-
政治家がきちんと理念を示さないから、官僚が適切な制度を構築できない。官僚が適切な制度を構築しないから、現場はその得失を巡って混乱する。大学の民営化や大学間の競争については、検討すべきであるが、競争には目標とルールをきちんと設定しないと、ただの喧嘩になる。もし、我々がこの(明らかに)つまらない理由で押しつけられた制度を受け入れるなら、結局、政治家の怠慢の結果としての混乱を多くの学生や未来の研究者に垂れ流すことになる。断固として受け入れるべきではない。
- 他の先進国における大学教育と日本のそれを比べると、他国に行きたくなる。カリキュラムに問題あり。日本の大学は、教育面において明らかに他国より劣っているのではないでしょうか。
- 私は基本的にアンケートは嫌いである。今回はやむなく行ったが、アンケートは各設問に自分の思考が束縛される、またそのような設問になっている、からである。この「自由意見」のコーナーもおかしい。独立行政法人についてのアンケートだといっておきながら,「。。に限らず、何でも構わない」というのはおかしくないか。これは思考の自由とは程遠い。私は,思考の自由を束縛するものはすべて悪であると考えている。今回の独立行政法人案に胡散臭さを感じるのは、基本的にこの問題の出方が人間の思考の自由を無視していると感じるからである。現在の大学組織も思考の自由を必ずしも保障していないという側面はある。大学人も思考しているのかどうかわからないような状態で日常化しているのかもしれない。変わらなくてはいけないものはたくさんある。今風に言えば、大学も進化しなくてはならないのだろう。しかし,一方で「改革,改革」といって,すべて中途半端に終わるような改革にはうんざりしている。総合大学の場合は,組織が肥大化しすぎていることは事実だ。組織としては、そこを何とかしないといけないのではないか。また、学生の才能を見つけ、本人がそれをのばすのを手伝う,というきわめて重要な仕事を大学は行っている。私は,ひとつの町を作るとき,大学と病院をまず作るべきだと思っている。他は,現場で必要に応じてできていくものだと思っている。つまり,もしも国家というものが国民に利益を与えることができるとすると、大学と病院を国がきちんと作る,という発想が重要だと信じている。しかし,このような考えを国民が共有しないなら、つぶれるのも仕方のないことである。大学,とりわけ,国立大学が必要かどうかを国民に問うべきである(国民とはマスコミを意味しない)。
- ともかく日本人は評価が下手で、評価という名を借りてさまざまな取引を行うことが大学でも横行している。評価するならば、その評価機関と評価そのものを評価する仕組みを作らなければ意味がないどころが、もっと悪いことになる。北大でもセクハラ防止のガイドラインを作ったようだが、それを逆手に取って、自分の講座がセクハラに対して努力しているということを宣伝するために、女性にその証拠作りの協力を求めるという新たなセクハラが生み出されている現実を見ても、日本人のうちでも評価評価と騒いでいる連中こそが、が評価というものをただの取引材料としか考えていない感覚が如実に現れている。
- 今の大学の入試制度は間違っていると思う。北大も95年度以前の理ⅠⅡⅢ方式に戻してほしい。そうしないと学生の意欲は今後衰退していく一方だと思う。その上独立行政法人化なんてしたら日本に未来はない。
私は、株式会社北海道大学にするといいと思います。つまり、完全民営化に賛成です。民営化することによって、無だが省かれるでしょうし、効率的な経営が進められると思います。当然、それによって、授業料が高くなったり、研究費が出なかったりするでしょうが、それは、甘んじて受けるのがこれからの社会なのではないでしょうか。現在、昼休みに事務室がしまっています。更に、午後5時には、事務員が帰ってしまいます。これで、講義を受けている学生はいつ、事務室にいけばいいのでしょうか、。これが改善されるなら、少しくらい授業料が高くなってもいいです。
- 今、改革を叫べば善、変えないのは悪との風潮が強く、これに逆らうのは難しい。結果の見えない改革を続けて無駄なエネルギーを使うより、貝となって教育・研究に徹する方が将来に残るものが生まれるようにも思える。
- このアンケートは設問が抽象的に過ぎる。二者択一が不可能な設問で白黒を要求する設問が多い。
- 日本は、「大学」という名の機関が多すぎる。だから、話が複雑になる。この際、「私立の大学の名に値しない」「大学」を整理する好機だと思う。その上で、「真の」大学をどうするかを考えるべき。
- 改革すべきは大学の教育機関としての部分と研究結果を産業に生かせていない部分である。リストラブーム?にのって人員削減すること、経費削減することが改革だと思っている馬鹿どもの言うなりになる必要はない。大学とは研究機関である。教育や産業への還元はその二次利用にすぎない。教育や産業のために研究活動を縛るのは本末転倒であろう。
- 政治のいい加減さにはただただ驚かされる秤です。政治の愚に対し、ちゃんとした大学の在り方の理念を社会に訴える必要があると思います。学問は何故必要なのかという本質的なことを理解し訴えていかない限りどちらに転んでも表面的な解決にしかならないと思います。政治家あるいは一般国民に対しそれらを訴えても彼らが理解できないとすれば結局彼らを輩出してきた大学自身の教育がうまくできていなかったことを示しているのかもしれませんが、
- 財政基盤の確立なしに、自治も自由もなく、「評価」に同意しない自由も担保できない。現在、財政は全面的に国に依存している。その結果、(私の関係した範囲内の)会議では、理念や理想や方策を検討するよりは、文部省の(少数の担当者の)意向を忖度することに、多くの労力がさかれているように思える。単に意を迎え、取れるものは取ろうという態度である。これは、現制度によって生じたことであって、もちろん当事者にとって当然の行動というべきであろう。独立行政法人化によって、以上の状況は本質的には変わらないと思われる。(この状況を変えようと考え出されたものでない以上当然かもしれない。)従って反対。以上の理由よりわかるように現状にも反対。10の2にたいする補足。個人の競争を第一義とする社会は好きではないが、行政府を含めた機関、団体の競争する社会は好きという意味。国という行政府も、自治体という行政府も、福祉団体も、(ちょっと身勝手か)教育機関も競争する社会。従って設問がこの意味でない場合は「嫌い」に変えてください。
- (1997年入学学生)何でも構わないのですか?では大学全般についてこんな感じの意見(不平不満)を・・例えば先日、下宿の広間にて、学生に自覚を!とか、高等教育を守れ!などというが現実に大学側は何かしたのか?進級単位には当該学科の単位しか認めないようなガチガチの枠つくっておいて何ぬかす?「楡陵祭のオールナイト開催は、問題、事故が夜に集中しているから認められない」だの、なぜそこまで気を遣ってもらわにゃならん?おとなしい祭りがそんなに好きか?馬鹿共め!「強行開催したら大学の敷地貸すのやめます」なんて、交渉のしかたも汚く稚拙じゃないか、そんな、「貸して頂く」場所に誰が愛着を持てる?法的論拠を持ち出しちゃあお終いでしょう、30年前なら嵐が起きてるね。「ほーら現実は厳しいぞ、理想はゴミだぞー」と言われてる気がするが被害妄想かね?人員削減でジムジム(事務)潰れるのはイイかもね?・・・などなど、出てきた台詞を発端に深い話も浅い話も、延々続くのでした。自分は活動家でもなければ特定思想も持っていないです。情けないけれど、分類上、考えと行動を結び付けていない「愚痴家」の類です。でも同様の連中が集まると色んな価値観からの主張が浮き出てきて結構白熱するものです。しかしこの問題については、変化後の大学や変化自体よりも「今の」大学への嫌悪感や不信が強すぎて話が進まなくなるのです。最後に、このアンケート中に「使命」とか「将来」などの言葉がありましたが、これでは受け手の解釈や重要に思っている点の違いから、回答のニュアンスも違ってくるでしょう。質問の仕方に抽象的な所が多くないでしょうか?統計が価値を失ってしまいかねません。また、10(2)のような質問には誘導の匂いが感じられて不快でした。社会全般を引き合いに出してくるのは如何なものでしょう?以上です。
- この問題に関しては関心はあるのですが未だ不勉強で明確な考えを持てない状況です
- わたしは、学生としての立場から、学部等の事務手続きを見ていると、もう少し効率化できる部分があるのではなかろうかと思われる点が多々ありました.大学構成員の個々人が、自身の仕事等に専念できる環境としての大学、高等教育機関が望まれるべきものであるなら、多少の改組は、必ず必要になると思いますが、中期目標期間が 5 年であると、大学に入学して大学院にはいった頃に、環境が変わってしまう可能性があります.教育機関として、そのようなことがないことを望む限りです.
- ヒューマニズムの精神を死守するためには、企業的利潤追求思想に塗れた独立行政法人は断固として反対するべきである。もし、国立大学が法人化すれば、S学会のD氏あるいはS教のA氏のような、トップが欲望を剥き出しにして、本来のあるべき目的とは無縁の屑となるだろう。中身(学問の場としての)は何よりも尊いのではないだろうか。 私は私立大学に学部時代在籍していたが、もう志村けん的なおもしろいがなにも残らないような空疎な運営が多々なされ、新学部ですらお山の大将の相撲大会という情けない有様であった。クラーク博士に荒んだエルムを披露することのないよう、今こそ忌憚なき議論を生徒・職員がぶつけ合い、学問ひいては日本文化の完全消滅を阻止する時である。皆が大志を抱けば、必ず悪夢の襲来は防げる。何も知らぬくせに過激な雑文を書いてすいません。要は、独法化反対に応援・支持します、ということです。。
- 最初の「考える会」のときに言いそびれたのだが、たぶん組合が立てた物だと思う「職員の首切りにつながる法人化反対」という看板を見かける。今回の法人化は目的が真の改革ではないということが問題なのであって、もし本当に改革につながるのであれば首切りもやむを得ないと思う。そういう立場からすると、あの看板は大学人が自らの保身のために法人化に反対していると取られる表現であり、反対運動の足を引っ張る物だと思う。
- 8.の議論のあり方に対する答えの項目に失望した。学生の意見を聞かずして、大学改革も高等教育もへったくれもない。「大学の自治」っていうのは、大学を構成する人すべてが、それぞれの立場で意見を言い、民主的に決定することだと思う。現在の大学の一番の問題点は、学生が声をあげられるシステムが存在しないことだ。その結果、あらゆることが大学当局や教授会と行った学生の手が届かないところでおこり、教官と学生の間に隔絶が起こり、授業が形式的で教員も生徒もやる気がなく、しかもそれをそれぞれがそれぞれのせいにして改善しようとしないという状態を生み出すのであろう。この意識を改革せずして、大学改革もへったくれもない。それとも教員のかたがたは、大学改革でより教員が研究に没頭できる大学を造りたいのだろうか?だったら大学などと名乗るのは金輪際やめて、すべて研究所にでもすればよろしい。もしそういう大学がお望みなのであれば、たとえ独立行政法人化してもそこには大学を教育機関として位置づけているのでその方が一向ましである。
- 教育・研究に携わる職員は声を出すべきと思う.その機会を多く設定すべきと思う。このアン−ケーとで多くの意見が集約されること願っています。また、若い世代の学生、研究者、職員の声が聴きたい。
- 学生の立場から言わせてもらうと、「学費が上がるのはいやだ。研究費はたくさん欲しい。」というのが本心です。独立行政法人化は国の予算減らしの一案以外の何者でもないような気がします。結局しわ寄せが行くのは弱いもの(学生、大学職員など)なのですから、もっとよわいもののことを考えて欲しい。
- 結構長いアンケートでした。作られた方は、お疲れ様でした。
- アンケートフォーマットの作成ご苦労様でした。今回、外圧によって大学内の問題を必死に討論する機会を得たことは貴重です。この機会にやるべきことは、大学人一人一人に考えさせることだと思います。
- 国には、国会で十分な審議をしてほしい。独立法人化問題は国立大学だけの問題ではなく、日本での教育や研究の在り方を変える問題だと思う。広く国民の間で議論が沸き起こるようにさまざまなキャンペーンをはってほしい。
- 確かに問題の多い独立法人化だが、その問題点を言う前にまず、われわれの大学は予算を有効に使えているのか、みつめ直すべきだと思う。学生のコンピューター機器の無駄遣い、授業料など、人様の労働からのお金で勉強させてもらえているという意識がまるで足りないと思う。(その意識があれば留年などできないのではないのか。) それとこういった問題の場合、どうしても「七大学は大丈夫だろう」という意識があるのではないか。北大の先生方のように必死で取り組んでいただきたい。
- 1.独立行政法人化の問題は、日本の長い歴史をもつ国立大学の制度をどうするかという、非常に大きな慣性をもつ問題であると思う.このような問題を、十分な制度の問題点の総合的.多角的な点検と、制度変更の結果起こり得る事態の推測と評価なしに、慣性が小さく問題を残さずに試行が可能な問題であるかのように,「実施してまた悪ければ変えればよい」あるいは「部分的に悪いところがある(例えば、講義に熱心でないなど)から変えた方がよい」などという意見は取り返しがつかないという意味で危険であると思う.2.独立行政法人化の問題のように、その内容の輪郭がはっきりしないまま進行していく問題に対する評価や判断の根拠は、政治家,政府や文部省に対する過去の実績に基づく信頼や評価が基本であり,論理的な整合性や可能性では輪郭がはっきりしていない以上埒があかない.個人的には、大学の自主的改革案が、いかに表面に出ない「文部省折衝や担当係長の一言」で没にされたり、まったく変質させられたりしてきたのを見てきているので、文部省を信頼することはできない.辻下さんの公開質問状に対する藤田さんの回答の中に、「文部省は国大協以外、個別大学やましてや任意団体や個人の意見など聞く気はない」ことがはっきり出ていました.したがって,方向の選択は当面は、文部省を信頼しない前提で防衛的にならざるを得ない.「学術法人」のような問題の検討は、出来れば「特例法」など行政法人化の枠内での動向とカップルしない形で行われるのが望ましいと思います.事態がはっきりしてからではなく,同時進行すると戦術的には上手の政治家・官僚に「条件闘争の内容問題」に持ち込まれ、中身をすりかえられ追い込まれる恐れがあると思う.3.大学自身の問題としては,ある学部や部局の利害や存続に関わる問題でも,全学的に論議し方向を出せるようなシステムを作らないと、今のままでは自主的改革の展望は開けなく,外からの批判に答えるのは困難であるように思う.
- 独立行政法人化問題のことをもっとわかりやすく説明してもらえるものがあればいいと思う。(たとえば漫画を使うなど)
- 独立行政法人化問題は国立大学がかかえる問題を多く含んでいると思います。私が所属している理学研究科のように直接社会に貢献することがあまりないような研究を行っているような研究科はおそらく独立行政法人化によって不利になってしまうので、どの研究科も短期間で業績がでるような研究に偏ってしまう傾向がでてくると思われます。現在でも企業と結びついた研究をおこなって多くの研究費を得たほうが有利であるという傾向はあると思います。ただ、いずれにしても国立大学は改革が必要な時期にきていることは確かだと思います。大学というのは閉鎖された環境なのでどうしても社会からかけ離れてしまうのも事実だと思います。ですから外部からの干渉は恐らく必要でしょう。しかし外部からの干渉だけでは前述したような危険性も生じると思うので、大学として絶対に譲れない線を明確に打ち出す必要があるのではないでしょうか。
- 教職員の意見が殆ど聞こえない事が、問題の深さを感じさせる。国が決めたことには、逆らえないという雰囲気が感じられ、独法化反対の意思表示が出せない今の状況を考えると、大学の自治が絵そらごとに見えてしまう。国の政治の失策とその莫大な借金のつけを国民に押しつける無責任な今の政治に21世紀の日本の教育がさらに一層翻弄されることを心配している。
- アンケートに選択肢が少ない。
- 競争原理による効率化、あるいは即効性重視の研究は、ある程度、私大に任せてよいと思う。学問には、一見無駄に見える時間を使って、ゆっくりとやれる場も必要だと思う。そういう場として国立大学が必要だと思う。
- 学問ははやりものではない。そのために、時には無駄とも思える事も続けなくてはならない。大学という機関は、外部からの影響を受けずに内部での、政治的かつ思想の自治を守るべき義務があるはずである。この教育の基本理念を棚に上げて、大学の行政を変えようと言うのはおかしくは無いだろうか。法人化をすると言うことは、大学がその自治を失うことと同じ意味を持つと思われる。法人化によりどの様に大学が変わろうと、たとえよりよい方向へと変わろうとも、大学の自治なしで大学とはいえないと、私は考える。
- 現在の国立大学は、研究に関して自由と競争との間で十分にそのバランスを保っていると思う。独立行政法人化はその均衡を崩す可能性を秘めており、リスクを負ってまでやるべき事ではない。
- 私は、大学の存在理由の中で、「大学の自治」こそが最も重要なものであると考えています。従って、大学のことは大学人自らがまず決め、その上で国民やそれを代表する(国会)議員の理解を求めるべきであると思います。今回の独立行政法人化のように政府(あるいはそれに準ずる団体)の策定した案を大学が受け入れるということは、その案の良否にかかわらず、「大学の自治」を無意味にするものだと思います。
- 法人化問題は、非常に難しい問題と考えるので、十分な検討をして行くべきと考える。基本的に、人員の削減は必要と考えている。実際に、働いていないと感じさせる教員・職員が専攻内ですら何人か見受けられる。非常に危険な面もあるが、博士課程以上の者に限って、学生にもそういった評価をさせる機会を作ってみてはどうか? (学部生をも含めると、ただの人気投票になってしまうおそれがあるので)
- これから進んでいく未知の時代に起きるあらゆる困難を切り抜けるためには研究・教育活動に莫大な投資を行い、人材の成長を促すしか方法がないと思う。マニュアル通りのことを正確にこなすだけではなく、自ら考え、工夫する知恵のある人材を養成するのである。具体策としては、私立大学も含め全ての大学を国立化、学生の入学金授業料無料、奨学金全員支給、大学研究者定員と研究費の10倍増を実行すべきである。もちろんすぐには無理だろうが、20〜30年かけて実現させるべきである。
- これから大学へ就職しようとする大学院生にとっては結構深刻です。すでに教職に就かれた人の立場だけでなく、多方面から議論されていることを期待しています。 (しかし、最後の質問は いかがなものかと。)
- 回答がほとんど「分からない」ですみません。独立行政法人化問題については将来身に降りかかる問題として重要なことと考えていますが、大学にいる研究者(先生方)がどうやってお金を取ってくるか、どのように研究費を稼ぐのか,ようやく分かりかけてきた大学院生のわたしとしては,確固とした自分の意見を言うには勉強不足かと思います。
- 懐の広い社会を実現できるかどうかは、教育の大きく関わるところと考えます。現路線がはたしてよいかどうか、疑問は大いにあります。しかし、法人化が解決策とも思えません。
- 独立行政法人化が実現すれば、学問らしい学問および文化、いいかえると直接には生産の向上につながらない学問分野は衰退していくことになると思います.しかしそういう学問や文化が充実している国こそ文化国家なのであると私は考えますので、私にいわせれば、独立行政法人化を選択することは、日本が文化国家として発展することを放棄することであると考えています.
- 政治家には文系が多く、大学の法人化で一番問題になるのは、理系の基礎研究だと思うが重要性や内容については理解されにくいと思う。お互いの意見交換が重要だと思う。逆に、理系の職員でも中にはほとんど研究もやらずにいわゆる税金泥棒の人もいる。研究費についても国民の税金を使わせてもらっているという謙虚な気持ちが大切。そういうことを、ふまえて自分の保身のためではなく地球の中の日本としての視点に立って真剣に議論することが大切だと思う。日本も今では世界にかなり影響力を持つ国になってしまったし、研究に関しても最先端を行っているわけですから。
- 予想される「定数削減」という観点のみから見れば、学部学生以下に対する一般教養的教育という面では「モチベーションの低い講義及び指導者が取り除かれるという意味で、"ある種の" 活性化が図られる」と思うが、大学院以上における実践研究的教育という面では「研究分野が多岐に及ぶ近年に於いて既に破綻しつつある人材充足率が更に低下し、マイナーなテーマから順に研究が断絶してゆく」ことが予想される。要は、北海道大学の存在意義として、一般教養的教育と先端的研究のどちらに主点を置くかという二者択一的問題になると思う。私個人としては後者に大きな意義を感じており、定数削減に反対という立場(のみ)から言って、独立行政法人化には反対である。
- 事務職員にとっては、資料を配布されても、良く理解できていないのが現状だと思います。このことに関して事務系統からの説明は何もないので。定削とのからみで、どちらをとってもこれからは大変になるという認識しかもてません。わからないという回答が多くて申し訳ありません。
- 上で「国立大学を国民はどう思っているか」という質問がありましたが,東大だけのイメージが先行して「よくやってる」と思っているのではないか?という気がします。そして,道民は「北大はよくやっている」と思っているかもしれません。しかし,実際はどうなのでしょうか? 名前だけになっていませんでしょうか?私は,北大の研究室は「論文」ということに執着がない,という話を聞いたことがあります。「競争原理」や「淘汰に対する危機感」というものがなければ,北大および日本の科学の進歩は難しいものと思われます。研究の活性化には独立行政法人化は必要だと思われます。一方で,独立行政法人化されれば,応用研究をやっている研究室は企業などから恩恵を受けるでしょうが,理学部のような基礎研究をやっている研究室には,そのようなサポートはかなり難しいと思われます。そこは文部省や科学技術庁といった組織が,「基礎がなければ応用はあり得ない」ということをよく理解した上で,きちんとサポートして欲しいです。独立行政法人化には賛成ですが,日本人お得意の「短絡的儲け優先主義」が存在する限り,本当の意味での「独立行政法人化」にはならないと思います。
- このようなアンケート自体,もうすでに遅いのではないか.もっと早い時期に動くべきだったのでは.しかし,何もしないよりはいいのかもしれない.
- hosin ni hasuruto rokunakotohanai!!
- もともと北大に終身的にいるつもりもないし、移っていくのが当然と考えているので、北大がどうあるべきかという議論は興味がない。大学教育、大学での研究がどうあるべきかという観点の方が重要である。
- 独立行政法人化になった場合、長期間にわたって成果のでない分野は切り捨てられると聞きますが、それは良くないことだと思います。
- 私個人の分析では、あらゆる組識は、いつも、程度の差こそあれ「精神分裂病」に犯されています。複数の統一されない意思の集まりである以上これは当然のことです。しかしながら、場合によっては治療が必要となるときがあります。そこで、次の二つをいつかどこかで提案しようかと思って構想しています。「組織病理学」(もちろん医学における組織病理学とは関係ない)組織が犯される病気について研究、その治療を確立する。「組織健康保険」病気になったときに、治療ができるように、保険を整備する。
- (1998年入学学生)このような全学に呼びかけるような活動は、e−空間上だけでなく、現実の空間の中でも行われる必要がある。ほとんどの学部生は「独立行政法人化」という言葉すら知らない状況である。大学の教官諸君!(??)もしあなたがたが本気で大学の将来を心配するのなら、講義の中で直接学生に呼びかけることぐらいは、“するべき”である!!
- 私学と交互の単位取得、私学生の講義開放を考えてどうかと思います。
- ぜひ独立行政法人化にすべきだ。今、日本全体に教育にさまざまな問題点が指摘されているが、まずは大学の講義から変えていかなければ、今の小中学校の生徒達にとっても大学は楽しいから行く、という意識ではなく、仕方がないから行く、ただ行って現在のように、出席だけとってその場から出て行くという学生がこれからますます増えて、大学とは学ぶべきところではなく、遊びの場に変容していくような気がする。私は、現在ダブルスクールに通って学んでいるが、そちらの教師達は熱心で教え方もうまく、学生とのコミュニケーションもしっかり取っている。なぜかというと、終わった後にアンケートを取りその結果が悪いと自分の首が、飛びかねないからだ。北12条のところの大きな看板に、「授業料の値上げにつながる。教職員の首切りにつながる」と掲げているが、多少授業料が値上げされようが、僕たちは、いい授業が行われるなら構わないし、一般の民間の人たちだってリストラされるという危機感を持って生活しているのに、自分達だけが、のほほんと生活すること事態が間違っていることであって、よりいい大学を目指して努力をしていってほしいと丹波学長には願いたい。
- よく分かりませんが、もし学費が値上がりすると、貧乏なので困ります。私大はお金がないからいけなくて公立大にきたので、最悪の場合、進学はあきらめなければなりません。そんな世の中はあんまりです。
- 独立行政法人化問題はともかくとして、現在の北大は改善しなければならない問題点をかかえていると思う。このような機会を活かして、少しでも現在の体制を改善するための議論を行って行くべきではないかと思う。
- 非常に重要な問題ではあるが,世間はあまり関心を示してないように思う.国の説明不足もあろうが,一般社会から大学にどの程度,関心をもたれているかを示しているようにも思う.
- (1997年入学学生)
10.(1)は実際どうなのだろう?独立行政法人化が決行されてしまったら、目先の利益や効率ばかりで物を考える人間ばかりの世の中になりそうで恐ろしい。非常に不安だ。私は理学部の人間であるが、真理の追究や基礎研究の意義を言葉にできるようにならなければいけないなと思った。それらに携わる人間こそが社会にその意義をもっと主張すべきなのかなと思った。
- 独立行政法人化に反対する場合には,いわゆる地方大学の整理・統合を是認する必要があると思う.すべての国立大学を今のままで残すことは不可能だと思うので.北大だけの問題として独立行政法人化に対処する場合には,独立行政法人化を前提として,北大の独自性を積極的に打ち出す必要がある.
- お疲れさまです。道内他大学からの邪推?があったり、職員にもあきらめムードが先行しているような中で行動を起こすのは誰にでもできることではないと思います。
- この問題に関しては、入ってくる情報がネガティブなものばかりで、客観的に判断する材料が乏しい。もっと第三者的に見た、客観的な情報(良い面・悪い面両方とも)を出してほしい。そのような判断材料がない今の状態では、自分の意見の構築が難しい。
- ゆきすぎた専門分化に加え初等中等教育が従来の厚みを持って行われなくなってきている以上,人材育成と言う観点が大学でもっと重視されるべきです.教養を解体し,専門 縦割りを安易に低学年に押し下げたことは反省されるべきです.創造性は研究だけではなく,運営教育にこそ今求められていると思います.私達は なにか問題がおこるとそれを制度や慣行のせいにしがちですが,制度慣行の多くは実は私達自身が作り変えるのをためらっているのです.独立行政法人化の賛否論議で欠落しているのは,私達はほんとうに責任をもって組織をデザインし運営する覚悟があるのかどうかという視点ではないでしょうか.今の制度でも改善しようと思えば改善できることはたくさんあるのに,それが実行されていないのはなぜなんでしょう.みんな自分のせいじゃないと思っているのではないでしょうか.大学の自治,研究教育の自由,これら響きの良い言葉は,自分とその狭いコミュニティさえ満足していればそれでいいという無責任思考にゆきついてしまっているのではないでしょうか.自由には義務が伴うと言う当たり前のことが大学では軽視されている気がします.
- 結局のところ、世間(一般、学生、企業etc)がみて、魅力的な研究・教育を行い続けていることが重要。現状を見た時に、果たしてそれがなされているのか。大学の中にいてもいまいちわかりずらい。社会に対するアピールも稀薄だと思える。学問の府としてのみでなく、広く一般に開かれる情報の発信拠点になっていくべきなんじゃないでしょうか。
- これだけ環境を破壊してきた人類はすこし歩みをとめてみるのがいいと思ってます。研究者の自分の研究成果以前に研究により派出するゴミ等の環境問題を解決して研究してほしい。独立法人化といっても本当は国家経済が破綻して国立大学を運営できなくなっているのを別の言葉にする替えているだけにすぎないのをなぜ誰も声を大にして追求しないのでしょうね
- 10の(2)の質問だが、私個人としては争いごとがあまり好きではないので嫌いであるという答えを出したのだが、scienceの発展のためには競争が必要なのではないかと思う。欧米では実力本意のため、科学者の身分は不安定であると聞く。日本では、もっと研究者の評価を厳しくするべきなのかもしれない。国家公務員という身分に必要以上に甘えてはならないと思う。
- 大学に競争原理が入らないとだめと思う。国立大学は営利企業ではないが大学の見本として私大がある。アンケートの項目によっては回答がないものがある。項目を多くすべきです。
- 大学の先生陣は忙しすぎて、大学の諸問題を考える時間の余裕がないようにみえます。文部省の軽率な判断から日本の教育を守るためには、現場の教育者の生活を改善することが先決だとおもう。 いまは、一人が何役
もこなしすぎではないだろうか?
- 10.(1)については、法案が国会に提出される前に、反対の声を盛り上げて、阻止しなければならないでしょう。衆議院選挙の一つの争点に上るようにして、選挙に勝てれば、阻止できるでしょう。
- (院生)
独立法人化の賛否に関わらず、現在の国立大学の改革を望む意見は多いであろう。しかし、改革とはシステムを変えれば終わりではない、必然的にその運用にコストをかけなければ成功しないと思われる。現在の体制で、北大における教育をより良いものにするためには、一層の時間、労力を教員が引き受けなければならない。国立大学としてその活動の国民への説明義務を認める人は大勢存在すると思うが、公開評価を全学的に定期的に行うとすれば、多大なコストがかかるであろう。研究活動についても、現状での評価システムが最善ではない場合が多いと思われるが、そうなっている原因の一つにコストの問題がある。実際に大学をよりよいものにするためには、運用コストこそ最大の問題であると思われる。国立大学の独立法人化は、コストを増大させ、それを担う人員を削減するという点で魅力が無い。この問題を解決するための方策は、システムの大改革ではなく、現状の改善であると考える。このような状況において必要なことは、大学はより多くの予算要求をして、大学事務の強化及び今の10倍規模の身分保証の整った補助的スタッフの組織的雇用を要求する必要があると考える。これくらいのこという元気が北大にあることを期待したい。
- 9の質問では、どちらでもない、という選択肢がないので回答できなかった。
- 独立法人ではなく,大学法人としての方向で改革が必要であると思う.大学・教育族議員をもっと増やすべきである.
- 本来、この大学が農学校として設立されたときの理念は帝国大学の理念とはあわなかったのではないでしょうか。無理やりに帝国大学という制度に閉じ込められたために、失ったものは何かを考えてみることも必要ではないでしょうか。一つの可能性として、学部を廃止ないし形骸化してみたらどうなるのか、あるいはまた、学部・研究科とは別形態の5年程度で見直す研究・教育計画集団などを設置してはどうでしょうか。はたまた、最近の衛生放送を経由しての教育の発達を考えれば仙台あたりと共同でのコースの設置も可能ではないでしょうか。近い方からいえば当医学部と札幌医大と共同のコースを作ることも可能かと。
- アンケートは雰囲気的な内容なので途中でやめました。独立行政法人に移行した場合、移行しないで踏みとどまった場合、ともにどう対処するかの具体的実施計画がない状態で、是か非かもしくはうまく行くかどうかを問われても、不安感をあおるだけです。だからこのアンケートでこの問題の是非を教官の総意として表明すると言われても何を表明したことになるかわからない。すなわち、原理的に見て(誰が見ても)ダメなプランでない限りこれを止めることはできないでしょう。赤字国債の解消法の一つとしてのメリットがあるのですから。もしこの独立法人化をつぶしたいのなら、このプランがどう見ても対処できない不備な点を持っている点が存在するのならこの点に絞って議論すべきと考えています。どうすれば、移行した場合、移行しなかった場合にすぐ来る定削が推進できるかについての具体案があってこそ、大学としての判断が下せると考えます。
- 経済効率のみを追求する社会では大学自体必要ないとする考えもでてくるかもしれませんが、そのような社会は文化的に非常に貧しくなっいくと考えます。そのような側面に気付くことができる人間を育成していくのも大学の役割だと思います。
- 独立法人化の議論の中でかなり重要な問題は,実際に大学に所属している学生・教職員のほとんどが,独立法人化によって生じる問題点を理解していない点であると思う.私自身も,最近まで独立法人化問題にあまり関心がなく,かえって大学改革の一つの方法であると賛成の立場をとっていたくらいである.また先にも記したが,多くの教官(特に若手教官)が国立大学の現状を必ずしも良いものと思っていないと考えられるが,そのことが今回の独立法人化問題に対してかえって大学改革への期待感を寄せてしまう結果となっている気がする.このような人たちから見れば,独立法人化に反対を唱える人たちは全て,改革に反対する「守旧派」に見えてしまい,例えばメーリングリストでの情報などにも目を通していないと考えられる.現状の独立法人化では大きな問題が多々あるが,そのことをまず多くの構成員(学生も含め)に理解してもらう必要がある.独立法人化是非の議論は,その後でなければ成り立たないと感じる.
- 曖昧な質問がいくらかある.選択肢はずいぶん制限されている.こまる.ここでの科学技術研究とは,自然科学,社会科学の両方を含んでいるのですか?
- 大学院重点化に対してひとこと飯の食えない(=就職のあてのない)院生をこれ以上増やしてどうするのでしょうか。社会的損失を招くだけです。やらずぼったくり商売の罪業に気がつくべきだと私は思うのですが,どうでしょう?
- このアンケートがマイナスの結果にならないことを期待したい。今大事なことは少しでも多くの人に問題の重要性を理解してもらうことかと思う。そのために何をしたら良いのか大学人に問われている。日本の社会がどこに向かって進んでいるか、局所的対応だけにならず、最後まで取り組む覚悟がいる。
- 北大は他の道内の国立大学に比べ恵まれており、他の大学は存亡の危機に直面するのではないかと思われる。北大はこれらの道内の国立大学と提携、連合大学構想を推進して、特色ある学術法人化に努力すべきである。例えば、北大は学部教育を縮小させ、大学院に特化、道内の大学より大学院に入学する割合を高め、他の道内の国立大学の大学院は北大にない特徴的なものにすべきである。連合大学構想の推進こそが北大の使命であり、北大だけの生き残りを議論するのは、一人よがりと思われる。もっと21世紀を目指した壮大な構想を考えるべきである。
- 独立行政法人化問題に対する論議で、賛成・反対のいずれの立場に立つ論議の両方で”1.抜け落ちている論点”と”2.時間的余裕がない制約下で是非を問う問題点”について述べたい。 1.大学の設置目的は、国の将来を託す学生を教育することであり、大学で中学・高校の教育を復習するところはないはずである。高度な教育を積み上げるために必要な知識を判定するための入学試験で、”物理を選択にしても高度な教育は可能”などと判断すること自体、大学の使命を忘れているものと思わざるをえない。 大学の自治とは、社会の将来に向けた取り組みを大学が真摯に行う為に社会が認めた制度であり、20年以上前から大学が社会をリードして来られなかったことを反省し、社会に詫びることが必要であろう。 社会をリードする能力を持つ人材は、大学受験者数の1%くらいであるから、大学の数と必須受験科目はおのずと決まってくる。 現在の大学で教えていることは、大学で勉強するより、専門学校で勉強する内容であることが多く、近い将来、大学に関係なくインターネット上で知識を得るシステムに変わっていくことが予想できる。 2.内部からの改革が過去20年以上できなかった構成員に、短い年限で先を見越し、社会に責任のとれる判断を期待することの是非は、日本の現代史が教えてくれることである。
- 幾つかに設問では、正確にはお答えできませんでした。仮に、独立行政法人化が行われるとしても、その翌日から・・・ということはないでしょう。行われるようになって数年、或いはもう少したってからの問題として考えなければ、”入試センターでは、何も起きなかった”という話になりかねないと思います。
- このメ−ルが来るからああまだ諦めることはないといつも思っております。ただ世の中が余りに忙しすぎます。重点化されて不必要な仕事が増えて全く人が増えなくて今後どうなるのかといつも思っています。若い人たちが益々鮹つぼの中に入って研究をしテイクであろうと思うと益々大学は国民から遠ざかっていくに違いないと、思われます。「北大を語る」の企画たいへん勉強になりました。一緒に言った若い人が同じことを言っていました。心の中ではみんな心配していると思います。ただ余りに忙しいのでどうしても流されていくのだと思います。私は今学生委員をやっています。寮生と話すこともあるのですが、この問題が全く学生の関心を引かないこと、関心を持っていないことが実に今日的だと思います。積極的な活動にいつも敬服しております。
能力がない教官が排除されるべき制度なら独立法人化に賛成です。ただし、研究業績の形だけを揃えている教官が多い中、本当に公正な評価で研究を評価できるとは言い難い状況です。また、教育という面で多大な貢献をしている教官の評価が現段階では非常に低いと思われますので、一概に独立法人化に賛成とも言えません。加えて、大学組織の運営という点ではまるで能力がないので、まともに独立法人化をしたらほとんどの国立大学が消滅するのではないかと思われます。ただ、国民の大多数が国立大学はいらないというのなら、素直に大学を潰すべきだと思います。
- 本気になって独法化阻止をするためには、今の与党の枠組みを変えなければいけないと思う。そのためには世論を盛り上げて、野党に独法化阻止を掲げてもらって選挙で与党を破るのが、現実的な対応ではないか。自民党の文教族は国立大学の授業料をどんどん上げてきた。自民党の文教族には国立大学が果たしている役割を理解しようという気は無いのである。
- 最初に、本問題に取り組んでいるみなさんに御礼申し上げます。このアンケートに関しては、全学に適応する項目と、部局や学科等でかなり状況が違う場合もあり、単純な集計が有意性をもつかやや懸念が残ります。
- 本当にご苦労様です。 ラジカルな議論が多くの方々に広まったのも,昨年暮れからの先生方のご努力によるものです。 水産学部は重点化で疲弊し切っており,誰も独立法人の話まで立ち入ることが出来ないような情けない状況にあります。共生型社会とかゆとりとか人間性なんて吠えている文部省の輩が,一方ではこのような仕業に出てくる矛盾が判らないはずは無いけれど,永田町という化け物が一方的に日本の方向を危うくさせていると感じます。地方の時代が痴呆の時代にならないよう,一人一人が「北大人」である証を示しながら歩むしかないと思います。 ありがとうございました。
- 関係各位の御努力に敬意を表します。独立行政法人化問題は今現在、大学関係者以外はおそらく無関心なのではないかと思われます。国民がこの問題を身近な問題と感じるようになれば、政治家・官僚主導のこの政策を取り巻く環境もおのずと変化して行くと思います。そしてこの国では世論はマスメディアによって大きく左右されるという事実を改めて銘記する必要があると考えます。また、インターネットを通じた広報活動は有効だと思いますが、私の知る限り今存在するのは大学関係者向けのHPが殆どであるように思います。一般向けにこの問題を理解しやすく解説したHPがあればより効果的だと思います。
- 現在の大学には、看板だけの「学問の自由」と「大学の自治」があります。 それは、大学に職組を含めて、自浄能力がないためです。今回の「法人化」の政府側の方針は、TVのワイドショウのゴシップ記事に1喜一憂する:愚民に喝采を求めるようなものです。今、日本は無批判に文化・形態を移植し、その美味しいところだけをつまみ食いする、そして全てを対岸の火事ときめこんでいるような愚民政治に向かっているとしかいえません。現に、今回の問題にしても、「誰かがやってくれる」「なんとかなる」「洞が峠を決め込む」というのが大多数という惨澹たるありさまです。法人化問題より、「まず、隗よりはじめよ」で、大学人の頭の改革が必要です。
- アンケートを通じて認識を深めることが出来ました。大変意義深い企画と思います。
- 定員削減に関しては、バランスの良い雇用年数階層を持たないと、組織力は低下すると思います。現に、いわゆる団塊の世代が社会の管理職の席を奪い合いしたり、リストラされたりと、あまり良い事は耳にしません。どちらにしてもこれだけ情報化、機械化されたら、事務分掌として整理できるものは整理(例えば、定員の削減)し、必要な部分は厚く配置すると言った配置のバランスを見なおす必要があるのではないでしょうか?研究と教育という2つの機能を持つ大学であるがゆえのある程度の教官の確保は必要性あると思います。 いまは、大学の乱立が目立ち、本当にこんなに必要かと言う疑問も残ります。しかし、研究者の大学間の循環も含め、教官1人1人の気持ちの変革の必要性の時期にきているのではないでしょうか?
- 本来、直接的な「利益」とは無縁の、大いなる「無駄」である教育・基礎研究に「意義」を見出し、振興させていくのが文化国家である。本学も、125周年事業のような本当に無駄なことを廃し、文化の担い手として身を正し、努力していきたいものである。
- 競争原理に基づく社会が好きかという質問がありましたが、現実的に社会には競争原理が存在しますし、本来人間は競争が好きな生物だと思います。競争原理は否定しません。ただし、競争原理でことを運ぶにはルールや条件がフェアなものでなければならないと思います。北大の中にも研究業績や学部入学偏差値などで既に学部間格差があり、特に水産学部がいつも問題視されるとのことを水産学部長や評議員が毎度のように語っておられます。まるで水産学部が北大のガンであるような言われ方です。しかし、函館にある水産学部と札幌にある学部との間では、置かれた環境や学問の守備範囲が大きく違います。もし、そういったことを考慮されずに水産学部を同列に並べて競争させるのであれば、我々はちょっと待ったと言いたくなります。競争するなら最低でも、札幌に移転し、同じ土俵に載せてもらわなければなければならないと思います。水産学部の教官が皆函館に留まりたいと願っているというのは全く誤解です。移転しなければ水産学部の将来は無いと考える教官も少なくありません。函館にあるまま札幌の学部との間で競争原理に基づいて予算を配分されるようなことは認められません。ただし、こんな意見は認められないでしょうね(水産学部の身から出た錆である、いっそ学部を廃止したらどうかと言われそうです...)。
- 我々の学科にも、定年まで給料をもらって”余生を楽しくすごせればいい”と言って研究、教育に全く興味のない教授や、助教授等になりそこねて、居直ってしまって何もしない助手等がかなり(約1割はいると思う)存在する。多分どこの国公立大学でも大きな問題だと思われるが、その人たちをその状態のままにするのは大学だけでなく、社会全体のために絶対に良くない。何はともあれ、自分自身が努力しない人間のはきだめのようでは、大学に存在価値はない。その点を改善する意味でも、外部の圧力による大幅な改革は必須であろう。
- 独立行政法人化とは言っても、結局は人員削減のいち手段ではないのだろうか?このまま進んでいったとしたら、おそらく基礎的な研究(基盤研究)などには余り予算が割かれないことは予想がつく。今後の研究の基礎となるものに予算が払えない大学など何も意味がないのではないか。少なくとも生産性のない分野にはお金は回ってこないだろう。私の所属する学部は基礎研究が主なので、今それが一番心配である。
- 1.国立大学が独立行政法人になる場合、各種の深刻な問題が発生するが、そのうちの一つとして、文部官僚の狡猾さがどのようにあらわれるのか、注意深く検討し、用心する必要がある。 例えば、文部官僚の独立行政法人への天下りなどが、厚顔無恥に堂々と行われる危険性がある。2.国立大学に必要な改革は何なのか、それを国民にいかにして訴えるのか、それらの点に関する議論を時間をかけて行うことが、いま最も必要なことだと思う。3.独立行政法人化問題に限らず、一般的にいえることは、何か問題が発生した場合、黙っているということは、それに賛成したことになる。もちろんよく考えた末だが、とにかくわれわれは声を出すべきである。4.それとともにわれわれは、”怒り”を持つべきである。無能な小渕内閣の眼に余る蛮行に、全身の怒りをぶつけるべきである。白けていてはいけない。
- 自宅周辺の地域において独法化反対署名を集めたときに、「国立大学がなくなるかも知れません」と訴えたところ、大部分の人が「それは大変だ!」と言って応じてくれました。200もの署名が短時間で集まったのも、「他の人からももらってあげる」と協力してくれたおかげです。国民の多くは、国立大学がどっしりとして世に阿ることなく何かやってくれている、と期待しているのではないでしょうか。時流に遅れじとじたばたする姿を見せたらなんと思うでしょうか。ここは、知恵の限りを尽くして50年先、100年先を見通した教育・研究のあり方を探り、真っ正面から国民に訴えたいものです。
- 北大の先生の多くは素晴らしい授業をしてくださいますが、3割くらいの先生はどんなに努力して聞いても面白くない。自己満足になっている点も含めると、もう少し危機感を持った授業をしてほしいです。その点、独立法人かがなされた場合、授業なども少しは改善されるのではないでしょうか?また、無駄な研究費も削減されるような気がします。
- 好き嫌いは別として、国立大学の職員と家族の多くが自民党に入党して、医師会のような圧力団体になればいいのかと思ってしまう。
- アンケート項目をもっと整理すべき。
- アンケートの内容が独善的過ぎ。選択肢も中間を選べないものが多い。世の中は白か黒かのゾロアスター教的善悪二元論ではかたずけられないと思う。いかにも大学でしか生きてない人が作った内容。全員にメールで送信するのも勘違いしてると思う。それに、普通アンケートって、もう少し簡潔に作りませんか?
- 教授達に、リストラ的」社会を入れることは大切である。無能な教授が大学に居座ることは無駄である。だから、そのようなところに風をいれる独立行政法人化なら賛成である。
- 独立行政法人化が行われてもし学費が高くなると、学校を辞めなければならなくなるかもしれないのでやらないでほしい。
- 「国立大学に国民は無関心である」を選択しましたが、本当は、もっと大学のことを、住民に知らせる事が必要なのではないかと考えます。独立行政法人化の問題とも関わりますが、国立大学の授業料が低いことを、学生は、自分の能力の結果と考えると同時に、国民への義務感を感じる風土・教育が必要と考えます。同じように、教員・研究者は、校費を使えることや、教育・研究の自由に責任と義務感をもっと持つことが必要だと自省しています。
- よくわからないことが多すぎる。しかも、文部省もその目的がはっきりしていない。また大学も全学的に考えている雰囲気がなく、危機感が欠けている気がする。大学内での意識を高めることがまず必要だと感じます。
- 学部学生に対する影響を考えるためには、将来の学部学生になる高校生などにも情報を公開する必要があると思う。学費の値上げや、学部間格差につながると思うが、そこのあたりのフォローはどうするつもりなのか、推進している立場の人の意見を聞きたい。
- 僕は本当は理念などという類の代物は好きではないのだが、大学には得失ではなく教育者や研究者としての理念を追求してほしい。そしてそれこそが将来プラスになるだろう。
- いまいちよくわからないが、人気のある学問だけが生き残るとは思わない。学問領域が広くなれば広くなるほど高等な学問が保証されるしもっと北大みたいな総合大学はこの強み生かすべき
- 国立大学の独立行政法人化など高等教育・研究という国にとり重要な問題が、国立大学の構成員を含め多くの国民へ充分情報公開されておらず、また充分な議論も行わずに決定されそうになっていることに情けなさを感じます。国立大学が必要かどうかというような重要な問題は、一部の政治家、官僚、研究者が決めることではなく、また単なる国家公務員の定数削減のためだけに行うことでもありません。ですから、現在国立大学に身を置く人間は、国民を代表してこの問題を討論すべきであり、またその議論を多くの国民に知らせる義務があると思います。行政機関の効率化を求める独立行政法人化は、そもそも大学のような教育・研究機関を対象に想定したシステムではないわけですから、それを国立大学に適応することは不可能です(大学を行政機関と想定すること自体ナンセンスです)。特に、教育・研究に中期目標を設定し、またそれを総務庁が評価するようなシステムは、バカげています。例えば、目に見えた成果が困難である基礎研究分野においては、そのレベルの低下に繋がるだけでなく、研究を持続していくことも困難といえます。成果を出すために安易な研究を行う可能性も危惧されます。しかしながら、先進国の仲間入りした我が国は、教育・研究の全般に対して責任があるわけですから、目に見えた成果が困難である基礎研究分野を含めて、これらの分野の教育・研究が妨げられる可能性のある機構改革(改悪)は避けるべきです。ですから、充分な議論も行われていない独立行政法人化に対しては、反対致します。北海道大学としての立場を明確にしなければならないときが必ず来ると思います。その際には、一部の人間が決めるのではなく、全構成員の意志を確認し、その意志を尊重することを強く求めます。目の前のニンジンのみに心を奪われず、将来を見据えた決定が下されることを希望します。それが、古い歴史のある北海道大学の使命だと思います。
- (1998年入学)各大学に配分される予算で東大、京大でその7割をとっている、という話を聞いたことがありますがもしそれが事実だとしたら北大よりもその二大学のほうがこのことについて問題ありそうですね。まだ学部生であまりそのようなことに興味がなくまた内容もよくわからないのですが自分の通う学校が悪くはなってほしくないです。
影
- 疲れました。質問が多すぎます。律義に答えてあげている側の身にもなってくださいね。アンケートが来たら答えるのが筋だと思っている人には酷です。
- 予備校のように学生が投票して有能な教授を選び、無能なものはリストラ。人気がなくても大切なものがあると主張するかも知れないがそんな物は金持ちの道楽でやればいい。論文を書いた数によって査定するのもおかしい。ただ書けばいいものでもない。大学って学生が勉強するためのところなのにしたい授業はないし、授業料は高い。教授たちは自分が偉いと思っているかもしれないが本当にそおなのだろうか?単位という制度がなかったら誰が授業にくるだろうか? まともで有能な教授も何人かいるが彼らは行政法人化されても食っていけるし学生も集まる、彼らはもっと優遇されるべきだと思う。一度ふるいにかけるのもいいと思う。
- 学長や文部官僚は自分達数名だけで国を動かしているという錯覚に陥っているのではないか。この国を二流国に貶めようという意図は着々と進みつつあるようだ。頭が腐っている。
- 国立大学の教員の多くは官僚と同じ体質になってしまっている。独法化問題に無関心なのはその現れであると思う。上から決められることになれきっていて、抵抗しても無駄だと思っている。かくいう自分もすぐにそういう感覚になりがちである。官僚支配の軛と官僚体質から脱却しない限り、大学改革はできないだろう。
- 私たちの生きる目的は、競争によって確立されるものではない。
- 現在の科学の分野ではアメリカの競争型システムが最も優れていると思われる.競争には良い競争も悪い競争もあるが,進歩・向上のために競争は不可欠と思われる.従って,競争原理を進歩・向上の為に用いることができれば,独立行政法人化も活用できる道があるはずと信じている.少なくとも,これまでの国立大学の姿勢には,社会との接点が希薄であり,また,競争原理も不十分であったことは多くの人が認めざるを得ないところであるから,改革の必要性があることは間違いない,と信じている.問題はどのように改革するかであるが,官僚に任せるのか,自ら道を切り開いて行くのか,我々が真価を問われていると思う.
- 文部省の大学に対する考え方がおかしいと思います。多くの官僚(最近では警察庁)に対し国民が不信感を持っている時代に文部官僚だけまともだと考える方が間違っているのではないでしょうか。かつてリクルート社と文部官僚の癒着問題がありました。それ以来わたしは文部省の役人も信用していません。悲しいことは、これらの文部官僚に振り回されて大学の将来を危うくしている大学・学部の執行部です。その執行部のやり方は基本的に官僚のやり方−決まるまでは「まだいえない」、決まってからは「もう決まったことだ」。これはある意味で国内の政治的状況を反映していると思います。大学には自治の制度はありますが、本当の意味での自治はなく、日本には民主主義の制度はあるのに本当の意味での民主主義が根付いていない。ということではないでしょうか。少なくとも、大学の研究・教育条件は改善されつつあるかという視点で改革を考えていく必要があると思います。
- 大学が、今のままでいいとはいえない。現状の制度にあぐらをかいて座っているだけの職員もいるからだ。だが、地味だが必要な研究などもあり、独立法人化で、そういった研究が続けていけられるのだろうか。また、授業に対する評価も、ただの人気取りにはしることになるのではなかろうか。既に、子供を甘やかした結果、小中学校の学級崩壊などしわ寄せが来ている。競争原理は、必要だが、評価の仕方がしっかりできているのかが問題だと思う。事務関係については、ひどいものだと思う。若い人に仕事を任せて、のんびりくつろいでいながら、昼休みに行くと囲碁を打っていたりする。しかも、昼休みは受け付けてくれない。学生は、昼休み以外はほとんど時間がないのだが。せめて、昼休みをずらすとか、小学生でも思い浮かぶような努力・工夫もできない。しかも、ちらっと見たのだが、パソコンでゲームをやっていたり、ひどいものだ。こういうだらけた事務員に予算が使われ、地道に研究している人が予算削減と言うことになるのは、おかしいし、行政の圧力ではなく、自力で改革すべきだろう。ただ、自力で改革しようという努力なしでは、政府の独立行政法人化に従わざるを得ないと思う。
- 学費が私立大学より安いから国立大学を選んだのに、いきなり独立法人化されて学費を上げられたんではかなわない。もし仮に独立法人かが決まっても、具体的な研究内容や学費を公に明示した年度の学生から独立法人化大学としての学生とみなし、その学費を徴収すべきであると思う。
- ○税金を使っているのだから、”何を研究しても良い。結果は問わない。”というわけには行かないでしょう。アカウンタビリティーを要求されるのは、健全な状態だと思います。
○基礎的な学問は、なんでも大事で、お金がなくても続けるべきだとは思わない。自分のやっていることが、縮小される分野となるのはもちろんいやだが、盛衰があるのは仕方がない。淘汰の基準は、その学問が、広い意味でしかも長期的視野を持って眺めたとき、人類に役に立つかどうかということになるのではないか。
○基礎研究とは、今すぐには役に立たないが、遠い将来何らかの形で人類に貢献してくれる研究だと私は思う。独立行政法人の批判の中で、まったくそのような貢献を念頭におかず、本当に純粋な”学問”というものがあるかのような文を読んだが、私には理解できない。
- 経済的困窮者にとって、授業料の安い国立大学は重要な存在である。北大が日本の北端にありながらも全国区の大学でありえたのは、国立ゆえの低額費にも一因があると思う。なぜなら、学費が安い分、下宿が容易になるからである。もし、学費が大幅に上がれば、北大は全国から学生を集められなくなるであろう。
- 質問多すぎ
- もっともっと何事もポジティブに考えていかないと、改革なんて出来ませんよ。
- (1999年入学)何のために苦労して国立大学に来たかわからなくなるのでぜひ独立法人化を止めさせるようがんばってください。
- 実際学生にとってはいまいち身近な問題に感じられません。それゆえ、自分が丁寧に話しているのに傲岸不遜な態度をとる事務職員に度々出会うと、「これだから公務員は」となってしまいます。全員ではないにしてもそういった職員が多いことは、外部委託事務によるサービスの競争・向上に期待する一因になります。
- <一学生より> 今回の法人化の話は、学内の一部の人間だけで議論がなされているという印象を受ける。この問題は、大学に関わる人々すべてに関係するのだから、教職員、学生も含めた全学での議論が必要である。 はっきり言って、学生はこの問題に対して非常に無関心であると思う。それはこれまで北大当局がさまざまな懸案事項に対して、学生を交えずに決定を行ってきたからであり、今の学生は、よほど自分の身に急激な変化を及ぼすような問題(たとえば授業料が今までの2倍に跳ね上がるとか)でなければ関心を示さない。学生は教職員とは違い数年で大学を去ってしまう。だから今回のような法人化問題にしても、一見自分に無関係に思えてしまうのだ。しかし、このような問題にこそ、学生は明確に自分の意思を示し、さまざまな議論をしていかなければならないと思う。それが、国立大学で学ぶ学生としての義務ではないか。自分が卒業した後、大学がどうなろうとも知らないよ、ではあんまりである。よって、学生にもこの問題を考えさせるために、もっと全学的な議論ができることが望ましいと思う。現在の状態では、法人化に感心のある学生にしか情報が伝わらないようになっていて、この問題に感心のある学生と無関心の学生との情報量の格差は開くばかりである。大学側は、議論がしやすいような情報をもっと公開すべきだと思う。乱文でごめんなさい。
- 戦後50年たって大学の制度としての価値は低下していると思う。高度経済成長に対応したしくみを変えてほしい。産学連携は学生のモチベーションを高める上で必要。それができれば、法人の形態(国立・独立法人・民営)は気にならない。 外国語の文章を訳しただけのような形式論理の授業は改善すべき。こういう授業が多いと民営化して外国人から生の授業を受けたほうがいいと思ってしまう。もっと、オリジナルな発見者の気持ちを伝える授業をしてほしい。 知識を得ること、真理を発見することが人格形成と結びつくことが、学生や受験生に伝わるような授業形態、入試制度が必要。 研究に関しては学問の自由が必要だと思うが、学部授業については教官の自由裁量を認めすぎるのも問題あり。研究と教育がうまくリンクしないと研究官と変わらないと思ってしまう。 産学連携に無縁の分野というが、アメリカの研究者にも表面上は産業に無縁の研究をしている人がいるはずである。教養カレッジでやるべき研究と最先端の技術大学でやるべき研究が同居してしまっているのが日本の総合大学で、結局個性がないから外からは受験偏差値でしか判断できない。研究でなく教育においても個性を打ち出していいと思う。
- ”答申”や”改革”なるものが、教育、産業廃棄物など具体的な諸問題の早急な解決に無縁で、600兆円近い借金をして行ってきたことの目的、達成度、国民への貢献の評価が全くない(大学など本当に必要とする経費は”国民の税金だから1円も無駄にするな”と言われながら)ままに、さらに無責任に借金を増やそうとしている。共通して憲法を無視した結果であるように思われる。憲法や教育基本法をもう一度読み直し、その崇高なる理想の実現に今何をなすべきか、疲弊しきった主権者たる国民に国立大学、公務員でもある教職員がどのように貢献できるのか、総合大学の全科学をもって日本のあるべき姿、進むべき道筋が示せるのかを考えてみたい。大学の意見は通らず、疲弊しきって、結果だけをみれば、すでに行政の末端化したようであるが、それでも何かできるかもしれない。
- 2-3で独立行政法人に反対と書きましたが,現状の国立大ような文部省の出先機関型は変える必要がある。
- 独立行政法人化問題について
(1)「学生教育への影響」
(ア)現在わたしの行っている研究は「技術的な基礎研究」ともいえるもので,
つねに社会への技術的貢献を念頭においています。仮に独立行政法人化して,
研究の技術的貢献度や意義を問われてもやっていけるでしょう。
(イ)また,現在でもわずかな大学校費は私の研究経費の中心にはなっていま
せん。それだけでは学生の望む備品を十分購入することも学会に参加させるこ
ともできません。構築したい研究教育環境のためには自分で研究費を集めてく
るのが基本と考えています。これらの点からかんがえると,産学協同の推進は
少なくとも私とって好ましいと思います。
(ウ) しかし,今議論されている独立行政法人化は是認できません。 特に,
政財界からもれ聞こえてくる独立行政法人化の意義,「効率化」や「産業への
貢献」が声高に叫ばれると,世間から大学が社会における技術開発の下請け機
関と認知されてしまいます。このような認識が一般化すると学生に「学問する
ことの意義」や「知りたいという内的欲求の重要さ」を語ることがむつかしく
なり,彼らに「実績」を要求する傾向が出てこないか心配です。今でさえ,学
生をデータ取りマシンのように扱い,実際に実験した大学院生の名前を論文に
掲載しない教官がいます。(これは私の所属学部が特殊でないことはどなたも
が認めることではないでしょうか)。
(エ) また,これまでの独立行政法人化議論の中で,学生への影響が「学費」
問題しか話題になっていないように思います。これがもちろん,極めて重要な
問題点であることはわかる。しかし,「教育の質」にどのような影響が出てく
るかをもっと議論する必要があると思います。
(2)「意識的に若手の意見を聴取する」大学内でさまざまな理由から恵まれ
ない立場にいる助教授や助手・講師層が,この独立行政法人化を硬直化した学
部講座体制打破の機会と考えるのも無理はないかもしれません(決して表には
でないでしょうが,実際にこのような意見を聞きます)。「教授」層,評議会
は独立行政法人化議論とあわせてこのような先生方の意見にも耳を傾けるべき
である。また,だいたい55歳を過ぎた教授先生方にはこの問題に対する危機意
識がほとんどないような気がするが,私の錯覚であってほしいものだ。これま
で以上に若手職員の意見を積極的に吸い上げることが必要である。この企画で
集まった多くのアンケートは是非とも公表してください。
(3)「世論への訴え」大学の独立行政法人について,なぜ世論は無関心なの
だろうか?北海道新聞の夕刊に大学の独立行政法人に関する特集が載っていた。
現状は概ね私の理解と一致していたが,私大に比べて国立大学が「優遇」され
ているという一文があった。マスコミのこのような表現が,ますます世論に
「国立大は過保護」という印象を植えつける。この問題の議論を大学内だけで
なく学外へ持ち出す姿勢が必要と思います。大学執行部はもっと学外に語りか
けてください。北大としてこのような公開講演やシンポジウムを開催してはい
かがでしょうか。世論と話すときには,とくに「学生教育」の変質について多
くの時間を割いて議論することが重要と思います。私は,「政治家・官僚が独
立行政法人化の方針を決めた場合、国立大学がそれを 変えることはできない
と思いますか? 」の質問に「ほとんど変えられないと思う」と解答しました。
これを変えることができるのは大学ではなく「世論」だと思います。民社党の
政権構想でも「国立大は民営化」と現政府以上に踏み込んだ意見を述べていま
す。政治家の考えを変えられるのは選挙であり,今年度は総選挙もあります。
- 結局、研究には予算が必要であり、予算さえ付けば、その範囲内での自由度の高い研究は可能であると考えています。要は、研究者自身の着想と柔軟性いかんではないでしょうか。幸いにも北大ではありませんが、国立大学の教官の中には、自身を研究者とは思っていない方々や、売名のみに奔走しておられる実験科学者の方々もおられ、こういった方々こそが現在の大学の質を低下さらせしめていることを我々大学人は自戒すべきではないかと考えております。
- 自分たちのまったく知らないところで話が進んでいて、今が一体どのような状況なのかが判然としない。また、独法化そのものに限らず、国公立であることの果たす意義についても議論がほしい。
- 設問の読解および回答の選択がかなり難解なものありましたので,結構時間がかかりました。全てに競争「原理」を当てはめることは全く嫌いですが,競争の「視点」を大学運営に加味することは,確かに学問進化の一助になり得ると思います。ただし,学術機関である大学を実質的に行政機関が「管理・運営」し,あたかもむずがる子に「アメ」を差し出すように「競争すれば金がもらえるよ」といった甘言をちらつかせてるのが現状です。そんな行政機関(官僚)に大学の真の改革などできるはずがないでしょ。また,国民全体が供出したお金を文化教育にかけずに,一体,何に使おうと言うんですか。極めて残念ではありますが,そんな国には僕のような考えの人間は,今後生きていってはいけないようです。ホントに,ホントに残念ですが。(そうは,したくない!)
- 北海道大学としての意志決定が今後どのような手続きでなされるのか、よくわかりません。他学科や他の学部ではフランクに討論できる雰囲気はあるのでしょうか。ものが自由に言えないような状況下でことが進むことを恐れています。 8の(4)に関して: 北大としての意見を表明するのには賛成ですが、全大学の選挙は、規模の大小によって各学部のあいだに有利不利がでると思うので、問題があるともいます。かといって、評議会がどれだけ民主的なのか確信がもてません。それで、分からないとこたえました。
10の(1)に関して:直接、政治家や官僚を動かすことは難しいかもしれないが、世論に国立大学の意義や活動をアピールし、学術研究に関心を持ってもらうことで、変えていくことが大切だとおもいます。声明など出す場合でも、とりあえず声をあげて、今ここにこういう問題があるのだと知らせることのほうが、変に格調高いものをだそうとするよりも、重要だとおもいます。
- この件に関して,文部省の責任ある立場の人に来てもらい,責任ある説明をしてもらっては如何でしょうか.程度の低い政治家や財界人が背後で見え隠れしているように思います.
- 回答がおそくなってもうしわけありません。すでに、回答したつもりでいました。
- 政府は予算削減のために都合のいいように国立大学を「独立」させようとしているが、それにより文部省の管理から逃れられることを必ずしも意味しないだろうから、やはり独立には反対です。学生の立場では、現在の「授業料スライド制」により徐々に学費が値上りする中で、もし大学が民営化されることになれば、一体どうやって高額な授業料を払えばよいのでしょう?特に値上が予想される理系学部(特に医歯)の学生は親の経済状況で進む学部をあきらめなくてはならないような状況になるということを恐れています。
- 自分を常に顧みて、出来うる限り客観的に評価できる人材でありたいと思います。このアンケートから、どの様な事柄が導き出せるのかは、現時点での自分にはあまりよく想像できませんが、また、具体的な案は、今持ち合わせていないのですが、もう少し、別の切り口もあった方が良い様な気がしました。
- なんだかんだ言っても「評価」することが必要なのだけれど、結局数と力を持った部局や学問分野の人が評価委員をだすのだから(科研費の審査委員だってそうだし)、力を持った部局のみがどんどん増殖するわけで、本当に必要な学問や一見不必要な学問は見捨てられていく運命にあるわけで、研究費の重点配分は、遠い将来を見据えるとき、あまりいいことではないように思われる。
- 1. 大学の内部改革とは何を指しているのでしょうね?しなければいけない改革とは何なのでしょうね?改革という言葉遊びのようです。2. 独立法人の問題は、単に官僚が言葉遊びをしただけなのに、右往左往させられるのはたまりませんね?そんな官僚もどこかの大学生だったのだから、大学が悪かったと言うことになるのでしょうか?元大学生にいじめられている教官、大学ということになるのか、と思っていますが。
- 定員削減は可能だと思うが、現在の規模を守っては無理だと考えられる。基本的に全ての学問分野をカバーする事は無理であるし、各部門の縮小を考えるべきだと思う。ただそれに伴う学生定員の減少を是非とも実現してほしい。
- 完全に民営化して私立大学になりうるのなら,現状より良くなる可能性もあると思うが,独立行政法人がその方向に転回することは絶対にないと思う。
- 選択式の回答は、とてもつらいです。嘘もいっぱい回答したことになります。質問者が、ある範囲でしか考えておられないことが想像できます。私は、どこにもない特徴を持った北大を作って行くような、議論が必要と考えております。いまの大学には、本当に自治がないのですから。いちいち文部省の意向に添っての「大学運営」など、運営と呼べないでしょう。良い北大を作って行きましょう。同士の皆様。
- 多くの学生が北海道大学に憧れて入学していると信じている。その期待を裏切らないような大学にしてゆけたらと思います。そのためには教職員の自主的な努力が必要では無いでしょうか。今回の独立行政法人化は全国の国立大学をモノトーンの、つまらないものにしてしまうと思われて仕方がありません。
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・教育や研究には競争や資本の原理は通用しない。
・外圧による大学の改革をしても結局は失敗するだろう。
・大学人はもっと怒るべき、立ち上がるべきだと思いますが。
・同時に、これまで指摘されてきた国立大学の問題点をきちんと総括し、世論に訴えて行くべきだと思います。 何故、社会的使命を達成できないのか、政府の文教政策との係わり、大学の努力等両面があると思うが、 それぞれ問題点を明らかにし、どのように解決していくか全学的(全国的)に議論すべきだと思います。 独行法人問題は、全く別な次元から飛び出した問題である事を世間に訴えていく。
- 自らの志を、尊重すべきと思います。体勢が、それと逆行するものであっても。事務職員の方の動向は、私の考えが及ばないのですが、教職員だけでも、「貧でも学ぶ」姿勢を持っていただきたいと思います。
- 北大数学科は、大学院重点化によって既にかなり疲弊しているのに、更に独立行政法人化されたら、研究機関のあるべき姿からますます遠のいて行くのではないかと思います。
- 独立行政法人化問題でネットワークを作り、日夜奮闘されている皆さんに敬意を表します。ずっと以前、大管法が出された時などは、大学のあり方、高等教育のあり方等について結構いろいろな意見が学内を飛び交ったように思います。 しかし、大学審答申のあたりから、政府・文部省が思いつき的に何の理念も展望もない案を出してくることに対して、大学も同じ土俵の上でやりとりをする事が多くなったように思います。大学教員の任期制が出されたとき、私も反対アピールの事務局をやって多くの学部を回りましたが、その事を強く感じました。「自分に(その災難が)どう係わるのか、」ばかりに目が行って、将来の大学の教育・研究のために、或いは国の高等教育のためにそれがどうなのか、と言う発想が見えないのです。 独法化については、予算の関係等に関して「いいのではないか」と言う人はいても、さすがに「これが大学の教育研究にプラスになるから賛成」と言う人はいないようです。池内氏(名大)の言うように、独法化されようと別のやり方でやられようとも、ここ数年は大事な時期だし、「一国の大学、高等教育のあり方」が問われる時期でもあると思います。しかし、今回は任期制の時以上に関心も高く、運動も大きいと思いますが、単に文部省のやり方に対症療法的に反対するだけで(勿論これは大切なことですが)、高等教育・大学のあり方について積極的な議論を展開し、学内で討議し、広く社会に訴えていく、と言う運動が相対的に少ないように思います。自分の反省を含めて。 たとえば、政府の言うとおりに大部分の大学は教養部(制)を廃止し、「大学院重点化」と称してただ大学院生を増やしてその教育の責任は後回し、学部学生の教育は今まで以上に無責任、そういうことが大学の教育研究の向上になったのかどうか、そういう話しも余り聞きません。私は学部にいないから分かりませんが、どの学部の教官に聞いても、それが質的な向上につながった、という評価を聞きません。これは一つの例ですが。 北大には、以前から「北大を語る会」という会があります。この会にも出来るだけ出席して話を聞くようにしていますが、こちらも対症療法的な取り上げ方が多く「大学のあり方、基本的課題」についてのテーマが少ないように思います。 私は、皆さんが苦労されてネットワークを作り、全学を対象にしてアンケートを取る、等の活動をされていることに敬意を表するものですが、どうして「独法化を考えるネットワーク」なのかが分かりません。「独法化に反対する」では狭くなるので、反対・賛成の前に広く資料等を提供し、みんなに考えて貰おうというものなのだと思います。アンケートもその結果の活用ではなくむしろみんなに子のアンケートに参加することによって関心を持って貰おう、ということなのでしょう。実際、独法化に限って言えば、これが終局ではなく、圧倒的な宣伝等によって答えの内容は大幅に変わるでしょうから。 このネットを中心に作られた方は、独法化賛成の人はいないと思いますが、そして当面の課題は独法化を許すのかどうか、という事でもありますが、問題の本質はやはり「国の高等教育、大学のあり方」だと思います。ですから、力の重点としては当面独法化の問題が中心になったとしても、「大学の教育・研究と独法化ネットワーク」として、この辺の課題を中心にして、長期的な展望で学内(外)の世論をリードしていく組織として発展することを望みます。
- 設問の中で答えにくいものがいくつかありました。高等教育機関としての大学か、学問を発展させていくのが大学の使命なのか、そのあたりの温度差があるためでしょうか。
- アンケートなのである程度は仕方ないと思いますが,質問が適切でありません.例えば「北海道大学の将来は明るいと思いますか?」の質問には,明るく出来るかどうかは我々自身にかかっていますから,「明るく出来るように頑張る」としか答えようがありません.このように質問内容が他人任せ的なところが多々見受けられます.
- 質問事項6-8, 6-9, 9-1, 9-2については「変わらない」という選択肢があって欲しかった。4-3については中期目標の内容と評価方式が不明であるため、回答が難しかった。その他の質問事項についても設定されている選択肢以外の回答をしたい場合があった。
- 答え方が難しい設問だという印象でした。大学そのものが、文部省支配からの独立ということであれば、法人でも民営化でもよいと考えます。(経営が成り立つならば・・ですが)また大学が、研究・教育という二つの理想を両立させようとするならば、現今の制度が望ましいと考えます。と申しますのは、教官サイトの研究と社会からの要望であるところの企業人・会社人育成のための教育が、まずまずのバランスでやってこれたのだと思います。だだ昨今では両者のレベルが落ちてきているという危惧がある。