==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
率直にいって国立大学関係者たちの、この問題に対する姿勢は、原子力関係者たちと似通っている点が少なくない。両者に共通しているのは、既得権を守ることを第一義の目的としている点である。これについては筆者は、原子力員会の長期計画策定会議の席上、次のような発言をした。
「 私は日本のエネルギー政策が原子力偏重であったと思っている。エネルギー研究開発予算全体(約4000億円)のじつに約80%が、原子力に注ぎ込まれてきたからである。ある意味では、エネルギー予算における原子力の地位は、高等教育予算における国立大学の地位に、比肩するものであった。エネルギー開発も高等教育も、かなりの金額の国民の税金を使うに値するきわめて重要な事業であるが、国立大学を私立大学に比べると極端に優遇することの合理的根拠はどこにもない。高等教育事業への官僚統制を弱めかつ合理化するとともに、すべての種類の教育研究機関が対等の資格で参入できる競争的な仕組みを、予算配分の基本に据えるべきである。つまり他のエネルギーと同じ枠で競争的に予算獲得を目指すべきである。ただし両者にはひとつの重要な相違点がある。国立大学が現時点における競争力で私立大学よりも一般的に優位い立つのに対し、原子力は他のエネルギー技術よりも一般的に劣っている。偏重状態の解消は国立大学にとってはともかく、原子力にとっては破滅的結果をもたらすおそれがある。それでもこれが公共利益の実現にとって最前であると思う。」
さらに原子力と国立大学との比較を続けるならば、原子力政策円卓会議が開催されそれなりの役割を果たしているのに対し、高等教育分野には国民各界各層の人々を集めて率直な意見を交わしあう円卓会議のようなものは存在しない。だが原子力はこれから衰退していくものであるが、高等教育はこれからますます重要性を増すものである。したがって原子力政策円卓会議よりも、高等教育円卓会議の方がはるかに重要度が高い。なぜ国立大学の独立行政法人化問題という、日本の未来に大きな禍根を残しかねないトップクラスの重要性をもつ政策問題がクローズアップされているのに、これについて全国民的な討論を誰も展開しようとしないのだろうか。(筆者は昨年7月に、有馬朗人大臣にもこの問い掛けをしたが、大学審議会で検討することになるだろうという回答が返ってきたに過ぎない。しかもその後、大学審議会では検討されていない。)
いずれにして重要なことは、国立大学関係者が、当事者としての利害関心を一時的に棚上げしてでも、公共利益の実現のための高等教育政策とは何であるかについて、本格的な政策分析を行い、公立・私立大学関係者を含む幅広い立場の人々との間で、政策的対話を展開することである。アカデミックな研究者の全てが、高い水準の政策分析を行うことを得意とするわけではないが、アカデミックな研究者は他の職業の人々に比べて、論理的・実証的な思考を得意とし、また客観的・中立的な立場からものごとを眺めることを得意としている。高等教育政策のあり方に関して、多くの政策研究グループが組織され、活発な政策論争が行われてしかるべきであろう。
国立大学行政関係者の多くは、「条件闘争」によって既得権をできる限り守ろうという守勢の対応をとっていると見られるが、そうした利害関係に立って文部省と手を組んで「特例法による公務員型の独立行政法人化」化への道を進めば、大学は国民の失笑を買う可能性が高い。なぜなら第一に、国立大学の独立行政法人化のアイディアは、公共政策決定機構における合理的検討の結果として提案されたものではなく、その内容自体も不明な点が多すぎる。したがって公共政策としてアカウンタビリティーがないからである。第2に、「公務員型の独立行政法人」というのは、中央官庁の既得権温存を図るための仕組にとして、国民の間できわめて評判が悪い。大学がこれに与すれば、中央官庁の既得権温存活動(定員削減を軽くするための活動)の共謀者として非難を浴びるであろう。また国立大学自体も、政治家や中央官庁と政治的妥協を行うことによって既得権の維持を図ろうとする団体として、非難を免れないであろう。