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国立大学独立行政法人化の諸問題: 大学内行政


3/14 3/16東北大評議会:学長不信任投票の動議か大学内行政
11/30 教授会自治の復活と法人化へ向けての課題(名工大)学長の権限 , 国立大学法人制度の欠陥 , 大学の自治 , 大学内行政 , 法人化準備
10/08 “強権”学長に教官ら反発 名古屋工業大大学内行政
9/24  蔵原清人「国立大学法人と学校法人の比較検討」学校法人制度改革 , 国立大学法人制度の欠陥 , 国立大学法人法 , 大学財政 , 大学内行政
9/09 「衆議統裁」の蔓延学長の権限 , 荒廃の諸相 , 大学内行政
9/08 田中浩朗氏「15分間大学改革研究」を再開blog , 大学改革の提案ーー大学から , 大学内行政 , 法人化準備
9/08 独立行政法人問題千葉大学情報分析センター速報2003.9.8学長の権限 , 大学改革の提案ーー大学から , 大学内行政 , 法人化準備
8/19 共同通信8/19:教職員会議招集請求を棄却 学長解任めぐる訴訟 松山地裁人事 , 大学に関連する訴訟 , 大学内行政
8/05 室蘭工大の学長選考規則を巡る情勢学長の権限 , 人事 , 大学の骨組みの変更 , 大学内行政
8/02 藤田正一(北大前副学長)「「総長メッセージ」を読む」学長の権限 , 国立大学法人制度の欠陥 , 国立大学法人法 , 大学の自治 , 大学内行政
8/01 文部科学省高等教育局主任大学改革官の視点 学長の権限 , 国立大学法人法 , 大学の自治 , 大学政策 , 大学内行政 , 大学評価
7/29 読売新聞はいつまで情報操作を続けるのか?メディアの情報操作 , 学長の権限 , 大学内行政
7/27 朝日新聞、NHKなどの虚偽報道について[35年前も「東大総長の信任投票」は行われていない]メディアの情報操作 , 学長の権限 , 大学内行政
7/26 東京外大教授会が外国人学校受験資格許可要請を決議大学の自治 , 大学内行政
7/25 7.24東大臨時評議会の決議内容学長の権限 , 大学内行政

2004年03月14日

3/16東北大評議会:学長不信任投票の動議か

河北新報ニュース トップへの反発拡大 東北大学長の金銭授受問題

東北大の吉本高志学長が医学部長時代などに、公立病院から現金を受け取っていた金銭授受問題で、一部の学部から学長批判が高まっている。説明不足を追及し、信任投票実施や辞任を求めるまでに騒ぎが発展。・・・・・2月23日、工学部教授会後の懇談会で、吉本氏や執行部に対する厳しい意見が相次いだ。
 出席者は工学部教授の4割に当たる約60人。過半数が吉本学長の辞任や信任投票実施に賛成した。情報科学研究科の教授3人も信任投票を求める要望書を大学に提出。学長批判が噴出した。・・・・・ある教授は「政治絡みの行動ではない。評議会などで再三説明を求めても学長はだんまり。トップとして許されない」と強調する。・・・・・

cf: http://university.main.jp/blog/archives/000589.html

Posted by tjst at 03月14日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000567.html
他の分類:大学内行政

2003年11月30日

教授会自治の復活と法人化へ向けての課題(名工大)

名古屋工業大学 職組ニュース 号外13 2003年11月28日発行

教授会自治の復活と法人化へ向けての課題

名古屋工業大学職員組合 執行委員会

11月26日開催の教授会において、7月9日付けの学長声明は国立大学法人法成立に際しての附帯決議を踏まえていないので7月14日の教授会決定は取り消す旨の動議が、表決により、賛成122、反対68、保留10、無効0で可決された。この結果、柳田学長は辞意を表明し、議事半ばで教授会を退席した。

 本学が法人化に向けて乗り越えるべき課題の山積みされている時期に、学長の辞任という事態を迎えたことは極めて遺憾である。しかし、7月14日以降の法人化準備過程に照らしてみると、本学は、法人体制への移行という決定的瞬間に、構成員自らが直接に学長を選ぶことのできる最後の機会に遭遇し、その将来を自己決定できる幸運にめぐまれたとも言い得る。・・・・・

 本学が当面する課題は、大きくは二つある。第一は、学長選挙を公明正大に行い、このことを通して名工大の将来像を教職員が共有することである。第二は、学長選挙と並行して、法人化の準備作業を進めることである。この法人化の準備作業は、この間の学長専断体制に対する反省を踏まえれば、学長指名の委員ではなく、教授会において選出された委員から構成される各種委員会によって原案が作成され、教授会で議決する手続きが踏まれるべきであろう。

 国立大学法人体制は、経営組織と教育研究組織の分離を特徴としている。そして、独立行政法人の組織原理の機械的適用は、教育研究組織に対する経営組織の優位に結果する。しかし、正にこの点が国会審議で問われたところであり、大学の特殊性として教育研究組織を優位に置くことが附帯決議によって求められたものと言える。その保障は一重に、法人設計を現在の大学が自主的に行い得るところにある。臨時執行部と教授会には、この自覚の下に、必要なあらゆる手立てを講ずることが期待される。・・・・・

2003年10月08日

“強権”学長に教官ら反発 名古屋工業大

Mainichi INTERACTIVE edu-mail 2003.10.8
“強権”学長に教官ら反発 名古屋工業大

参考:
国公私立大学通信 2003.08.25(月)
【1】名古屋工業大学における「学長所信表明+学長信任決議」の経緯
  名古屋工業大学教官(選挙で選ばれた役職者)からの投稿 2003.8.23

Posted by tjst at 10月08日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000189.html
他の分類:大学内行政

2003年09月24日

蔵原清人「国立大学法人と学校法人の比較検討」

東京高等教育研究所検討会03/09/20(改定版)

国立大学法人と学校法人の比較検討

蔵原清人(工学院大学)

国立大学の法人化が行われることになった。これが多くの問題を含んでいることはすでに多くの方々から指摘されているとおりである。ここでは国立大学法人と私立学校の学校法人との制度設計と運用問題を中心に比較検討を行いたい。国立大学法人の発足・準備と平行して学校法人制度の見直しが進められている。私立学校関係者としては、国立大学法人の特徴を理解しておくとともに、現在の学校法人制度の長所と課題を十分把握して、学校法人制度の見直しに対処していく必要がある。


1、全体的問題
2、組織の比較
 1)学長(理事長)および他の役員の地位
 2)法人の機関
3、財政
 1)設置者の財政負担
 2)収益事業
 3)企業会計の原則
 4)利益等の取扱
4、国立大学法人の影響と課題

1、全体的問題

設立に関しては、国立大学法人は法律によって行われるとともに、必要な資金は国が出資するという点では、これまでの制度と大きく変わることはない。しかし法人制度としてみるとき、設置者としての法人と設置される学校とは区別がなく一体化している点に十分注意を払う必要がある。現在の学校教育法では、設置者と、設置される学校は明確に区別されており、その点で国公私立の間での差異はない。今回の国立大学法人制度はこの原則を崩すものであり、今後の学校法人制度の検討にも大きな影響を与えることが予想される。

 次に運用に関しては、中期目標を文部科学大臣が大学に示し、大学はそれに基づいて中期計画を作成して文部科学大臣の認可を受けること(期間は6年、通則法では3〜5年)、中期計画期間終了時の検討を行うこと(法第35条による通則法第35条の準用)、学長は文部科学大臣が任命すること(ここでは国立大学法人の申し出によって)など、かつてなく文部科学大臣の統制下におかれることになる。しかも職員は非公務員型とすること(通則法では国家公務員)などまったく身分的保障は与えられていない。大学内部においては学長のワンマン体制であること、経営協議会の委員の二分の一以上は学外者とすることなどである。


2、組織の比較

1)学長(理事長)および他の役員の地位

国立大学法人では学長の権限が著しく強い。すなわち学校教育法の定める学長としての「職務を行うとともに、国立大学法人を代表し、その業務を総理する」(第11条第1項)これは私立学校における学長とは異なり、理事長を兼務するものに相当する。しかし私立学校の理事長よりもはるかに権限は強い。

まず、法第10条では、「役員として、その長である学長及び監事二人を置く」とあり、同条第二項で「理事を置く」ことが規定されている。(別表に人数は規定)。理事の役割は「学長の定めるところにより、学長を補佐」することが中心である。「学長及び理事で構成する会議」(役員会という)が置かれるが、これは学校法人の理事会に相当する位置にあるが、権限の面では学長の諮問機関にすぎない。(以上、第11条)しかも任命は学長が行う(第13条)。このように学長は本来、代表権と決定権を持っている。

学校法人の場合は、「役員として、理事五人以上及び監事二人以上を置かなければならない」。そして理事のうち一人は理事長となる。(私立学校法第35条)この場合、代表権は第一義的には理事全員が持っている。その上で寄付行為によって制限することができる。理事長は「学校法人内部の事務を総括する」ことが基本であって、設置する学校に関しては限定された権限しか持たない。「学校法人の業務は・・・理事の過半数をもって決する」ことが基本である(私立学校法第36条)すなわち、学校法人の意志決定は理事の合議によるものである。この他、理事の選任に関しての要件が定められている。

国立大学法人の監事は、意見を出すのは「学長又は文部科学大臣」に対してであって、経営協議会などに出すことは規定されていない。これに対して学校法人の場合は評議員会に報告しあるいは評議員会の招集を請求することができるのである。後者は自治的に問題を解決する手順が保障されているが、前者では学長(理事長)が無視した場合は文部科学大臣に意見を出す他はないことになる。これは文部科学大臣が任命することになっている面からは当然といえるが、それだけに監事は自治的な位置づけが与えられていないといわなければならない。

学校法人の役員には選任条件として同族に関する制限がある。国立大学法人の場合は経営協議会に学外者を二分の一以上とするという規定だけで、何ら制限はない。

2)法人の機関

国立大学法人では経営協議会と教育研究評議会が置かれ、両者とも学長が議長になり主宰する。それぞれ審議機関である。したがって学長が決定するときにこれらの機関の決定により何らかの制限をするということは認められていないのである。前者のメンバーは委員といい、後者は評議員という。この呼称の違いの理由はわからないが、現在の全学評議会の呼称を引き継いだと思われる。

 経営協議会は学長及び学長指名の理事・職員(いわば学内委員)とこれまた学長任命の学外有識者よりなり、後者は2分の1以上でなければならない。つまり学外委員中心の機関である。これは、経営に関する事項、予算及びその執行、決算に関する事項、組織運営に関する自己点検評価に関する事項などを扱う。

教育研究評議会は学長及び学長指名の理事、主要部局の長、学長指名職員によって構成される。ここでは学内者が主体であるといえるが、理事は学外者でも任命は可能であるから(そもそも学長も学内者とは限らない)学内者だけで構成されるとは限らない。ここで扱う事項は経営以外の事項であるが、現在教授会で行っている事項を含む。

 学校法人の場合は、法人機関としてこのような2分法はとっていない。評議員会だけである。評議員会は理事長の諮問機関であるが、寄付行為によって議決を要することとすることが認められている。この場合は評議員会は決議機関となる。(これは学校法人によって財団法人的な運営をすることと社団法人的な運営をすることを自らの意志で決めることができることを意味している。

 これに対して国立大学法人の場合は財団法人的運営に限られているのである。これは国の財産を本質的には委託して運営させるという構想から必然的に帰結する制度設計であろう)しかし予算や組織、運営等に関わる事項も含まれており、学校法人の評議員会で扱う内容とくらべて非常に広く包括的である。学校法人の評議員会は財政的な問題、法人としての運営に関する事項であって、教育や研究の内容については当然であるが扱っていない。これは学校法人と学校法人の設置する学校は制度上区別され(人格の有無ではない)、学校で行われる教育研究に関わるものは学校の自主性が保障されているからである。

 学校法人で特徴的なことは評議員に卒業生を必ず含むとされている点である。これは実態として私立学校の運営やサポートには卒業生の力が大きく関わっているのであって、国などが財政的支出をしない以上、卒業生の関わる部分が大きな位置を占めていることの反映である。国立大学法人の場合は、単に学外者を含めるというだけで、実態的には大学の活動を大きく支えている卒業生を含めることの明文規定はない。

3)教授会の問題

国立大学法人法には大きなトリックがある。それは第1条の目的と第2条の定義の齟齬である。第1条では「国立大学を設置して教育研究を行う国立大学法人」とし、第2条では「この法律において「国立大学法人」とは、国立大学を設置することを目的として、この法律の定めるところにより設立される法人」としている。これは明らかに異なる定義である。すなわち第1条によれば教育研究を行うことも国立大学法人の業務に含まれる。

 第2条の定義は、私立学校の場合と同様である。私立学校法では、「この法律において「学校法人」とは、私立学校の設置を目的として、この法律の定めるところにより設立される法人」(第3条)とされている。したがって定義だけを見れば、国立大学法人は国立大学を設置する法人であり、学校法人は私立学校を設置する法人であって、この点には何ら齟齬はない。しかし国立大学法人法全体を見れば、国立大学法人は設置だけでなく、教育研究を行うことも明らかに業務として含まれている。

 このことがなぜ問題かというと、現在の制度は設置者と設置される学校を区別しているという大原則があるからである。これは「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する」(学校教育法第5条)とともに、教育研究は学校自体が責任を持って進めることを保障するための規定である。これは学問の自由、教育の自由を保障するための制度の一つといえる。特に大学の場合は教授会の自治の保障が問題である。

 学校教育法第59条では、「大学は、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない」と規定されている。このことと、国立大学法人の教育研究評議会の審議事項の中に、学則(国立大学法人の経営に関する部分を除く。)その他の教育研究に係る重要な規則の制定又は改廃に関する事項、教員人事に関する事項、教育課程の編成に関する方針に係る事項などなど(第21条第3項)は、まさしく大学にとっての「重要な事項」ではないだろうか。国立大学法人法では直接教授会についての規定はないが、こうした形で教授会の権限を制限しようとしていることに十分な注意が必要であろう。

3、財政

1)設置者の財政負担

先にふれた設置者経費負担の原則からすると、国立大学法人は設置者として経費を自ら負担するということになるのだろうか。この場合、国の財政支出は「法令に特別の定めのある場合」ということになるだろう。それとも国の支出が通例と考えるならば、国は事実上の設置者ということになる。この点では実態と法令の関係が大きな問題となる。

私立学校の場合、国庫助成の合憲性をめぐって今日なお議論が蒸し返されている。このことからすれば、国立大学についても国庫支出の是非について議論が起こる可能性を否定できない。あるいはその議論を回避するために中期目標の指示、それに基づく中期計画の承認が制度化されることで、「公の支配に属」す(憲法第89条)こととしたのかもしれない。しかしそれは大変見当違いの対応である。そもそも1条校は公教育機関なのであるから、それ自体で「公の支配に属」しているのである。

2)収益事業

学校法人の場合は収益事業を行うことができ、その利益を学校運営の資金として使うことができるとされている。しかし国立大学法人の場合は、会計処理において利益又は損失の処理の仕方が規定されているのであり、その事業全体がいわば収益事業となるものである。(法によって準用される通則法による)学校法人の場合は教育関係以外の事業も認められるが、国立大学法人の場合は教育研究の活動を通して収益活動を進めるということになる。これでは会計処理上、本来の業務と教育研究に関する業務の区別はつけられないだろう。

3)企業会計の原則

準用される独立行政法人通則法によれば、企業会計原則によるとしながら具体的な内容については何ら規定がなく、文部科学省令で定めるとされる。

4)利益等の取扱

国立大学法人法第32条第3項の規定によれば、「残余の額を国庫に納付しなければならない」とされている。私立大学の場合はそういうことがないのはもちろんであるが、解散にあたっても残余の財産は教育事業に使われるための手順が厳密に定められている。利益を還元することのないように、制度設計がされているのである。

 国立大学法人の解散は別に法律によって定めるとしており、何らかの理由によって国立大学法人が廃止されるとき、それまでその大学が使用していた土地建物などが他の国立大学などによって引き継がれるという保障はないのである。国庫に回収されることは十分にあり得ることである。この意味では国立大学法人はあくまでも国の事業としての大学の委託を受ける存在であることになるだろう。すなわち特殊法人型の組織である。

4、国立大学法人の影響と課題

すでに地方公共団体に関しては地方独立行政法人法が公布され、来年4月より施行されることになった。これにより公立大学の独立行政法人化が加速されるだろう。

 私立大学に関しては大学設置・学校法人審議会の小委員会での検討が進み、「学校法人制度の改善方策について」の中間報告が8月7日に出された。これは理事会の権限を著しく強めようとするものである。そしてあわせて教授会の諮問機関化が要求されるだろう。

 したがって日本の学校制度、特に設置者のあり方、設置者と設置される学校の関係が全面的に見直されることになる。それは大学における学問の自由と自治がどうなるか、教育行政との関係はどうなるかが注目される。そのなかで日本の大学と高等教育全体に関わる制度設計についての検討と提案が求められよう。

2003年09月09日

「衆議統裁」の蔓延

独立行政法人化政策が現実性を帯びた1999年以来、約百の国立大学の約千の部局の中で、反対決議をした部局 の数は十もあっただろうか。多くの大学の多くの部局長は教授会の議長として「議論は大いにしてもよいが議決はしない」という議事運営に固執したと推測される。

戦時中の大政翼賛会中央協力会議では「衆議統裁」と呼ばれる議事運営法がとられていた。これは「議論させるが最後は総裁がすべてを決定する」という方式で、約千名の部局長が法人化問題について採用した方式と全く同じものである。このような一糸乱れぬ挙動は中央からの何らかの指示なしにありえることだろうか。

なお、1924年生まれの若槻泰雄氏は「日本の戦争責任ー最後の戦争世代から」(原書房 1995 ,ISBN 4-562-02683-9) (2000年に小学館ライブラリーとして改訂版 が出る)の第9章「いったい学者、評論家たちはなんといっていたのか」(下巻p179)の中で、中学4年生の公民の時間に「衆議統裁」が日本独特のすばらしい制度であると教えられたとき「衆議統裁と部下の意見を良く聞く独裁者とどこがちがうのか、私は何遍質問してみてもどうしてもわからなかった。」と書いている。

「衆議統裁」のGoogle 検索結果はわずかに3件 であり、ほとんど死語だが、長(おさ)のリーダーシップの美名のもとで、「衆議統裁」は着実に現代日本の大学を覆いつつある。

なお、上の検索にある新藤久和氏(山梨大学教授)「QC7つ道具」 の最後のページで「十分議論を尽くして,最後はリーダの決断に任せるやり方を「衆議統裁」といいます.」として、「衆議統裁」を高く評価している。

2003年09月08日

田中浩朗氏「15分間大学改革研究」を再開

Movable Type を利用したページ:http://voice.kir.jp/kaikaku/

岡本真氏の旬刊メールマガジン Academic Resource Guide の169号(9月7日発行)の編集日誌 9月4日 より

2003年08月19日

共同通信8/19:教職員会議招集請求を棄却 学長解任めぐる訴訟 松山地裁

http://www.shutoken-net.jp/web030819_11kyodo.html

私立松山大(松山市)で青野勝広学長兼理事長の辞任を求める教
職員百十四人が、大学に対して学長解任規定の新設を議題とする「
選挙権者会議」の招集を求めた訴訟で、松山地裁は十九日、請求を
棄却する判決を言い渡した。青野学長に同様の招集を求めた部分に
ついては却下した。・・・・・」

2003年08月05日

2003年08月02日

藤田正一(北大前副学長)「「総長メッセージ」を読む」

(国公私立大学通信 2003.8.1)

中村総長にはまず、国大協臨時総会直後に「総長メッセージ」をホームペー
ジ に掲載されたことに敬意を表したい。本メッセージは大枠に於いて「国立大
学法人化についての国立大学協会見解」の視点を基本に、文科大臣の挨拶を解
説し、最後に本学の取るべき姿勢について述べたものであるが、総長自身の考
え方が見えなくも無い。法人化に向けて、大学の利益代表ともなる総長として、
発言できることはかなりの制約を受けると考えられる。自大学の不利になるよ
うな発言は控えたいと言うのが多くの大学長の思いであろう。が、言わざるを
得ないこともある。「国大協見解」に於いても、そのような思いが集約されて
いるような気がする。このような理解の下で「総長メッセージ」は読まれるべ
きであろう。私の独断と偏見による本メッセージの読みは以下のようなもので
ある。

まず、国立大学法人法を『国が設立し、責任をもって財政措置を行うことを前
提としている独立行政法人制度を活用しながらも、大学の教育研究の特性を踏
まえた基本的な枠組みを明確に位置付けた独自の法人制度であり、学問の自由
を守り、大学の自主性、自律性が尊重される制度である』と位置づけた文科大
臣の挨拶を額面通りに評価していることについて批判する人もあるが、これは
ここで大学としては額面通り取るべきで、特に後段「学問の自由を守り...」
については、このような「言質」を取ったことを記述しておくことは重要であ
る。 ただし、中村総長が何の疑問も主張もなく大臣挨拶を額面通り評価した
わけで無いことはメッセージ後段で、「学問の自由に基づく大学の自主性・自
律性が尊重される法人制度になるかどうかは、その運用の実際にかかわること
であり、...」と、最初の部分は文科大臣の挨拶文とほぼ同じ言い回しを用
いて、その実現にはこの法律の運用が重要であることを主張していることで分
かる。裏返して言えば、法律家である総長がこの法律は運用次第ではとんでも
ないことになるということを指摘していることになる。その危機感から国大協
も運用に付いての要請文を出さなければならなかったのであろう。国大協の構
成員が諸手をあげて大学法人法に賛成したのでは無いことは、「国立大学法人
化についての国立大学協会見解」に付帯されている40以上の小項目からなる
「国立大学法人制度の適切な運用について(要請)」にうかがえる。

 この法律の運用の重要性に次いで総長は「大学側がなすべきことは、自主的・
自律的に自らの改革を行っていくことであります。 」としている。法的制約
の中でも、学問の自由、大学の自治の幅を自ら狭めることなく、大学は主張し、
行動し、既成事実を積み上げ、この法律の「緩やかな運用」を定着させようと
いう主張と私は解釈する。法律の運用は多くの場合、前例が重要であり、でき
たばかりの法律では、これからの運用が前例となって行くのであるから、悪し
き前例を作らぬ様、細心の注意と、大学の主張を認めさせる努力が必要である。
大学法人法の問題点を指摘しつつも当面の現実的対応策としてはそのような手
に出るより他あるまい。

 驚くべきことに行政改革に端を発した今回の大学法人化論議には「大学にお
ける教育研究の質的向上」と言う大学改革に最も重要な視点が欠落していた。
経済窮乏の時とは言え、国立大学の統制強化や経営効率化、経済界への貢献を
主眼とするあまり、教育研究の質をおろそかにすることは、国家100年の向
後に憂いを残す。学問の自由を守ることの重要性とともに、このことについて
は私もインターネットや学内の会議等で3年前から何回か指摘してきた。大学
法人化の審議にあたった国会議員に対して送ったファックスでも主張してきた
が遂に法案には考慮されなかった。論議の終盤になって国大協も本学もようや
くこのことに意を砕くことができるようになったと見える。総長メッセージに
は、「法人移行の準備とともに、本学が従来から取り組んできている改革に
「新たな視点」を加えて、推進する必要があります。新たな視点のキーワード
になるのが、「真に学生のための教育」および「世界水準の研究」でありま
す。」と書かれている。国大協見解にもこれらのことが書かれている。この両
者の追求は、経営効率化を目指す今回の法人化の精神とは相容れないところが
あり、遅きに失した感があるが、大学の基本に戻って検討し、主張することが
必要である。そして、その(特に教育の)検討の中に、大学の最大の構成員で
ある学生の代表を加える必要があると私は思う。

 最後に、「部局の都合や関係教員の都合で、北海道大学として必要とされる
教育改革を 阻止しないことが肝心と考えています。」という文言は「部局の
自治」に基づいた大学運営に親しんだ我々にはかなり厳しい響きを持って受け
取れるが、また、「部局のエゴ」が本当に北海道大学として必要な改革を実行
する上で障害になってきた事実も見逃せない。また、これまでの大学運営の様々
な局面で、総長のリーダーシップが必要とされた場面は少なく無い。従来のよ
うな本学の意志決定システムでは総長のリーダーシップは極めて取りにくく、
即断即決の必要な時に機を逃してしまうことがすくなかったとは言えない。総
長が大学の総意を代表すると言うシステムでは、本学の総意集約のために相当
の準備がいる。行政の不意打ち的な手法には対処できない。また、本学として
戦略的に取り組むべき課題についても超部局で大所高所に立った企画が必要で
ある。部局の自治に基づくボトムアップのシステムはもちろん温存しつつ、トッ
プには責任の所在と、責任の取り方(リコール制等)を明確にして、必要な権
限を委譲することも必要では無かろうか。

以上、私の解釈が的を得たものかどうかは明らかでは無いが、総長のメッセー
ジを深読みしてみた。これから国立大学は猛スピードで法人化対応に走るであ
ろう。目先の利益に惑わされず、大学としてのあるべき姿をきちんと踏まえた
フィロソフィーのある制度設計としていただきたいものである。大学が法人化
の流れに抗しきれなかった主因は、このフィロソフィーの(主張の)欠如にあっ
たと私は思う。」
------------------------------
#(関連記事:渡邊信久氏サイト日記風雑記7/22「総長メッセージ」

2003年08月01日

文部科学省高等教育局主任大学改革官の視点 

『文部科学教育通信』2003年7月28日号 No.80 特別寄稿 
「国立大学法人法の成立の意義と今後の課題」
文部科学省高等教育局 主任大学改革官 杉野 剛

抜粋
大学界全体の運営革命も射程においていること
「法人化の意義の第四は、この改革が、国立大学にとどまらず、公立大学、私
立大学のマネジメントにも影響を与え、我が国の大学制度全体の活性化に繋が
る可能性を持つ、という点である。日本の大学のマネジメントは、設置形態の
違いを越えて意外なほど共通の課題が多い。過度のボトムアップ・システムに
よる硬直的・分散型の大学運営、社会に対する情報公開の意識の低さ、外部か
らの業績評価に対する異常なまでの臆病さ、大学のトップ人事や教員人事の閉
鎖性、教員以外のスタッフの能力を活かしきれない運営体制、等々。こうした
点で、国立大学の法人化が、大学マネジメント改革の大きなうねりとなること
を期待している。」

今後のリストラの責任は大学に
「法人化後は、学内での難しい意見調整や厳しい意思決定を文部科学省の査定
に委ねるという形で外部に責任転嫁することができなくなるので、組織の新設・
拡大、経費の抑制、不要ポストの削減といった学内資源の再配分の決定は、厳
しい反発を招く決断であっても、大学自身の手で決着をつける自主・自律の体
制を確立しなければならない。」

2003年07月29日

読売新聞はいつまで情報操作を続けるのか?

7月28日付読売新聞社説 [東大学長信任]「国立大に必要なトップの指導力

「大学紛争期以来の、事実上の学長信任投票である。」と始まる社説で、意図的としか思えない不正確な表現を使っている。「事実上の信任投票」という見出しは、「信任投票そのものが行われなかった」という事実を伝えるには余りに誤解されやすいバイアスがかかった表現であり、報道の正確さへの無関心を如実に示す社説である。NHKの報道、朝日の報道についての「誤報性」がすでに指摘された後で、同じ趣旨の誤報を流すのは意図的としか言いようがない。
- 朝日新聞、NHKなどの虚偽報道について[35年前も「東大総長の信任投票」は行われていない]
- NHKより巧妙な朝日の粉飾報道:東大総長の「信任」
- 東大評議会についてNHKが誤報

読売新聞は, 少なくとも大学問題については意図的な虚報を事あるごとに流し、国大協から正式に文書で抗議された前科 もあり、国立大学社会ではすでに全く信用を失っている。またやっている、としか評価されない社説であるが、一千万の人たちが読むのであるから、その罪は重い。実際には、読売新聞の「社内世論」とも齟齬のある社説であろう。少数の経営者が「読売新聞」というメディアを私物化しているのが現状であろう。

2003年07月27日

朝日新聞、NHKなどの虚偽報道について[35年前も「東大総長の信任投票」は行われていない]

[iken koukoku --- news041 ] 「意見広告」事務局
Date: Sun, 27 Jul 2003 09:47:18 +0900

24日に開かれた東大評議会について、事実に反する報道がなされています。
取材力・分析力の欠如によるものか、悪意によるものか分かりませんが、東大
の評議会について、簡単に次の2点を指摘いたします。

1 「国公立大通信」より

 その内容は、たとえば「NHKオンライン」によれば、
「東京大学は、35年ぶりに学長の信任投票を行い、佐々
木学長が信任されました。来年4月から国立大学が国立
大学法人に移行することを受けて学長の権限が強まるこ
とから、今後ほかの大学でもこうした動きが出てきそう
です。」とするものです。

これは、多くの人が騙されている点ですが、東大ではかつて一度も学長の信任
投票などということは行われたことはありません。
総長は教授会構成員の直接選挙で選ばれており、これを評議会が信任すること
などという事は本来の評議会の議事に全くなじまない性格を持っています。

ところが、だれがこの様な虚偽を流し始めたのか分かりませんが、佐々木総長が「信任
」を求めた時点で、「1968年以来異例の」という表現が出現しています。
1968年は、ご存知の通り東大紛争の大渦中でした。
10月に当時の大河内総長が学内混乱の責任を取って辞任し、急遽加藤一郎氏が8学部
長会議で「総長事務取り扱い」として選出されました。
選挙をしていないのですから、加藤氏が総長職に就くことなどできるはずもないことで
す。
これを評議会が取りあえず「信任」し、以後加藤氏は総長職を「代行」として勤めるよ
うになったのです。
すなわち、加藤氏は選挙で選ばれていなかったから、しかも当時の混乱した状況でただ
ちに総長選挙を行うことがまず不可能だったため、「代行」として評議会が認めたに過
ぎなかったわけです。
当時の報道に接していた方々は、テレビ・新聞などに「加藤総長代行」が盛んに登場し
ていたことを覚えていらっしゃるはずです。
ありもしない「35年ぶり」の信任投票などと述べることは、マスコミの取材力、調査
能力の乏しさを暴露しているだけの話です。


第二点についてはまた改めて、詳しいニュースを流しますが、東大職組の声明を次ぎに
掲載しておきます。

「評議会は信任投票を拒否!

評議会は「大学構成員の意見を十分聞きながら、最高意
志決定機関としての権能を有効・的確に発揮する。」こ
とを宣言!

 7月24日に開催された臨時評議会は、総長の要請した
信任投票を拒否し、所信表明にいう本学の状況を共通理
解としつつも、法人化に向けて、審議決定機関としての
自らの責任を全うする決意を表明した。

 東京大学職員組合は、評議会の見識を讃える。

 東京大学職員組合は、総長の所信における「包括的な
授権」の求めに対し「国立大学は、こうした状況におい
てこそ決然として民主的な大学の自治を守り通すべきで
はないのか」という訴えを各部局教授会と評議会に対し
行ってきたが、臨時評議会は「法人化に向けて、審議決
定機関としての自らの責任を全うする決意を表明する。」
と決議したのである。

 東京大学職員組合は、法人化に向けて審議決定機関と
しての自らの責任を全うする決意を表明した評議会決議
を高く評価し、東京大学評議会が、法人化に係る諸問題
を「大学構成員の意見を十分聞きながら、最高意志決定
機関としての権能を有効・的確に発揮する。」ことを期
待してやまない。」

========================================================= 「国立大学法人法案」に反対する意見広告の会 e-mail ---qahoujin@magellan.c.u-tokyo.ac.jp Web --- http://www.geocities.jp/houjinka/index.html =========================================================

2003年07月26日

東京外大教授会が外国人学校受験資格許可要請を決議

(共同通信07月25日) 外国人にも受験資格を 東京外大教授会が決議(7/26)

朝鮮学校などの外国人学校卒業生が大学受験資格を無条件で得られない問題で、
東京外国語大の外国語学部教授会は25日、文部科学省と池端雪浦学長に門戸開
放を要請する決議をした。

この問題では京大の部局長会議も今月、門戸開放が適当と決めたばかり。今回の
決議は大学独自の受験資格認定も促し、さらに踏み込んだ内容。東京外大は外国
語学部だけの大学で、教授会の決議によって学長も何らかの対応を迫られるとみ
られる。ほかの大学にも影響を与えそうだ。決議文は文科省の方針に沿ってすべ
ての国立大が受験資格を認めていない現状を「教育の機会均等に反し差別的」と
指摘。文科省に認定を求めたほか、文科省が応じない場合は「本学独自の判断で
受け入れるべきだ」と学長に要請している。

Posted by tjst at 07月26日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000036.html
他の分類:大学の自治 , 大学内行政

2003年07月25日

7.24東大臨時評議会の決議内容

東京大学職員組合サイトより:
http://www.ne.jp/asahi/tousyoku/hp/030724hyougikai.html
7月15日の総長の所信表明を受けて、これに応える意味で東京大学評議会は次のとおり
決議する。

1 所信表明で述べられている諸点、具体的には、下記の点について、評議会は同じ理解
にたつ。

1)国立大学法人化にともない、法人への移行作業は、従来の連続線上で取り組むことが
  できない多くの課題を抱えている。
2)法人化後も、東大憲章に則り、学問研究と教育において国際的に名誉ある地位を占め
  るという基本目標を堅持する。短期的視野に立って行動しない。
3)法人化後は、大学が資源の管理に直接責任を負うことになるので、法人の自立性を可
  能にする組織体を創り出す必要がある。
4)そのためには、総長のリーダーシップを確立することが不可欠である。
5)その中には、短期間に法人への移行を可能にするために必要な組織運営、人事制度、
  財務会計等に関する検討を深め、迅速で有効な意思決定を進めることを含む。
6)総長がリーダーシップを発揮するためには、一定の裁量可能な資源が必要である。

2 評議会は以上の認識を共有しつつ、法人化に向けて、審議決定機関としての自らの責
任を全うする決意を表明する。総長のリーダーシップのもと、必要な事項については、大
学構成員の意見を十分聞きながら、迅速、的確な決定を下していく。評議会は最高意志決
定機関としての権能を有効・的確に発揮する。

Posted by tjst at 07月25日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000034.html
他の分類:学長の権限 , 大学内行政