2003年08月22日

文科省方針:国立大学授業料枠55―47万円

55―47万円の枠で個別決定 国立大授業料、文科省方針 共同通信ニュース速報 2003-08-20

国立大学法人の授業料 57万2880円を上限に NHKニュース速報 2003-08-20

国立大の授業料、来春からは年52―57万円を上限に 読売新聞ニュース速報 2003-08-20

tjst |8月22日 |URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000099.html |学費値上げ・格差
Comments

了解しました。

Posted by: ゆういち at 2003年12月15日 07:27

ゆういち 様

甲斐様のご意見については、以下のような対話がありました。なお、当初「何のための民営化か」とされていましたが、甲斐様の希望で「何のための法人化か」と修正しました。 (tjst)

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2003.8.28
甲斐様 

「何のための国立大学の民営化か」と書かれていますが、少し誤解があるようです。もちろん、今回の独立行政法人化が民営化への過渡期となる可能性はあり、また、それを意図している人たちが一部の政治家や官僚にもいますが、国民的合意は、まだないと思います。

日本の大学をすべて学校法人にすること(つまり民営化すること)は、少なくとも、現在の高等教育予算に相当する規模の予算を、私学助成金+奨学金に充てない限り、今でも歴然としている大学教育機会の不平等をさらに拡大するものとなり、日本社会の歪みをさらに拡大させるでしょう。

なお、地方国立大学の学生の親の年収は低く、また、旧帝大の学生の親の年収平均は高いが、分散も大きいので、旧帝大でも教育の機会均等に一定の寄与をしていることも知られています。また、おっしゃるように、私立大学でも、学生の親の年収平均が低いところもあります。その意味、国立/私立という対立が本当の問題ではなく、「国立大学(法人)の学費水準にだけ関心を持ち続ける文科省の姿勢はいずれ国民的な批判を浴びる」という批判は的を外していると思います。国立私立を問わず高等教育受益者負担主義を徹底させ高等教育予算の圧縮を追求している人たち(財務省に多い?)の方が、国民的批判をより多くの浴びるべきではないでしょうか。

また、東大や京大のような「大手」の国立大学法人が、学費等の値上げを経営戦略の基盤とするようになれば、独立行政法人である必要はなく、民営化せよ、という行革推進本部からの圧力が高まるでしょう。それは、大学教育機会の不平等を拡大することになります。それを認識されているのでしょうか。(tjst)

これに対し、2003.8.29 に、甲斐様から返事があり、「民営化」は「法人化」の誤記であると断わられたあと 、学費について以下のように意見を述べておられます:

「又、学費の件につきましては、私も国立大学(法人)が値上げを大きな戦略にすべきとは思いません。私が言いたかったのはこれも素人的な発想で申し訳ないのですが、たとえば富裕な家庭の子弟と貧しい家庭の子弟では、家庭の収入に応じて学費に差をつけるような方法はないのだろうかという素朴な疑問も以前から感じておりましたので、それについて大学別に工夫できないだろうかという発想が私の文章の背景にありました。これも大学の事情に疎い者の発想で、現実にこれを行なう事の困難さもあるのだとは思いますが、どうか私の本意についてご理解を頂ければまことに有り難く思います。勿論、文科省が指示をしなくても国立大学(法人)が学費を安易に上げるはずもないという気持ちもありました。・・・・・・」

Posted by: tjst at 2003年12月14日 18:23

この意見は学生からみると理不尽だと思います。たとえば、学部ごとにかえれるなら医学部に通う生徒なんて、急に学費が3倍以上に跳ね上がるでしょうし、これから、受けるのならもっと大変・・。いつ学費がけた違いにあがってもおかしくないのですから・・。基本的に理系の学部はすごいあがるでしょう。ただでさえ、同大学なら、生涯賃金で5000万も文系より理系の方が低いのに、こんな状況で優秀な学者が育つでしょうか。医歯薬系などますます金持ちしか入れないという状況になるでしょう。私立は大半が文系なのでまだましですが(理系はものすごいたかいですよね)、理系学部をたくさんかかえる国公立が独立法人化すると大変な事になります。やっぱり、自分の立場からだけでなく、いろいろな立場になって考えて欲しいと思います。

Posted by: ゆういち at 2003年12月14日 17:56

大学に関係しない一市民の立場で、あえて今回の文部科学省による国立大学法人の学費の枠組み設定に関して批判をさせてもらいたいと思います。国立大学が国立大学法人に移行しても相変わらず個々の国立大学の学費の上限まで文科省が決めるとなると、一体何のための国立大学の法人化と言いたい。私は国立大学の法人化については、国立大学に直接関係する人たちとは若干異なる考えを持つものですが、少なくともこの文科省が介入する学費の問題については下記の疑問点を提起したいと思います。

1.個々の国立大学(法人)の学費の決定に文科省が直接介入を行なうことは、民間のケースにたとえれば、個々の
会社が製品の価格を決めるにあたり、いちいち国の決済を仰ぐのと同じ事であり、何のための国立大学の法人化かという疑問が起こります。

2.民間の企業においては、価格の決定は経営における最高の戦略的項目のひとつであり、国立大学法人においても、独自の学費決定の戦略プランにおいて、その大学が必要とする優秀な学生を多方面から確保するための重要なアイテムであると思います。又、このような各国立大学法人ごとに異なる学費戦略の創出を始めとして、従来の文部行政に従属していた国立大学横並びの時代には期待も出来なかった世界の大学経営の模範となるような特色ある国立大学が生き生きと輩出されるのではないでしょうか。

3.勿論、文科省が今後も法人化された国立大学の学費の決定にまで介入していこうとする背景には、これからも国立大学法人の学費の水準を低く抑えていきたいという思惑があるのだと思いますが、それほど学生(及び学費を負担する親)の経済的な負担に配慮する気持ちがあるのであれば、一方で私学の高い学費負担にあえいできた多くの私学に子供を学ばせる親の苦労に対しては、徹底して何の関心も払ってこなっかたのはなぜか。特に最近、東大を始めとする国立大学に子供を通わせる親の年収と、私学に子供を通わせる親のそれを比較したとき、必ずしも私学の親の年収が高いとは言えないという状況も指摘されている現在、
国立大学(法人)の学費水準にだけ関心を持ち続ける文科省の姿勢はいずれ国民的な批判を浴びると思います。

以上3点を、文科省による法人化以後の国立大学の学費決定への介入について、一市民的な立場で疑問を提起させてもらいたいと思います。

                − 終わり −

Posted by: 甲斐 謙一郎 at 2003年08月24日 16:37