時事通信の記事の犯罪性

   2003年1月30日、独法化の法案提出が迫った頃に、時事通信社から以下の様な速報が配信された。いかにも大学の裁量が拡大するような見出しで、法案の通過を容易にさせる意図が見られる。現実にはしかし大学の教育研究の自由度は大きく抑制されようとしている。以下に時事通信の記事と、その批判文を載せ、現在のマスコミの悪しき世論操作を批判する。


大学の裁量、大幅に拡大=国立大学法人化法案で文部科学省

時事通信ニュース速報

   文部科学省は29日、2004年度にスタートする国立大学法人化の関連法案と制度の骨格を固めた。法人の長も兼ねる学長の任期(2年以上6年以内)や、非公務員型とする教職員の給与基準などを各法人が設定できるようにするなど、大学の裁量を大幅に拡大する。一方、文科相は、法人の業績悪化や職務上の義務違反などがあれば、学長選考会議の申し出により学長を解任できる。法案は各省との調整を経て2月下旬に今国会に提出する。 
[時事通信社][2003-01-30-05:11]


   上に示した記事がメイリングリスト(he-forum)を通じて配送されたが、これまでの長い独法化の経緯を見てきた者として、余りに現実と違いすぎる記事に驚き、反論を書かずに見過ごす事はできない。
   法案骨子を見ても、現在検討されつつある各大学における中期目標・計画などを見ても、大学の学長・副学長によるトップダウンは強まり、学部教授会は教育のみに議題を限定されようとしている。
   一部管理運営の上層部の運営権限(学長選出などの手順)は確かに拡大されようとしているけれども、大学の本来持つ研究・教育活動の自由の面でその権限が拡大しているかが最も大きく問われなければいけないだろう。この重要な点が時事通信ニュースには、全く欠落している。更に学長といえども経営と活動を完全に行政に管理され、その結果によっては解任されるという一文が明記されているのであるから、裁量の拡大とは全く言えない事は誰の目にも明らかである。 

   時事通信のいう裁量の拡大と言うのは、大学が一般の会社と異なる「研究・教育」という部分を完全に視野からはずし、昨今会社でも行われている身分・賃金条件に(悪しき)規制緩和を持ち込み、それを道具に一定の方向に学問を歪めようとする「意図」を故意に除外して書かれた「裁量の拡大」でしかない。
   上記の意図を知らない一般読者は、全ての面で裁量が拡大すると早合点するであろう。かくして書かない部分で、世論を誘導する極めて悪質な世論操作の意図が実現される。
   先日、私はある町立博物館を訪問し、その館員と国立大学の独法化について話をした。その際にその館員は、「大学に政治が介入する動きなど ほとんど知りませんでした。私の新聞の読み方が悪いのでしょうね」と言っていた。しかし現状では、新聞を読めば読むほど「ものの見かた」は歪むことになる。たとい多忙でも、事情を掴んでいる大学の教員の責任は重い。
   一方で、マスコミは、現場が声を出せ」「守旧派」といわれても学問研究を守れ、という記事を発信している。記者が違うのか、同一記者がこのように異なる記事を書いているのか、不可思議である。
(蛇足)  最後に、時事通信の最後の文章の主語は、「法案は」であり、述語は「提出する」となっている。英語を日常的に書いている筆者からすると、日本語というのがここまで許容範囲が広いのか疑問である。


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