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国立大学独立行政法人化の諸問題: 学問の意義


2/04 フランスにおける科学者・研究者たちの闘い――「研究を救おう!」をめぐる三週間の動き意見広告の会ニュース , 学問の意義 , 研究者から社会へ , 大学の使命 , 大学財政 , 大学政策
12/24 抗議辞職した都立大四教授支持声明意見広告の会ニュース , 学問の意義 , 大学の使命 , 大学の自治 , 東京都の大学支配問題
12/22 国際政治学者と国際法学者の違いイラク戦争 , メディアの諸問題 , 学問の意義 , 国際問題 , 大学の使命
11/06 Message from Hikki: 数学教育の意義学問の意義

2004年02月04日

フランスにおける科学者・研究者たちの闘い――「研究を救おう!」をめぐる三週間の動き

「意見広告の会」ニュース93:1 フランス便り
Date: Wed, 04 Feb 2004 02:08:08 +0900
ニュースの配布申し込み,投稿:qahoujin@magellan.c.u-tokyo.ac.jp

1 フランスにおける科学者・研究者たちの闘い
    ――「研究を救おう!」をめぐる三週間の動き
西山 雄二(一橋大学博士課程:パリ第10大学博士課程)

「研究のための別の政策を!」「街頭に出よう、もう我慢できない!」、「研究がなければ、世界は止まる!」、「破壊者シラク、共犯者エニュレ〔研究担当相〕!公的研究の解体に否!」、「銭〔ペペット〕がないからピペット管がない!」、「セールに出された研究活動、ただ今値下げ処分中、何かもなくなってしまうよ!」「マクドナルドの国への頭脳流出!」――フランスで前代未聞の出来事、数千人もの科学者・研究者が街頭に降りたのである。

「研究を救おう!」の署名運動が始まって3週間後の1月29日、研究者と彼らに賛同する市
民たちがついに街路をデモ行進した。20ほどの研究者や高等教育教職員の組合、学生組合組織、若手研究者グループなどがパリ第7大学(ジュシュー)から首相官邸(マティニョン館)まで行進した。参加人数は約1万人(主催者発表。警察発表5000人)で、科学者・研究者のデモ行進としては最大規模となった。また、リヨン、マルセイユ、トゥールーズ、モンペリエ、ボルドーなどデモは全国各地でおこなわれた。

デモ隊列の最後尾には「喪に服した研究活動」の象徴として黒いバルーンが飛ばされた。社会党はデモ行進支持を表明し、党のナンバー2・ローラン・ファビウスも隊列の先頭を歩いた。彼は「私たちは科学者の職に関して、1000の研究ポストの創出を見込んだ暫定的な運営計画を実施したのに、現政府はこれを破棄しただけでなく、研究ポストをさらに削減したのです」と主張した。夕方、首相官邸に到着したデモ隊は、2002年度予算の即自払い込みなどを求める要望書を提出し解散したのだった。

「研究を救おう!」の抗議運動は2003年12月に遡る。2004年度研究予算の削減が決定されたとき、コーチン研究所のアラン・トロットマンは「研究所の悲惨な状況を前にして、パストゥール研究所の同僚とともに、研究者はもはや黙ってはいられない、屠殺場に連れて行かれようとしているのに私たちは背中を丸めている場合じゃない」と憤慨した。この68年世代の生物学者は、時を移さずして仲間とともに最初の文書「羊たちの沈黙」を起草した。17日、40人ほどの生物学者たちがコーチンに集まり、議論の末に研究者の集団辞職という手段が承認され、23日には、請願書の決定稿が研究部局あるいは研究チームの責任者たちに配布された。年が明けて1月6日までに、トロットマンは60名の部局長、90名のチーム・リーダーの集団辞職の誓約を確認していたという。こうして公開書簡「研究を救おう!」は7日に公表され、抗議声明の衝撃は生物学界だけでなく、あらゆる学術分野に伝わったのだった。

公開書簡「研究を救え!」はとりわけ、政府による基礎研究の放棄に対する苛立ちを直截に表明している。実用的で収益性のある応用研究は確かに重要ではあるが、それを支えているのはあくまでも地道な基礎研究に他ならない。経済発展、技術革新、学識の蓄積といった国際競争力にこれから国家が生き残ろうとするならば、国家による基礎研究は必要不可欠である。しかし、フランス政府は基礎研究予算を削減するばかりか、場合によっては過去の予算さえ凍結しているのだ。そして、さらに悪いことに、事態を改善しようとする政府の態度は極めて科学官僚主義的なものでしかない。政府が先導して、特別プログラムを組み、期限付きの委員会を即席で設置したところで、研究機関の混乱は悪化するばかりである。公開書簡は、科学行政に関して各研究機関の現場の声を優先させることをはっきりと主張している。

署名者たちがが政府に要求しているのは主に次の三点である。まず、凍結あるいは取り消されている過去の予算を研究機関に即刻支払うこと。信じ難いことに、財政難のため2002年度から大学・研究機関の一部への予算未払いが続いているのである。次に、2004 年度の550の研究ポスト削減案を撤回し、大学に教員および研究員ポストを相当数増やすことである。これは研究所で働く若手研究者の将来の就職を保証するため、また、アメリカやイギリス、ドイツなどへの頭脳流出を回避するためである。そして書簡は、フランスにおける新しい研究のあり方を特徴づける全国規模の討論会の開催を要望している。

第三点目の討論会の開催は興味深い重要な要求である。というのも、研究者たちは予算配分をめぐる駆け引きに終始するだけでなく、建設的かつ民主的な議論の場所を設けようとしているからである。彼らが前例として挙げているのは1956年にノルマンディー地方の都市カーンで開かれた討論会だ。生物学者ジャック・モノーらが参加したこの討論会は、科学研究を国民的威信の基礎であると同時に経済発展のための最優先条件とみなしていたマンデス=フランスが実現させたものである。そこでは、科学者や政治家、実業家、ジャーナリスト、一般市民が数日間にわたって意見を取り交わすことで、研究活動に関する政策方針が民主的に規定された。カーンの討論会は科学に立脚した近代化と学術における民主主義の関係を深く問い直し、60年代の科学研究の方向性を確定したのだった。この成功例に倣って、「研究を救おう!」の署名者たちは科学行政の舵取りを民主的に決定する討論の機会を切実に求めているわけである。

15日の時点で、既に12000人の科学者・研究者・大学院生が賛同の署名をしていた。理系の研究者に限らず、文系の研究者・院生の賛同署名も行なわれていることは言うまでもない。また、16日、ネット上で一般署名が開始され、数日間で署名した市民の数は30 00人を突破した。食料品店主、看護婦、法律家、不動産業者、船員、年金生活者、主婦、失業者……。23日までに、「研究者たちの行動を支持する市民リスト」には実に20000人の名前が集まったのだった。科学者の問題が研究所を枠組みを越えて市民社会に知られるところとなり、市民と研究者のかつてない連帯の輪が急速に広がった。「研究を救おう!」の文面にあるように、基礎研究の危機的現状を世論に理解してもらうという発起人たちの目的は短期間で達成されたわけである。それは、科学・学術研究の問題がもはや研究者の単なる予算配分の問題ではなく、自分たちの国の未来像をどう描くのかという社会的選択の問題として広く認知される過程だった。

研究者の怒りがメディアで頻繁に報道される中、クローディ・エニュレ研究担当相はラファラン首相と話し合い、執行凍結の解除を了承させた。そのほか政府は、「評価ミッション」による監査を実施し2週間後に予算「不足」問題に結論を出すと発表した。仏政府の統計によると、仏全体の研究開発支出はGDP比(以下同)2.2%と、日本(3%)、米国(2.7%)、独(2.5%)を大幅に下回る。ただし、日本や米国はほぼGDP比2%を民間企業に依存しているが、仏は1.4%にとどまる。一方で、公的研究部門の支出は仏が0.9%で前記三国を上回っている。仏政府としては今後、民間企業の研究支出を増やし、2010年までにGDP比2~3%の予算を確保する方針だとしている。

抗議行動に回答するため、エニュレ研究担当相は22日、研究者への書簡を研究省のHP上で公開した。彼女は、「2004年度の研究予算は3%増えている。首相が指摘したように、2004年度は研究施設予算は凍結も取り消しもしない。研究を支援する努力は2005年度も2006年度も継続される」、と政府の方針を支持した。また、「研究所の就職に適応性と順応性をもたらすために契約研究員という新方式を実施しているが、この方策は継続されるだろう」としただけで、結局、署名者が要求している科学研究をめぐる討論会開催の問題には一言も触れなかった。今回の大学問題はテレビやラジオ、新聞を通じて頻繁に報道されたが、ラファラン首相やエニュレが頑なな態度で、研究者のこのような集団辞職宣言は正当化されえないとメディアで発言する度に、科学者に賛同する署名者数はますます増えていった。

ところで、視点を広げて、EUレベルでの高等教育政策にも触れておきたい。通貨統合に成功し、現在は政治統合の調整に難航しているEUだが、教育に関する議論も着々と進められている。2003年2月、EU各国における高等教育の充実した協調関係を構想した資料「知識に関するヨーロッパの大学の役割」が発表された(2005年に正式に文書化される予定)。資料は「研究、教育、技術革新の交差点である大学は、多くの点で経済と社会の鍵を握っている」としながら、EU各国の高等教育の「根本的な変化」を要請している。資料では変化に向けた三つの改革条件が挙げられている。まず最初に、大学の資金問題である。アメリカが国民総生産の2,3%を高等研究費に注ぎ込んでいるのに対して、E U諸国平均は1,1%でしかない。民間の融資を拡充させてEU各国が研究資金を獲得することが必要となる。次に、卓越性(excellence)の条件を創出することである。各研究機関の自治を承認し、研究の効率性を称揚することで、研究者同士の専門性を高めることができる。最後に大学外への研究の公開で、これはとりわけ大学と企業の共同関係を想定している。この改革案を見ただけでも、EU各国が独走するアメリカの研究状況をライバル視しながらも、実は、効率性と自由競争にもとづくその産学共同体制を模倣しながら、アメリカに追従しようとしていることがうかがえる。フランスはこれまで独自の学術免状制度をとってきたのだが、EU各国と足並みを合わせようと、来年度から世界的に見て標準的な学士―修士―博士制度へと高等教育制度を改編しようとしている。つまり、巨視的に見れば、フランスさらにはEU各国の高等教育・研究政策は、アメリカがその強大な牽引力である学術研究の国際競争の渦中にあるわけである。

最後に、フランスの大学の全般的状況にも触れておきたい。来年度からの大学改革案として、2003年11月末、学士―修士―博士制度への改編が議会で議論された。全フランス学生連合(UNEF)は抗議行動に動員をかけ、実際に約30ほどの大学で示威行動が行なわれたが、全体的に見て反対の声はさほど盛り上がらなかった。というのも、既に15ほどの大学でこの世界標準の制度への移行が完了しおり、彼らは概ね、「大学人が主役の改革」と今回の制度編成に満足しているからだ。この制度改編の議論の後、今度は、「研究を救おう!」グループが明らかにしたように、大学の予算問題が表面化してくる。フランスの大学は深刻な財政難に見舞われており、いくつかの大学(ナント、ルーアン、ラ・ロシェル、ポワティエ)は2004年度予算の承認を拒否する意向を示している。教員や学生の団体も緊急策を打ち出すよう政府に訴えている。教員・研究者ポストの増設がないだけでなく、驚くべきことに、暖房費節約のために冬休み(2月末)を延期する大学(パリ第11大学)も出ているのだ。来年度からフランスの約半分の大学は学士―修士―博士制度へと切り替わるが、その準備予算も先行き不透明なままだ。さらに、上海大学が作成した世界の高等研究機関ランキングで、フランスの大学ではパリ第6大学がかろうじて65位にランクされたことも大学関係者にショックを与えている。その原因として指摘されるのが、エリート養成の高等教育機関グランドゼコールと一般の大学とのあいだの著しい格差だ。予算配分だけを見ても、一年間学生一人あたりの両者の予算格差は約二倍となっており、この教育制度の不平等性こそが先進国のなかでもっとも非効率的で不条理な高等教育の現状をもたらしている一因だろう。それゆえ、学士―修士―博士制度への移行によって大学間の自由で平等な競争が促進され、現在は無料同然の入学料をある程度増額し、これを大学運営資金として活用するべきだと主張する論者も出てきている。

デモが開催された29日の時点で、公的研究部門に携わる研究者10万4000人のほぼ3分の1 にあたる3万1000人の署名が集まっている。しかし、発起人の科学者たちにとっては剣が峰に立つ状況は相変わらず続いている。政府側からの納得いく回答が得られない場合、「研究を救おう!」の宣言通り、3月9日、国立保健医学研究機構(INSERM)の半数、国立科学研究センター(CNRS)の3分の1の科学者が集団辞職を実行することになっているからだ。学術的大混乱を回避するために、研究者の団体は引き続き何らかの行動を起こしていく予定で、早速、科学研究中央委員会の委員長たちとINSERMの同職者たちは30 日、行政任務に関してストライキを打つことを決定した。

産学協同体制に依存することのない国家による基礎研究の保護――「研究を救おう!」が明瞭に主張しているこの大原則は、自由主義的経済理念が牽引する現下のグローバリゼーションの時代においては、ますます純粋な響きを帯びて聞こえる。効率性と卓越性にもとづく経済競争が優先されるこの時代において、これは時代遅れの主張だろうか?

いや、少なくとも私はそうは思わない。集団辞職という絶対的手段に訴える科学者たち、これをメディアが大々的に報道し、世論が応答するというフランスの政治的共感の流れ――今回の運動を通じて確認されることだが、新しい社会的異議申し立てが到来するとすれば、それはつねに時代遅れの、だがしかし確かな歩調を伴なっているのだ。

<参考記事>
ル・モンド紙(2003年11月25日、2004年1月9、16、23、24、30、31日付)
リベラシオン紙(2004年1月31日付)
* 転載は自由です。

2003年12月24日

抗議辞職した都立大四教授支持声明

意見広告の会ニュースNo 76(2003.12.24) より転載


すべての大学人は都立大法学部四教授の行動を断固支持し、学問の自由を守る意志表示をしよう!


2003年12月23日

筑波大学 鬼界彰夫


 日本全国の大学で教育・研究にたずさわるすべての皆さん。石原都知事が強引に進めつつある都立大学の再編計画に抗議して四名の法学部教授が辞職されたことはすでにご承知だと思います。私もこの「事件」には強い関心を持って注目していましたが、新聞報道で伝えられる辞職理由が「トップダウンに抗議して」とか「健康上の理由」といった曖昧なものだったため、事態の真の意味を完全には理解しかね静観していました。しかし12月17日都立大で開かれた説明会の模様の報道を通じ、四教授の行動が学問の自由を守るための勇気ある行動であることを知り、彼らの行動を今断固として支持し、いかなる形においても彼らを社会的に孤立させてはならないと考えこのメールを皆さんに書いています。御一読頂き、それぞれの方が、学問の自由を守ることが自分の学者しての命を守ることであり、四教授の行動を支持することがそのために極めて重要であることを認識頂ければ幸いです。

我々はなぜ学問の自由を守らなければならないのか

 大学人に対して学問の自由の必要性を改めて説くのは、文字通り「釈迦に説法」のそしりを免れないことは十分に承知しています。しかしながらかつての「遠山プラン」に象徴される「社会のニーズ」という名のもとに為されてきた「大学批判」に対する大学人の時には迎合的な対応や、国立大学法人法に対する傍観者的態度は、大学は学問の自由を売り渡しても生き延びようとしているのではないかという疑いを起こさせるのに十分なものであり、それが典型的なポピュリストである石原都知事の今回の強引な試みを誘発する遠因となったと考えられるため、学問の自由の意味を再確認したいと思います。

 ある社会が学問の自由を尊ぶとは、その社会が真理(事実)を自体的価値として尊重し、他のいかなる重要な価値にも従属させないということです。他の重要な価値とは、「正義」、「階級」、「民族」、「宗教」、「民主主義」、「国民の福祉」、「社会のニーズ」等様々です。それらは当の社会が「是」として合意している建前であり、看板です。社会が学問の自由を尊ぶとは、ある問題に関する事実が仮に社会的是にとって一時的な後退を意味するものであっても、それを事実として認めようということであり、それを事実として探求し、公開する人々の活動を社会全体で支援しようということです。いかなる問題に関しても、「本当の所はどうなのか」ということを決してないがしろにしないということです。「都合のよい事実」を決して捏造しない、許さないということです。逆に学問の自由を抑圧するとは、様々な大義のために、「都合の悪い事実」の公開や探求を禁じたり、妨害したり、あるいは「都合のよい事実」の捏造を強制したり誘引したりすることです。従って学問の自由は決してファシズムによってのみ踏みにじられるのではなく、「社会のニーズ」や「国民の福祉」に対する自発的
迎合や追従によっても踏みにじられるものです。

学問の自由は知の専門家である学者の集団としての学問共同体の自律的活動と評価によってのみ可能である

 社会があらゆる判断の根底に真理を置き、「本当のところはどうなのか」を可能な限り追求しようとすれば、学者が探求を職業的に行う場としての大学と、ある事柄に関する真理が何なのかを判断する場としての学問共同体(学会)がどうしても必要です。例えば、ある歴史的事件の真相が何であるのかを知るためには、原資料へのアクセス、それを分析する能力、そうした活動を支える時間と資金が必要ですが、そうしたことは大学という探求の場を与えられた専門家としての歴史家にのみ可能であり、その問題に関して対立する様々な見解が存在する場合には、専門家集団の相互討議の場としての学会においてのみ最善の結論に達することが出来ます。そして本質的に発見的な学術活動はあくまでも学者個人の自発性に基づいてのみ可能であるため、大学で研究する学者の活動は当人の学問的関心、学問的価値観、学問的良心に基づいてのみ可能となります。言い換えるなら学者が自分で興味深く価値あると考える研究テーマを誰の評価も気にすることなく選び、自分の能力と良心にのみ基づき自分が最も真理に近いと考える結論をその根拠とともに社会に公表する、ことによってのみ可能です。他方、他の社会的に重要な価値のために学問の自由を破壊する最も典型的な手段とは、その価値を代弁する非専門家が社会を扇動し、学者の活動と判断を自らの支配下に置くことです。戦前の滝川事件、ソヴィエト・ロシアでのルイセンコ事件、そして中国の文化大革命、いずれにおいてもこの同じ手段が用いられています。そして今回の東京都の都立大再編計画も、本質的には社会をバックにしたかのような非専門家が「魅力ある大都市Tokyo」という(おそらく石原都知事以外の人間には)大して重要でも現実性もない価値に学者を従属させることにより学問の自由を破壊しようとする行動です。

石原都知事と東京都大学管理本部はどのようにして学問の自由を 破壊しようとしているのか

 2003年8月1日に発表された東京都大学管理本部の報道資料「都立の新しい大学の構想について」第二項は次のように述べています。

「新しい大学は、大都市における人間社会の理想像を追及することを使命として、特に次の3点をキーワードに、大都市の現場に立脚した教育研究に取り組みます。

1) 都市環境の向上
2) ダイナミックな産業構造を持つ高度な知的社会の構築
3) 活力ある長寿社会の実現」

 すでに様々な人によって指摘されているように、こうした大学像が現行の都立大全体の研究領域とあまりにも無関係で、ほとんどナンセンスなものですが、百歩譲ってこれが新設される大学であると仮定しましょう。その場合大学の設置者である都は大学がカバーする研究領域を自由に設定することは出来ます。例えば、大都市を多角的に研究対象とする、というように。しかしながら上記の文言は大都市の(よりはっきり言えば石原氏が知事を務める東京の)現実を肯定するような研究を暗に要求するものです。例えば大都市の環境が本質的に非人間的であり、都市はは出来るだけ小さくあるべきであり、従って首都機能も東京から移転すべきだ、という結論に研究の結果到達した社会学者がいたとして、その学者は上記の文言に何を感じるでしょうか。大学に残りたかったら研究テーマか結論のいずれかを変えろ、というメッセージでしょう。このメッセージこそが学問の自由の破壊の本体なのです。

 しかし都立大が直面する現実はもっと深刻です。形式は何であれ、「新生」都立大は新設されるのではなく、すでに自分自身の研究領域とテーマを持った多くの学者を抱える現行都立大の再編でしかありません。大都市と何のかかわりも無い研究をしている学者の感じる当惑と圧力は想像に難くありません。それが学問の自由の破壊なのです。例えば大学管理本部自身がホームページに誇らしげに報告している雑誌「ネイチャー」に掲載された石井助教授と片浦助手らの論文題目は「カーボンナノチューブにおける低温での朝永ーラティンジャー液体状態の直接観察」です。これはいかなる意味においても上記の「新都立大」の理念と何の内容的関係も無いものです。石原都知事と大学管理本部は自らが大学の目玉として広報しているこの優秀な研究者達をどのように処遇しようというのでしょうか。スターリン時代、学術論文の冒頭には論文内容と無関係に、この論文が如何に社会主義にとって有益かということが力説されていたといいます。石原都知事は同様の屈辱を学者に強いることを欲しているのでしょうか。

 このように学問の自由の破壊は常に学者に対する知的屈辱の強制という形をとって現れます。そして今回都によるそうした学問の自由の破壊を象徴するのが予備校への理念委託です。12月12日の東京都文教委員会で明らかになったように、都は再編される都立大の主要部分となる「都市教養学部」の理念設計を予備校の河合塾に3千万円で委託しました。大学で研究にたずさわる学者に対する知的屈辱としてこれより大きなものを想像するのは困難でしょう。明らかに石原都知事は都立大の学者に対して、プライドと学問的良心を捨てて自らの前にひざまづくことを要求しています。そして都立大における学問の自由の破壊を日本の社会と学者が容認するということは、早晩同様の運命が日本の大学全体を襲うことだといってもよいでしょう。

四教授の行動は「敵前逃亡」ではなく、「勇気ある命令拒否」だ

 同じ12日の文教委員会で自民党の山本議員は法学部四教授の辞任を「敵前逃亡」と呼び、彼らの社会的孤立と石原知事の免責を図るような発言をしています。しかしながら軍隊にたとえるなら四教授の行動は敵前逃亡ではなく、無抵抗の非戦闘員を無差別に銃撃しろという上官の不当な命令に対する良心に基づいた勇気ある命令拒否です。彼らが直面したのは学者としての良心を捨て、学問の自由を殺せ、という不当な命令であり、彼らは職を賭してその命令を拒否したのです。我々すべての学者は彼らの行動を支持し、彼らを決して社会的に孤立させず、学問の自由を守る大学の意志を広く社会に示す必要があります。責任を問われるべきは都大学管理本部と石原都知事です。

 これは団体行動の呼びかけではありません。一人一人の学問的良心に対する呼びかけであり、それぞれの身の回りで出来ることをする呼びかけです。彼らに対する応援のメール、東京都に対する抗議のメール、教室での学生への説明と呼びかけ、職を辞する決意をしなくとも我々に出来ることはたくさんあるはずです。ささやかであっても持続的な意思表示が最も大切ではないでしょうか。学問の自由は学者というカナリアにとっての酸素です。学者として命を保とうとするなれら、私たちは酸素を求める当然の声を上げなければなりません。

石原都知事による都立大再編に反対する人々への支援先

『都立の大学を考える市民の会』ホームぺージ
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/3113/index.html

東京都への抗議先

都民の声総合窓口 
https://aps.metro.tokyo.jp/tosei/aps/tosei/mail/koe.htm

大学管理本部の連絡先:

 〒163-8001 東京都新宿区西新宿2−8−1
 東京都大学管理本部長 山口 一久 
 03-5388-1615(fax番号)
 メールアドレス:S0000677@section.metro.tokyo.jp

2003年12月22日

国際政治学者と国際法学者の違い

[mathfp 939] (2003.12.22) より転載
イラク戦争と国際法 講師 明治大学法学部 小倉康久  記録 柳原二郎
2003年9月24日(水) 17:15‐19:00 千葉大学総合研究棟6階609号室

・・・・・私たちが、イラク戦争・アフガン戦争・9.11テロ などについて情報を入手する場合、テレビ、新聞などのメディアを通すことがほとんどだと思う。メディアに登場する学者や専門家のほとんどは国際政治学の方々が多く、国際法学の専門家はほとんどいない。そこでまず、国際法学と国際政治学の違いについてお話する。
 端的に言って、国際法学では「合法か違法か」を問題とするが、国際政治学では「妥当かどうか」を問題にする。
 たとえば、日米同盟があるから、北朝鮮の脅威があるから、あるいはフセイン政権が独裁的で人権を侵害しているからなどの理由から、イラク攻撃に賛成するのは妥当だったとか、妥当でないと、というのが国際政治学の観点である。
 これに対して、国際法学の観点では、米英のイラク攻撃が合法か違法かという問題になる。妥当性を強調しても、違法な行為が合法な行為に変わるものではない。もっとも、合法だからすべて妥当だというわけではないし、違法だからすべて不当だというのでもない。例外的に、法的には違法でも人権の立場から妥当だと見る場合もある。・・・・・

詳細:

小倉さんからのメッセージ

自衛隊のイラクへの派遣(派兵)が、現実のものとなってきましたが、
どちらの勢力(右にとっても、左にとっても)にとっても、
重大なことだと思います。
後に日本の歴史の転換点と位置づけられかもしれません。
そういうつもりで、日本国民は行動していかなければならないと思います。

追伸:記録を取って頂いた柳原先生には、よろしくおつたえください。

明治大学法学部  小倉 康久

############### 秋の数学会での講演録 ###############


イラク戦争と国際法
講師 明治大学法学部 小倉康久
2003年9月24日(水) 17:15‐19:00 千葉大学総合研究棟6階609号室

はじめに:イラク戦争の考え方と国際法の特殊性

私たちが、イラク戦争・アフガン戦争・9.11テロ などについて情報を入手する場合、テレビ、新聞などのメディアを通すことがほとんどだと思う。メディアに登場する学者や専門家のほとんどは国際政治学の方々が多く、国際法学の専門家はほとんどいない。そこでまず、国際法学と国際政治学の違いについてお話する。

端的に言って、国際法学では「合法か違法か」を問題とするが、国際政治学では「妥当かどうか」を問題にする。

たとえば、日米同盟があるから、北朝鮮の脅威があるから、あるいはフセイン政権が独裁的で人権を侵害しているからなどの理由から、イラク攻撃に賛成するのは妥当だったとか、妥当でないと、というのが国際政治学の観点である。

これに対して、国際法学の観点では、米英のイラク攻撃が合法か違法かという問題になる。妥当性を強調しても、違法な行為が合法な行為に変わるものではない。もっとも、合法だからすべて妥当だというわけではないし、違法だからすべて不当だというのでもない。例外的に、法的には違法でも人権の立場から妥当だと見る場合もある。

次に、国際法の特殊性に注意しなければならない。国内法では違法行為があれば警察が介入し裁判を経て処罰される。これに対して国際法では各国家は平等に主権を持ち、それらの上位に君臨し支配する超国家的機関がない。裁判制度も不備であり、国際司法裁判所もあるが、それが機能するのは関係双方が提訴に合意したときだけであり、裁判になることは少ない。さらに、裁判があって違法と認定されたとしても、処罰などの、法の執行は難しい。国内法と対比すれば、処罰などの規定のないのは法ではないという批判もあり、国際法は、法体系としてまだまだ未熟だと言わざるを得ない。

このように国際法は、なお甚だ不備なものではあるが、従来国家の権利とされていた戦争が、現在の国際法では禁止されているように、国際法をもっと発展させることが国際平和のために重要だと思われる。

イラク戦争に適用される国際法には、大きく分けて (1) jus ad bellum(ラテン語:ユス アド ベルム)、 (2) jus in bello(ユス イン ベロ)という2つのカテゴリーがある。

(1) jus ad bellum は武力行使に訴えることの規制であり、どういう場合に戦争(あるいは武力行使)が合法であるかを定めている。具体的には、国連憲章が該当する。この観点からイラク戦争の合法性が問題となる。

(2) jus in bello は、武力行使の方法の規制であり、国際人道法(International Humanitarian Law)(捕虜を虐待してはならないとか、一般市民を攻撃してはならないなど、武力紛争に際して残虐さを軽減し、人間としての尊厳を保護するために設けられた一連の国際法規の総称。1971年赤十字国際委員会がこの名称を使い始めた)、具体的にはハーグ陸戦条約、ジュネーブ諸条約、1977年のジュネーブ諸条約及び1977年の2つの追加議定書、対人地雷禁止条約などが該当する。毒ガスなどの化学兵器使用禁止(害敵手段)、放送局への攻撃規制(攻撃目標)、捕虜の扱いなどを規制する。 (1) による武力行使の合法性に拘りなく、(2) は守られなければならない。

I なぜイラクは大量破壊兵器(核兵器、化学兵器、生物兵器)の保有が禁じられているのか?

1 核拡散防止条約(Treaty on the Non-proliferation of Nuclear Weapons: NPT)
加盟国 188カ国(含イラク)、 非加盟は インド、パキスタン、イスラエル、(北朝鮮)など。

内容は
・米英仏露中以外の国の核兵器の保有・開発を禁じる。
・非核兵器保有国には、原子力の平和利用について技術支援が行われる。
・非核兵器保有国は原子力国際機関 IAEAの査察を受け入れる。
・核兵器保有国には、核軍縮交渉を誠実に行う義務がかせられる。

NPT6条 各締約国は、核軍備競争の早期停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下に於ける全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する。

2 国連決議

・安保理決議687(1990) 湾岸戦争の停戦条件として、大量破壊兵器(核兵器、化学兵器、生物兵器)の保有、開発を全面的に禁止する。

 以上のように二つの理由から、イラクは核兵器の保有が禁止されているのである。しかし、NPT や国連決議に違反したからと言って、即、武力行使が容認されるわけではない。

II イラク戦争の合法性 … jus ad bellum からの検討

1 国際法は戦争に関してどのように規定しているか?

(1) 基本原則 戦争を含めあらゆる武力行使及び威嚇の禁止(国連憲章2条4項)

国連憲章2条4項すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使をいかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

(2) 武力行使禁止の例外

a. 個別的・集団的自衛権(国連憲章51条)

国連憲章51条 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を取るまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。またこの措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く機能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

イラク戦争に関していえば、国連憲章は、武力攻撃の発生(an armed attack occurs)を要件としていることが重要である。潜在的な武力攻撃の可能性に対して、自衛権を発動するという、いわゆる先制的自衛(pre-emptive self-defence)は認められない。そのような例として、1981年のイスラエルによるイラク原子炉攻撃や、2002年9月に発表された米国国家安全保障戦略(テロには抑止がきかないから予め攻撃しておく、ということ)があるが、これらはいずれも合法とは認められない。

ただし、武力攻撃発生という要件は、損害の発生を意味するものではないから、損害が発生しなくても、攻撃の着手があった段階で自衛権を発動することができる。

 自衛権行使の要件としては、国連憲章の規定に加えて、慣習法や判例によって認められたものがある。それがその状況下で必要なものであること(必要性)、相手の武力に対し均衡しており、過度に大きな反撃ではないこと(均衡性)、攻撃された時点での措置であること(即時性)、従って、以前攻撃されたからと言って10年後に攻撃することは認められない。

b.軍事的強制措置(国連憲章7章)

安全保障理事会は、軍事力の行使を決定する権限を有している。

国連憲章39条 安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに国際の平和及び安全を維持し又は回復するために、勧告をし、又は第41条及び第42条に従っていかなる措置をとるかを決定する。国連憲章41条(経済制裁などの非軍事的措置)国連憲章42条 安全保障理事会は、第41条に定める措置では不十分であろうと認め、又は不十分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟の空軍、海軍、又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。

・軍事的強制措置が行われるまでの手順はつぎのようになっている

安保理による侵略行為の存在の決定→軍事的強制措置の決定→国連軍の創設→国連が軍事的強制措置を発動
☆朝鮮国連軍や国連平和維持軍などは、これに該当しない。

・湾岸戦争以降の慣行としては、安全保障理事会は個々の加盟国に武力行使を許可する権限を有するという説が主張されている。

c. その他の例外
・旧敵国条項(国連憲章53条1項後段、107条)、民族解放闘争、国内問題

・人道的介入【humanitarian intervention】… NATO 軍によるコソボ空爆

2 アメリカ・イギリスの主張(イラク戦争をどのように合法化しているのか?)

(1) アメリカの主張: 安保理決議678(1990)、687(1990)+自衛権に基づいて合法だという(フライシャー報道官の言明)。

(2) イギリスの主張: 安保理決議678(1990)、687(1990)、1441(2002) に基づくという(ゴールドスミス法務長官の言明)。1441の最後に「この問題に引き続き取り組むことを決定する」となっており、武力行使の決定は行われていないといえる。これが根拠薄弱なことはアメリカでさえも、この1441に依拠していないことからもわかる。

・これら米英の主張がいずれも根拠薄弱なことは、米英スが武力行使を認める新決議の採択を求めていたことからも明らかである。

※ ここで述べたことに関係する安保理決議について:
・安保理決議678(1990) … 湾岸戦争における武力容認決議 「その地域における国の平和と安全を回復するために、必要なあらゆる手段をとる権限を与える」

・安保理決議687(1990) … 停戦決議

・安保理決議1441(2002) … イラクの安保理決議の不履行を認定。

III jus in bello からの検討
1 国際人道法の概要

(1) 基本原則

a. 無差別攻撃の禁止
・無差別的効果を有する兵器の使用禁止
・戦闘員と非戦闘員を区別できないような戦闘方法の禁止
・軍事目標主義 … 攻撃目標は軍事目標に限定される(しかし軍事目標とは何かの定 義がなく、リストもない。放送局やダム、原発などは攻撃目標から除外されるべきだと思われるが必ずしも明白ではない。日本はジュネーブ議定書に加入していないが、危険な原発の多い日本は加入して欲しい、と私は思う)。

b. 不必要な苦痛を与えることの禁止

「不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器、投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト(ハーグ規則23条e)」は禁止されている。ここで不必要な苦痛というのは、兵器の使用によりもたらされる軍事的効果に比較して、その使用によって引き起こされる苦痛が大きいことである。

戦争の目的は、敵の軍事力を弱めることにあるから、その必要を超えて苦痛を与えたり、また将来に亘って苦痛を与えることは禁止されているのである。例えば、劣化ウラン弾は放射能が残って将来に亘って苦痛・損害を与えるものであり、またレントゲンでも見えないような材料で人を傷付けるものや、クラスター爆弾のように多くの不発弾をばらまくものもこの立場からは禁止される可能性がある。

兵器の許容性の判断は

i 人道法の基本原則と

ii 特定の兵器を禁止する条約(対人地雷禁止条約、生物毒素兵器禁止条約、化学兵器禁止条約、ダムダム弾禁止宣言など)

に則ってなされる。

(2) 国際人道法に違反した場合

・国家の責任
ハーグ条約(陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約) 3条 前記規制ノ条項ニ違反シタル交戦当事者ハ、損害アルトキハ、之カ賠償ノ責ヲ負フヘキモノトス。交戦当事者ハ、其ノ軍隊ヲ組成スル人員ノ一切ノ行為ニ付責任ヲ負フ。

・個人の処罰 国際刑事裁判所(ICC)、国内裁判所、国連の設置するアド・ホック裁判所(旧ユーゴ国際刑事裁判所、ルワンダ国際刑事裁判所)、戦勝国の設置する国際裁判所(東京裁判、ニュウルンベルグ裁判)などによって裁かれる可能性がある。

2 アメリカ・イギリス軍の戦闘行動

(1) クラスター爆弾、燃料気化爆弾、劣化ウラン弾等の使用

・これらの兵器の使用を明示的に禁止する条約はない。国際人道法の基本原則に照らして兵器の許容性が判断される。空中から広い範囲に爆弾を浴びせ、不発弾も多くて後々まで危険が残るクラスター爆弾(無差別的効果)、破壊力の巨大な燃料気化爆弾(無差別的効果)、後々まで放射能被害の残る劣化ウラン弾(不必要な苦痛)等は国際人道法に抵触する可能性がある。

(2) 民間人に対する損害

・軍事目標だけを狙うべきである。放送局しかも外国のそれ(アルジャジーラ)を攻撃するのは違法である。

・付随的被害 軍事目標のまわりの被害はある程度は許容される。
攻撃される側も、軍事目標のまわりの住民を避難させるなどの義務がある。

(3) 自爆攻撃

・戦闘員が戦闘中に敵兵士に対して自爆攻撃を行うのは違法ではない。しかし民間人に
扮して自爆攻撃するのは違法である。

(4) 捕虜のテレビ放映

ジュネーブ第3条約13条 捕虜は常に人道的に待遇しなければならない。抑留国の不法の作為又は不作為で抑留している捕虜を死に至らしめ、又はその健康に重大な危険を及ぼすことは禁止し、かつこの条約の重大な違反と認める。特に捕虜に対して、身体の切断又はあらゆる種類の医学的若しくは科学的実験で、その者の医療上正当と認められず、かつ、その者の利益のために行われるものでないものを行ってはならない。(2) また捕虜は、常に保護しなければならず、特に、暴行又は脅迫並びに侮辱及び公衆の好奇心から保護しなければならない。(3) 捕虜に対する報復措置は禁止する。

アフガン戦争で、連行されるタリバン兵士の映像が放映されたことはジュネーブ条約に違反する可能性がある。

(5) フセイン大統領の暗殺を目指す攻撃(個人の暗殺を目指すのは違法ではないか?)
フセイン大統領は、軍の最高司令官であるから軍事目標であり合法である。

2 戦闘終結後の米英軍のプレゼンス(駐留) 戦闘終結宣言後も米英軍はイラク領内に駐留し続けているが、国際法的に評価するとどうなるか?

・国際法的には、jus in bello の規定する問題で、軍事占領に該当する(ハーグ規則42条)。jus in belloはjus ad bellumにおける武力行使の合法性を前提としないのであるから、イラク戦争の合法性は前提としない。軍事占領は、武力行使の一形態として位置づけられる。

・軍事占領の場合、占領国にも法的義務が課せられる(ハーグ規則43条、ジュネーブュネーブ第4条約55条1項など)。占領地域の法令遵守、秩序維持、医療や食料の提供義務など。

ハーグ規則42条 一地方ニシテ事実上敵軍ノ権力内ニ帰シタルトキハ、占領セラレタルモノトス。占領ハ右権力ヲ樹立シタル且之ヲ行使シ得ル地域ヲ以テ限トス。 43条 国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ。ジュネーブ第4条約 55条1項 占領国は、利用することができるすべての手段をもって、住民の食糧及び医療品の供給を確保する義務を負う。特に、占領国は、占領地域の資源が不十分である場合には、必要な食糧、医療品その他の物品を輸入しなければならない。

IV イラク特別措置法、我が国の対応について

1 イラク戦争の合法性

特措法1条では、イラク戦争を「安保理決議678、687、1441 に基き国連加盟国が行った行為」として国連決議に基づく合法的なものとしている(米英とほぼ同様の理由)。

2 自衛隊派遣の法的根拠

受入れ国の同意なしに軍隊を派遣することはできない、のが国際法の原則である。しかし現段階では暫定政権も自衛隊受入れを表明してはいない。政府は安保理決議1483 を根拠としているが、これは米英軍を占領軍と認め、国際法上の義務、責任を果すよう要請したもので武力行使の合法性を承認したものではない(ジュネーブ諸条約、ハーグ規則の遵守を要請)。

3 自衛隊の武器使用

・旧政府残存勢力が自衛隊を攻撃することは、合法的な戦闘行為であり、これに反撃することは自衛あるいは正当防衛ではなく、同格の戦闘行為にあたる。

4 非戦闘地域と戦闘地域

・国際人道法上、旧政府残存勢力がイラク全土において戦闘行為を行うことは合法である。従って、非戦闘地域と戦闘地域の区別は、国際法上の概念ではない。

最後に、自然科学と法律について

私は核兵器、核軍縮の問題を扱っているが、兵器の性能などを考えるには自然科学者のご協力が不可欠である。また自然科学者も法律の枠内で生活しておられるのだから、法学者と自然科学者が緊密な関係を持つことは大切だと考えている。

参考文献

国際法学会編『国際関係法辞典』三省堂
藤田久一『新版 国際人道法(再増補)』有信堂高文社
藤田久一『戦争犯罪とはなにか』(岩波新書)
最上敏樹『人道介入 −正義の武力行使はあるか−』(岩波新書)
松井芳郎『テロ、戦争、自衛 −米国等のアフガニスタン攻撃を考える−』東信堂

質疑応答(質問に対する講演者の回答をまとめて書きました)

1(国連は無力だ、ということについて)

国連は無力だ、役に立たない、とよく言われるが、しかし何も無かった頃に比べれば僅かでも弱小国の意見が強大国の行動を掣肘するようになっている。国連を育てて行くことが現実的だと思う。

2(米英は、イラク攻撃は戦争ではないからにハーグ条約など国際法の制約を受けないと言っているがどうか、またイラク人の自爆攻撃が非難されるが法的にはどうか)

国連憲章では、戦争という言葉は使わず、「武力行使」という言葉を用いており、実際の武力行使を禁止しており、宣戦布告などなくても適用される。

3(イスラエル軍の自治区への侵攻と、パレスチナ側の反撃テロについてはどうか)

イスラエルの侵攻は明かに違法であり、パレスチナ側の民間人へのテロも違法だ。

4(違法な武力行使にも国際人道法は適用されるのか)

たとえ、国際法上違法な戦争であっても、武力行使である以上、人道法は適用される。

5(違法な戦争で被害を受けた場合、戦争を起した者に賠償請求できるか)

原爆は違法な兵器だとしてアメリカを訴えた人がいたが、日本の裁判所は「個人が他国を相手に賠償請求訴訟を起すことはできない。訴えはもっともだが、それは日本国政府がが代って請求する事項だ」として却下した(下田事件判決)。しかし、個人が戦争被害について国を相手に訴えられるかどうかについては、それを認める学説も存在している。

6(戦争裁判について)

 戦争犯罪が、すべて裁かれるとは限らない。特に、自国の兵士を、自国政府が裁くことは難しい。しかし、ベトナム戦争のときのソンミ村事件の裁判があるように、不可能なことではない。世論やジャーナリズムが重要になってくる。

7(劣化ウラン弾について訴えることはできるか)

 国際刑事裁判所には、メールなどでいろいろ訴えが来ているようだ。この問題は、可能性としては、国際保健機関(WHO) が国際司法裁判所に訴えることもできるだろう。

8(国連軍の行動について)

平和維持軍は軍事的強制措置ではない。受入れ国が同意してはじめて派遣できるのだ。

記録:柳原二郎

2003年11月06日

Message from Hikki: 数学教育の意義

Hikki's WEB SITE> Message from Hikki: 2003.10.30

数学教育の意義をこれほど平明に鋭く説いた著名人はいただろうか。

...... ここ数年アメリカで、費用削減の対策として音楽の授業をやめる学校が増えちゃったの。で、それはいかん!音楽を救え!という運動にテレビの音楽専門チャンネルのVH1も参加してるんだ。幼い頃から楽器を習ったり音楽を勉強している子の方が数学や他の勉強の成績が高いっていうデータがあるらしいんです。それすごく納得!数学の方程式を解いてて!「くそーなんじゃこりゃー難しい!けど面白い!絶対解いてやる!」って感じた時の脳のぴりぴり感、作詞している時も感じるもん。ほら、私がこよなく愛するSting は数学の先生の肩書きか資格?を持っているし、B’zの稲葉さんも確かそうだよね?

「こんなの学校以外で使わないじゃーん」とかぬかして数学をないがしろにする子はもったいないことをしてると思うなあ。好きな子を口説く時、ラブレターを書く時、はたまたロックンローラーかシンガーソングライターを志した時に、その脳の部分が働くかもしれないのにっ!......

Posted by tjst at 11月06日
URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000281.html
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