれまでであるが、松尾学長をトップとする法人体制への強い不信を何よりも雄弁に物語るものといえよう。

【3】学長が制定した教授会規程に対し教授会で改正動議、改正案が可決される(4月22日)

(1)これまでの経緯

松尾学長は、教授会開会に先立つ挨拶のなかで、4月1日に自らが制定した教授会規程について、その制定の経緯などを説明した。 その説明内容に触れるまえに、関連するこれまでの経緯を説明しておきたい。

1) 公開質問状の提出とその後の学長の対応(3月19日〜22日)

本学では、本年1月に松尾学長が法人移行準備を教授会に諮らずに専決的に進めると宣言して以来、このような大学運営をめぐって教員のあいだで異論が噴出した。2月20日には、教員有志により学長に対して辞職要求声明が出される事態にまで発展し、地元のマスコミもこのニュースを取り上げた。そこで教員有志は、この状況を打開し、大学運営を正常化するため、3月19日、松尾学長に対して公開質問状を提出した。その質問内容は、4点に及ぶが、その中の1点として、「法人化後の役員会規程、教授会規程など諸規程の制定、役員人事などの案件がいつ教授会に提示されるのか」という趣旨の質問も出された。

ところで、公開質問状のニュースは、20日付の朝日新聞(西部本社版)、毎日新聞(同)、西日本新聞の朝刊、21日付の読売新聞(西部本社版)で取り上げらた。これらの記事には、松尾学長のコメントとして、「(公開質問状の)内容については吟味するが、このような卑劣(一紙では『卑怯』)なやり方に憤りを感じる」との発言が掲載された。これに対して、公開質問状を提出した有志は、3月22日に松尾学長に面会し、「いったい何をもって『卑劣』あるいは『卑怯』と言われるのか、その真意を明らかにし、謝罪することを求める」との抗議文を手渡した。発言の真意を糾された松尾学長は、「学内の問題をマスコミに公開したことを卑劣・卑怯と言っている」と述べた。有志からは、「質問状を読めば、学内の問題にとどまらないことがわかるはず。国立大学の公器性を考えなければならない。学長が学内の規定や慣行を無視した大学運営を行い、いっさい応じようとしない。私たちとしては、この選択肢しかなかった。私たちが、なぜ、ここまでせざるを得なかったか考えてほしい」との発言がなされたが、松尾学長からはそれ以上の発言は聞かれなかった。

この面談の席で、松尾学長からは、多忙を理由に公開質問状への回答を口頭で済ませたいとの意向が示され、その場で回答がなされた。回答では、法人移行準備については学長の専決事項であるとの基本姿勢を維持しつつも、教授会規程に限り急遽3月26日に臨時の分散教授会を開催して審議に付すとの方針が示された。多少は公開質問状がクスリになったというべきか。

2) 学長提出の教授会規程案が否決され廃案に(3月26日)

3月26日に臨時の分散教授会が開催され、学長提出にかかる教授会規程案が審議に付された。この案は、いろいろな問題点を抱えていた。そもそもこの案の素性については、いかなるプロセスで作成されたのかなど、全く不明であった。本学では、法人移行準備を進めるための教授会の下部組織として、「基本構想委員会」が機能不全に陥りながらも存在していたが、この案がそこで作成・審議されたという事実はなかった。

むろん、規程案そのものの内容も、多くの問題をはらんでいた。なによりもまず、審議事項が大幅に限定された。学部や研究科の教授会が審議権を有するのは、(1)教育課程の編成に関する具体的事項、(2)学生の在籍および学位の授与に関する事項、(3)その他教育研究に関する具体的事項のいわゆる「3事項」に限定された。そして、人事・予算をめぐっては、「教員の採用、昇任等又は研究科担当に関する具体的事項」や「学部又は大学院に配分された講座又は専攻への教育研究予算の具体的事項」(日本語としておかしいが、原文のままとした。)について、教育研究評議会などからの審議依頼があるときに限り「審議することができる」とされ、教授会に固有の審議権がなく、審議させるかどうかは最終的に学長の裁量にゆだねられているものと解された。

教授会規程案とともに学長から提出された提案理由書「教授会規程の基本的な考え方」には、(I)経営協議会や教育研究評議会の審議事項との重複を避け、教授会の役割分担を明確にすること、(II)経営協議会や教育研究評議会は、「方針」を含めた全体を審議するのに対して、教授会はその方針を踏まえた「具体的事項」を審議すること、(III)審議事項の運用的解釈によって、審議の円滑化を図ること、などが盛り込まれていた。このうち、(I)については、総合大学とは異なり、本学のような小規模単科大学では大学運営組織と学部・研究科の運営組織の境界線がスッキリとは引かれないし、無理して硬直的な線を引けば弊害も生じうるが、こうした点が全く考慮されていない。こうした単科大学の実状を度外視し、国立大学法人法下で大学運営組織として位置づけられている経営協議会や教育研究評議会と、そうではない学部や研究科の教授会のあいだで審議事項の重複を避けるべきことをいたずらに強調すれば、大学運営のための法人組織やその権限が無用に肥大化する一方で、その下に置かれた学部・研究科教授会は、「役割分担を明確にする」どころか、際限なくその役割を形骸化されてしまう
ことになる。

「教授会規程の基本的な考え方」の(II)や(III)からも、教授会の形骸化の危険が見て取れた。(II)によれば、大学運営の「方針」決めるのは法人組織のトップであり、「ボトム」である教授会は、トップが描いたグランド・デザインにしたがって「具体的事項」を唯々諾々と処理すべし、ということになる。規程案において、教授会が審議権をもつとされる「3事項」があくまでも「具体的事項」に限定されているのは、そうした考えを反映したものである。しかし、教育課程の編成をとってみても、法人トップのみで様々な学問分野からなるカリキュラムの隅々まで手が行き届くように方針や原則を立てることは、全能の神でもない限り、およそ不可能であり、ナンセンスな話である。さらに、(III)にいたっては、「審議事項の運用的解釈」などという、およそ日本語センスを疑いたくなるような表現が飛び出してくるが、要は、「3事項」についても、最終的には学長のさじ加減でどのような「具体的事項」を教授会の審議にかけるかどうかが決まるということなのだろう。学長のリーダーシップが強化された法人化後の大学運営においても、ボトムからのコンセンサス形成の機能やチェック機能が欠かせ
ないはずであるが、こうした機能を中心的に担うべき教授会が形骸化してしまえば、万が一トップが暴走しても、これを止められないことにもなる。

何より、よりよい教育や研究のためには、闇雲に学長がリーダーシップを振りかざすのではなく、教育・研究を担う教員の自治組織としての教授会について、上述のような本学の単科大学としての特殊性も考慮に入れつつ、相応の発言権や自主・自律権を保障していく必要がある。このような観点から、教育研究に関わる事項全般について、矮小化された「具体的事項」のみならず、大学としての「方針」についても、教授会の審議権が保障されてしかるべきであろう。さらに、人事・予算についても、およそ教育研究の根幹に関わる部分に関しては、その基本方針も含めて教授会の審議権を保障すべきである。こうしたことは、「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない」とする学校教育法59条1項にも合致している。国立大学法人法は、人事・予算事項を教育研究評議会や経営協議会の審議対象としているが、これは、当該事項について教授会が審議することを排除するものではない。大学の実状と自主・自律性に基づいてそれを教授会の審議対象とすることは、法律上も当然に許されるのである。

以上のように、学長が提出した教授会規程案には、看過しえない問題点が含まれていた。このほか、当日の分散教授会の議論では、(1)人事に関する事項については、人権に関わる問題であることから、採用や昇任のみならず、懲戒処分を等を含めて全般的に教授会の審議権を確立すべきである、(2)教授会の議長は、学長によって指名された教育学部長や研究科長ではなく、構成員の選挙によって選出されるべきである、(3)現行教授会規程(当時)では構成員の要求による教授会開催や議案提出が保障されており、この部分があえて今回の規程案から削除されているのは納得できない、これらをきちんと規定すべきである、といった意見が出された。

審議の結果、学長の提出した教授会規程案は、第一部会から第四部会までの4つの分散教授会のうち、3つの部会において反対多数で否決され、教授会運営に関する申し合わせにしたがい即時廃案となった。これは、松尾学長に対する教授会からの不信任の表明であるとみるほかなかろう。たとえ松尾学長がその地位に固執し、法人化へと滑り込んでも、そのもとで成立した法人体制は、何らの正統性もない空虚なものというべきである。

ところで、今年に入って非常勤予算半減問題に端を発し法人化後の予算の不明朗さが指摘され、この問題についてたまたま同日午後に全学説明会が開催されたが、その席上、松尾学長は、教授会規程案否決の善後策を問われ、「日程的には3月中に何とかすることが非常に厳しい状況となった」「(法人化後に)空白ができるが、やむを得ない」と答えた。

松尾学長は、昨年度、自らが提出した法人化後の中期目標・計画案が2度にわたり教授会で否決され、今回で三つ目の黒星を喫したことになるが、その心中はどのようなものであったろうか。なお、教授会規程案否決のニュースは、3月27日付の朝日新聞朝刊(西部本社版)、毎日新聞夕刊(同)、西日本新聞夕刊、28日付読売新聞朝刊(西部本社版)によって伝えられた。

3) 法人発足直後、松尾学長が一方的に教授会規程を制定(4月1日)

法人化後の4月8日付で、「教授会規程制定の経緯と教授会規程の基本的な方針」という1片の学長文書が教授会構成員に突如配布された。4月1日の役員会で教授会規程を決定したというのである。当の教授会が全くカヤの外に置かれての出来事であり、しかも、教授会の一般構成員に規程制定の事実が知らされたのは、1週間も過ぎてからだった。

文書には、「教授会は法人化後も引き続き重要な審議機関であると考えている」と書かれている。これは、あえていうまでもないことである。問題はその後である。「それは経営協議会や教育研究評議会等のチェック機能を果たすという意味で重要なのではなく、これらの機関とともに一体となって福岡教育大学の運営をもり立て、教育研究の質を向上させていく機関として重要である」と書かれている。待て待て、これは、教授会が最終的には学長の太鼓持ちに成り下がれということか。戦前の大政翼賛会と変わらないではないか。とても大学運営の最高責任者、そしてそれ以前に大学人の言葉とは思えず、ワンマン社長が「黙って俺に付いてこい」というのと大差がない。どこかにゴーストライターでもいるのだろうか。

文書には、4月1日に制定されたという教授会規程が添付されていた。この規程については、否決された規程案に対して改善を試みた跡が多少はある。例えば、教授会が審議権を有する「3事項」について、審議対象を「具体的事項」に限定する文言が消えている。しかし、本質的な問題点は、解消されていない。人事・予算事項についても、若干の文言修正はあるが、「審議することができる」との文言が残され、教授会に固有の審議権がなく、審議させるかどうかを最終的に学長の裁量にゆだねる規定であると読める。また、構成員の要求に基づく教授会開催が盛り込まれたが、「教授会の開催を要求することができる」とされるにとどまり、要求を受けての教授会開催義務は、規定されておらず、やはりここでも学長の裁量の余地が見て取れる。

このような松尾学長による教授会規定の一方的な制定に対して、教員のあいだからは反発の声が相次いだ。教員有志や、複数の講座から、規定の見直しを求める意見書が立て続けに提出された。

(2)教授会規程制定に関する松尾学長の説明

さて、話を4月22日に戻そう。松尾学長は、4月1日に自らが教授会規程を制定した経緯などを説明した。

松尾学長は、大略次のような説明をした。「昨年度末、教授会規程案が否決された。できれば、昨年度内に再度諮りたいと思ったが、日程的に無理だった。万やむを得ず、法人法に則って、4月1日に教育研究評議会に諮り、教授会規程を作った。これで十分な規程になったとは思わない。ただし、昨年度末の分散教授会で出された要望は、可能な限り取り入れた。規程制定後も、有志、講座からいくつかの提案が来た。これらに目を通し、役員会で判断したが、ただちに修正・訂正することは考えていない。ただ、教授会規程のみならず、他の規程等についても、走りながら変えることはあるとおもう。皆さんの知恵を頂くこともあるかもしれない。トップダウンだけだとは毛頭考えていない。全力を挙げて、より良い大学に変えていきたいと思っている」。

議場は、相変わらず静まりかえっていた。それにしても、奇妙な話である。法人法に則れば、学長が一方的に教授会規程を制定できるらしい。やり方によっては、旧教授会規程を温存しつつ新年度の教授会で新規程を制定するという方法もあったはずである。しかし、無茶なことに、松尾学長は、4月1日、教授会規程を含む学内諸規程について、個々の規程の改正の要否などの吟味もなく、その全てを廃止する旨の規程を制定してしまった。まさに松尾学長が言明していたように、法人化により全てが「リセット」されてしまったのである。そして、4月1日になると、教授会規程を含め、誰がどこで作業して作ったのか、氏素性のわからない新規程がぞろぞろとでてきた。しかも、様々な規程の至る所にずさんな箇所が見受けられる。松尾学長は、法人化後の学長予定者の指名を受けた者の責任と権限において法人移行準備を専決的に進めると宣言しておきながら、その責任を果たしてはいないことになる。法人化した今になって「他の規程等についても、走りながら変えることはあるとおもう。皆さんの知恵を頂くこともあるかもしれない」というのでは、あまりに都合がよすぎる。

自らの挨拶と説明をすませ、3理事の挨拶も終わり、松尾学長は、足早に議場を去ろうとしていた。松尾学長の説明に対する質問は受け付けないとクギを刺されてはいたが、何人かの教員が質問を求めた。一人の教員が「事実関係の確認くらいはさせてくれ」と食い下がり、ようやく松尾学長がこれに応じた。昨年度の分散教授会で教授会規程案が否決された日、松尾学長が「空白ができるが、やむを得ない」と発言したことの確認を求めると、「話したこと自体は記憶にない。ただし、後から、長く空白を置くことはまずいと思ったことは覚えている」と答えた。また、先ほどの説明の趣旨について、「十分な教授会規程となってないから、いずれ修正する時もある、という意味か」と確認を求めると、「規程はパーフェクトではない。手をつける部分もあろう。これが完全とは言ってない」と答えた。この短いやりとりをすませると、松尾学長は、これ以上は問答無用とでもいうような雰囲気をにじませながら議場を後にした。

私たちは、教員との対話を拒み続ける松尾学長の姿勢に慣れっこになっている。しかし、この日は、新年度最初の教授会であり、新任教員も何人か出席していたはずである。彼らの目に、自らの任命権者である松尾学長の姿は、どのように映っただろうか。彼らが新しい職場に失望してしまわないか、それが心配である。

(3)教授会における規程改正案の可決

学長と新理事3人が退出した後、教育学部長は、教授会の開会宣言をやり直した。すると、教員から教授会規程の改正動議が出て、動議の支持者も現れた。教育学部長は、予定の議題をすませてから動議を取り上げると渋々約束した。予定の議題は、休学、退学などの教務関係の追認事項やそのたの報告事項などで、1時間もしないうちに審議が終了した。そこで、規程改正動議の成立を再度確認した後、改正についての議論に入った。

改正提案者は、規程の改正案について、改正理由とともに説明した。改正案の骨子は、(1)学部と大学院で一本化されている規程を二本立ての規程にする、(2)教員人事と教育研究予算に関する審議権を明確に保障する、(3)構成員の要求による教授会開催および構成員の議案提出の権利を明確に保障する、の3点であった。改正理由として、(1)については、学部と大学院はそれぞれ別の組織であり、構成員と担当部局長が異なること、(2)に関しては、最終決定が役員会で行われるにせよ、教育研究を直接担当する当事者がそれに関する重要事項を審議し合意形成プロセスに参加することは、何ら国立大学法人法にしないこと、(3)については、自律的な審議機関の構成員として当然の権利を保障すべきであり、教授会が他律的かつ恣意的に運営される余地を残すべきではないこと、があげられた。

提案を受けての審議において、先ほどの学長の説明をもってしても教授会規程を一方的に制定した経緯がはっきりしないから、教育学部長が説明すべきである、との発言があった。しかし、教育学部長は、自分の一存では答えられないと述べた。これに対して、それではこの教授会に対して誰が大学運営の説明責任を負うのか、と疑問の声があがった。そして、このこととの関連において、現規程では教育学部長を議案提出者としているが、 これを学長に改め、大学運営に関する説明責任を学長に果たさせるべきだ、といった意見も出た。これに対して、改正提案者は、「その問題は、次のステップで考えていけばどうか。とにかく今は、一日も早く教授会が適正に運営されるように、現規程に最小限度の改正を施して、まず第一歩を踏み出したい」と発言した。

投票の結果、規程改正案が賛成多数で可決・成立し、学部教授会が閉会した。引き続き開催された研究科教授会においても、同様の規程改正案が可決成立した。このニュースは、1週間遅れではあったが、4月29日付の毎日新聞朝刊(西部本社版)に掲載された。

次回の教授会は、5月27日開催予定である。規程改正に対する松尾学長の対応が
注目される。